幸せな結婚生活
シンデレラは感嘆の声を漏らしながら、ぐるりと周囲を見渡した。北、東、南、西、どこを見ても花、花、花、花―――色とりどりの花が咲き乱れ、蝶がその間を舞っている。陽光がそれらを照らし、まるで天国のような光景が広がっているのである。
「本当、凄~い!」
目を輝かせて花々に見入っているシンデレラの周りで、これまた目を輝かせているのは、彼女の親しき友である犬のワンダ、ネズミのチュチュとピンゴ、小鳥のパピー、猫のミーシャの五匹である。五匹は立ち尽くしているシンデレラの脇を通り、花畑に雪崩のように飛び込んで行った。
「そんなに喜んでもらって嬉しいよ」
苦笑に似た微笑をもらしながら、最愛の妻と喜び回る友を後方から優しい瞳で見つめるシャルル。その斜め後方にはシャルルの腹心・アレックスが控えている。二人の足元にはチェック柄のシートが広げられ、その上にお弁当箱に詰められた昼食が並べられている。
「さて、花畑で遊ぶのも良いけど、まずは折角作ってくれたお弁当を食べないか?」
「あ、そうね。みんな~!お弁当食べましょ~う!」
シンデレラは我に返ると、遊び回るワンダ達に大きく手を振った。
「そうだ、ご飯ご飯!」
皆も遊ぶのを止め、一目散にシンデレラに向かって走り出した。
シンデレラを中心にシートに腰を下ろすと、皆大騒ぎしながら、城の厨房で作られた豪勢な昼食に舌鼓を打った。
「美味し~い♪流石お城のお料理よね~、ジャンヌやカトリーヌの作る料理と比べたら―――ううん、比べ物にならないわ!」
そう言いながら、シンデレラの継母・ダントンの飼い猫であるミーシャが喉を鳴らす。
「本当、そうよね~!」
ミーシャに相槌を打つチュチュの尻尾についたソースを拭ってやりながら、シンデレラは可笑しくてクスクス笑い声を漏らした。
「カトリーヌお姉さまもジャンヌお姉さまも、お料理をしてらっしゃるのね」
「不味いけどね」
と、ピンゴ。ネズミであるチュチュとピンゴはこっそりつまみ食いをしているらしい。
「でも少しは上手になったんじゃない?毎日してるんでしょう?」
「まぁ、一応毎日してるけど…」と、ピンゴ。
「まぁ、最初に比べれば上手になったけど…」と、チュチュ。
二匹が難しい表情で顔を見合わせていると、その隣で黙々と頬張っていたワンダが苦虫を噛み潰したような顔で、
「シンデレラの作る料理には程遠いよ」
と、キッパリと言い切った。
「あはは、シンデレラと比べちゃな~」
シャルルが堪りかねた様に大声を上げて笑うと、その隣で一人だけ置いてけぼりを食らっているアレックスが王太子殿下に説明を求めた。
「僕には何がなんだかサッパリですよ」
「ああ、あのな、シンデレラの姉達の料理が不味いって話しさ」
笑いを噛み殺しながら大雑把に答えるシャルル。
が―――
「でも、シャルルよりはマシだよな~」
ポツリとピンゴが呟いた。それにミーシャをはぶいた三匹が大きく首を縦に振る。
「そうそう、あれは酷かったぁ~」
「シンデレラが倒れた時だったわね…」
「ダントンにシンデレラの代わりにこき使われて、薪割までは良かったんだけど…」
「だって野菜を皮ごと鍋に放り入れるんだもん、ビックリしたよ!」
ワンダ、パピー、チュチュ、ピンゴが口々に言うのを聞き、ミーシャは信じられないと目を丸くし、シンデレラは吹き出し、シャルルはバツが悪そうに後頭部をかき、やはりアレックスは一人何がなんだか解らず頭の上に?マークを散らかした。
「でも懐かしいわ~。まだあれから一年も経ってない筈なのに、ずっと昔の事のような気がする…」
感慨深くシンデレラは呟き、雲ひとつない青空を見上げた。その青空に、懐かしい顔が浮かび上がる。
「イアンも相変わらずね、きっと。マルセルは舞台で頑張って、イザベルも海の上で―――」
「あ、そうだ!」
「なっ、何?!どうかしたのシャルル???」
突然大声を上げたシャルルにシンデレラは驚いて問い掛けるが、シャルルはそれに答えず、懐をゴソゴソ探り出した。アレックスもワンダ達も、皆、訳が解らずシャルルの行動を見守っている。
そんな一同に気付いているのかいないのか、暫くしてシャルルは懐から白い物体を取り出した。
「あったあった。すっかり忘れてたよ。はい、シンデレラ」
「え?私?」
差し出された白い物体を反射的に受け取りながら、シンデレラは首をかしげた。それは四葉のクローバーがひとつ描かれた、シンプルな封筒だった。宛名はシャルルになっている。開けた形跡はない。
シンデレラは封筒をシャルルに返そうと、差し出した。
「あなた宛じゃない。私は読めないわ」
「僕宛にはなってるけどそれはシンデレラに宛てられた物だよ。差出人を見てごらん」
「え?」
言われるままに封筒をひっくり返してみると、そこには懐かしい名が綴られていた。
「イザベル?!」
思わず書かれてある名前をそのまま叫んでしまったシンデレラに、シャルルが暖かな微笑を向ける。
「な?僕宛になってるけど、それはどう考えたって君宛だよ。開けてみたら?」
「ええ、そうするわ♪」
シンデレラが嬉々として開けると、中から封筒とセットになった便箋が数枚姿を現した。嬉しさに高鳴る胸を抑えながら、達筆で書かれた文を目で追う。
「イザベルは何だって?」
「私がシャルルと結婚した事を、風の便りで聞いたって…」
―――本当、驚いたけどそれが一番良いような気がするわ。だってあなたは、この私に幸せを運んできてくれた人だもの。きっとシャルル王子様にも幸せを運んでくれると、私は信じているわ。そして、シンデレラ。あなたも幸せになれると信じてる。大変な事も色々あると思うけど、あなたなら大丈夫よ。私が保証するわ。
それから、私は、今とっても幸せよ。毎日が驚きの連続なの。ドレスではなくて、ずっと動きやすい服を着て、毎日料理をしたり掃除をしたり洗濯をしたり。もう、昔言われたみたいに白魚のような手なんてしてないけど、あの人は私の手を好きだって言ってくれるから、まぁ、いいの。船の暮らしにもなれたわ。最初は良く船酔いにもなって大変だったけど、今なら陸で生活するのと変わりなくやれるの。揺れる船の上でダンスだって踊れるのよ。ああ、それでね、シンデレラ。今度、○月○日にエメラルド城近くの港に私達が乗った船が着くの。出発するまでに少し時間が有るから是非会いに行きたいんだけど良いかしら?お世話になったあなたに直接お祝いの言葉を伝えたいし、それに、色々ご迷惑をかけたシャルル王子様に、一度、ちゃんとお詫び申し上げなければと思っていたの。もし、良かったら船が着く日に使いの者でもよこして。直ぐに二人で飛んで行くから。船の名前は―――
「ですって、シャルル!」
「それは良いね。僕は船に乗った事はないから、面白い話しも聞けるだろうし」
「………………………」
無邪気にはしゃぐシンデレラに、シャルルも楽しげに答えるが、アレックスの顔色は良くない。それに気付いたシャルルが、訝しげに眉間に皺を寄せる。
「どうかしたのか、アレックス?」
「…お忘れですか、王子?イザベルの父親はザラール侯爵ですよ?」
アレックスの口から漏れた名に、空気が凍りつく。