幸せな結婚生活
ザラール侯爵。
エメラルド国国王の腹心でありながら謀反を企て、王子暗殺を目論んだ第一級犯罪者。一度エメラルド城を掌握したもののシャルル王子に制圧され、最後にはシャルルとシンデレラの結婚式に乗り込み、二人を殺害しようとし、結局塔の上から墜落死してしまった、哀れな男…。
「イザベル自身が加担してなかったとしても、親族というだけで城下に入れるかどうか―――下手をすれば捕まってしまうかも知れません。ましてや彼女は父親の末路を知らないのでしょう?城に来れば嫌でも知ってしまうと思いますが…」
「………………………」
アレックスのいう事はもっともだった。浮かれすぎてそれに気付けなかった自分をシンデレラは恥じた。だけど…!
「嫌、イザベルには城に来てもらおう」
「王子!」
声を荒げたアレックスに、シャルルは真剣な瞳を向けた。
ゆっくりと口を開き、落ち着いた声色で諭すように話す。
「イザベルはなかなか勘が鋭い所がある。私達が港まで赴けば、何か城で起こったと気付くだろう。話し自体を断れば、その時点で何かあったと思うだろう。シンデレラの性格から言って、断る訳がないからな」
「しかし…」
「それに、自分の父親の最後を教えてやらないのは残酷だろう?少なくとも、我々はザラールの最後を見た。そんな私達から聞くのと、少しだけ事情を聞きかじった者から聞くのとではどちらが彼女の為だ?」
「それは…」
「ちゃんと教えてやればいい。事実だけを。大丈夫、彼女は強い。きっと父親の死と罪を受け止め、自分なりに消化してくれるさ」
シャルルの言葉に、シンデレラはゆっくりと、重々しく頷いた。
「…そうね。広い海の上にいるんですもの。聞かない保障なんて、ないわよね…。それにイザベルには心の支えがあるし…」
「そういう事。だから、アレックス。○日には港まで出向いてくれよ」
「ええ?!私が行くんですか?!」
自分を指差しながら、アレックスは驚嘆の悲鳴を上げた。
シャルルはワザとらしく首を縦に振ると、厳かに咳払いをして見せた。
「当たり前だろ?ここから港まで結構距離があるんだぞ?おまけにザラール侯爵の一人娘イザベルと親族をお連れするんだ。並大抵の奴じゃ無理だ。その点、お前はどんな難しい使命でもちゃんとやり遂げてくれるからな。信頼しているぞ、アレックス!」
「全く、調子が良いんだから…」
アレックスの呆れたような呟きに、一同は笑い声を上げた。
大きなベッドに体を投げ出すと、シンデレラは瞼を閉じ深いため息を漏らした。
「疲れたかい?」
低く、甘い声がシンデレラの耳を打つ。そっと目を開けると、覗き込むようにして寝間儀に着替えたシャルルが隣に寝そべっていた。
「…ちょっとだけね。でも、とっても心地良いの。きっと皆に会ったせいね…」
声がフワフワ宙を飛んでいる。少しでも気を抜いたらそのまま寝てしまいそうで、シンデレラはどうしようか一瞬悩んだ。このまま心地良さに身を任せて眠ってしまいたいような気もするし、シャルルとお喋りしていたいような気もするし…。
夢と現との間でウロウロしているシンデレラに、シャルルは微笑を漏らした。
「眠たいなら眠ったら良い」
耳元でシャルルが囁くように呟くと、シンデレラはくすぐったさに身を捩って答えた。
「でも、…少し、もう少しシャルルとお喋りしたくて…」
「お喋り?」
「ええ、だって最近、急がしくて…なかなかゆっくり昔みたいにお喋りできなかったから…」
シャルル王子などではなく、ただの“うそつきシャルル”だと思っていた頃。たまに大通りで会うと、色んな話しを飽きる事無く繰り返した。それは家で起こった可笑しな出来事だったり、なんとか助けてあげたいと願う人達の救出作戦を練っている事もあり、お互いの考えを言い合っている事もあった。
「…そうだね、ゆっくりお喋りなんて、してなかったね」
温かい目で、シャルルが呟く。
「でも、今日はもう休んだほうが良いよ。結構遠くまで足を運んだからね。大丈夫、お喋りはいつでもできるよ。僕とシンデレラがいれば、いつだって…」
そう言い終えると同時に、シャルルはシンデレラの額に、そっと口付けを落とした。
シンデレラはふわりと微笑み、
「…そう、そうね…私とシャルルがいれば、いつだって…」
そう呟きながら、深い深い眠りに落ちていった。
シャルルの手を、しっかりと握り締めて―――
End