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君にしか言えない言葉

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臨也が帝人の小さな体を抱きしめて、酷いよ帝人君、と震える声で言うのをただ、部屋の外で聞いてたよ。柄にもなく泣きそうな声を出すもんだから、らしくねえなと思いながら、俺まで泣きそうになって、大変だった。
酷いよ帝人君、どうして教えてくれなかったの、どうしてこんなになるまで。ねえ、俺が金持ちになったら一緒に旅行に行こうって約束したじゃない。俺の育った町を、何にもない港町だけど、2人で見に行こうって約束したじゃない。約束を破ったら嫌だよ、嫌だよ帝人君。
縋りつくようにそんなこと言いながら、臨也は帝人をぎゅうぎゅう抱きしめて、嫌だ嫌だと言いながら一緒に泣き始めて、そうしたら帝人は酷く掠れた弱弱しい声で、ぽつりと。


寂しい、と。


寂しいです、臨也さん、と。
そんなことを、言ったから。
俺にはそれ以上は立ち聞きなんかできやしなかった。
辛くて苦しくて痛くて、それでもそんなのを押し込めて笑える男がよぉ、寂しいなんて言うんだぜ。泣きながら、寂しいなんて、言うんだぜ。
帝人は強い男なんだ、あんな小さくて童顔で、いかにも弱っちそうななりをして、芯の一本通った男だ。子供の頃にうけた恩を忘れねえで、自分も誰かを救える人間になろうと、苦労して働きながら必死で勉強をした男だ。何日も食うもんに困って、それでも勉強を優先するような男だ。具もねえ白米の握り飯を、心からありがとうと言って受け取れる、そういう、男だ。
俺はあいつに憧れて、あいつを誇りに思って、だからあいつを助けたかった。頼って欲しかった、甘えて欲しかった、寄りかかって欲しかったよ。どんだけそんなことを思ったって、それは全部臨也のもんで、きっと未来永劫臨也のもんだけど。
そんで、最初に戻る。
竜ヶ峰帝人ってやつは、不器用な男だった。器用なふりをして、おとなのふりをして、酷く不器用で子供だったのさ。俺は帝人のその不安定なところが好きだった。あアそうだ、何度も言わせんなよ、惚れてたんだよ。
けど帝人は臨也を選んだし、臨也も帝人を選んでたんだ、しょうがねえだろ、俺が入り込む隙間はなかった。そんで臆病な俺は、入り込もうと思うこともなかったんだ。だから、仕方がなかったんだよ。
帝人は綺麗に俺の前から姿を消して、臨也もその日を限りにブラウン管には戻らなかった。二人の間でそんな話がかわされたのかなんて、盗み聞き出来るほど神経が図太くはねぇ。臨也の言ったとおりに、二人で連れ添ってあいつの生まれ故郷にでも行ったのかも知れねえし、そんなところとは無関係な、ずっと遠くで静かに暮らしてるのかも知れねえ。ああ、もしかして死んだかも知れねえなあ、それでもいいと思えるよ、今ならな。
この間ようやく、臨也が直前まで撮ってたっていう映画が、公開になったから見に行ったんだ。なけなしの金をはたいて、わざわざあの嫌な野郎の顔を見によぉ。折原臨也最後の映画とあっては、映画館は若い娘達でいっぱいで、どうにもむずがゆい思いをしたぜ。
やくざ者に追われて死にかけた男が、女医を目指す女に拾われてな、目覚めた部屋で、どうして助けたのかと問う男に、女がこう答えるんだ。
『あなたが助けて欲しいと言っているように、みえたので』
そりゃあまさしく、同じように死にかけて路地裏に転がってた臨也を下宿に連れてきた帝人が、目覚めた臨也に言ったのと同じ言葉で、ああそう言うことかと、臨也がこの映画を是非と言った理由はそれかと、そう思って笑い出したい気持ちになったもんだ。
だけど不思議なもんだな、笑いたくて笑いたくて、だというのに俺はいつのまにやら涙を流して映画を見たんだぜ。この平和島静雄が、ボロボロ泣きながらよぉ、こんな、愛だの恋だの言う映画をよぉ。
馬鹿みてぇだろう、なあ?




あんたもあの映画、見たかい。
ありゃあ最後に、男が女と一緒になって、添い遂げて幸せに終わるだろう。帝人と臨也も同じように、幸せに幸せに終わりゃあいいって、俺はそんなことを考える。柄にもねえだろ、仕方ねえんだよ、惚れてんだからよ。帝人がさみしい思いしなくてすむように、取り繕って強がらなくてもすむように、臨也の野郎は、もっとちゃんと近くで帝人を守ってやるべきなんだよ。なあそう思うだろ?
そんで俺は、いつか帝人に後悔をさせてやるよ。あアあん時平和島静雄を選んでりゃ良かったって、思ってもらえるようないい男によ。
なるんだよ、俺は。
作品名:君にしか言えない言葉 作家名:夏野