【土沖】真選組が出来たころのくたびれ土方と沖田でくっつきかけ話
そう尋ねられて何も返事ができなかった。純然な質問ではなくて、近しい人間がそんなことを言った時の腹立たしさを知れという意味だったからだ。溜め息をついて背中を向けてシャツのボタンに手を掛けると、それをも構わずに後ろから声が差し伸べられた。
「土方さん」
「なんだ」
「今になってそんなことをしたら、もう俺たちは駄目だと思うんでさァ」
「なにが?」
「親愛とか友情とかでさえなくて、愛情とか傷の舐めあいとか、そういうものになってしまいそうなので」
「だから、何がだよ?」
「俺ァね。 ……俺ァ、あのとき、そういうものにならないうちに」
そこで、躊躇うように言い淀んだ。
そうかと思えば次に発せられたその声は、淀むどころかなお柔らかく澄んだものになっていた。
「あんたのくちびるに、本当にキスしてしまえばよかった」
振り返ると、沖田は、まっすぐに土方を見据えていた。
「可哀想に」と言って、紛れもなく柔らかな見る目をした。慈しみと同情と同調のまなざしだった。そんな表情を、土方は、未だ知らなかった。
これが、こんな顔をするのか。
ゆっくりと、息を吐いた。沖田は一度目を伏せるような瞬きをして、それから「風呂が沸いてやす」と能天気に言い、先ほどまでの空間を殺す。
「そしたら飯ですぜ、今日は栗ご飯。物価が安定し始めたから、大奮発なんだって」
くんくんと空気をかいで、はらがへったと漏らした。土方はうんと返事をした後で、少しだけ眉間に皺を寄せる。
「……お前は」
「へい」
「俺のことが好きなのかそうじゃないのか、さっぱり分からん」
「さあねえ。俺がこんなに優しいのは、土方さん相手の時だけたァ限らない。……かもしれやせんぜ」
表情は変わらないまま、声音だけ軽やかに遊ぶようだった。しかし土方は、それはないな、とぼんやりと思う。
先ほどのあれは、沖田がまだ本当の意味での子供だった頃からずっと向けられてきた、土方にしか注がない感情たちのひとつだった。
同じ色が見えた。
だから、溜め息をつく。始末に負えなかった。土方は、食事の匂いに呼ばれていなくなってしまった沖田の、あの時いっそうやわらかくなった声が忘れられない。