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今鳴いた烏がもう笑う

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 カンと金属音がして校庭を見ると白球が夕陽に吸い込まれるように溶け込んでいった。
 ほーむらーんと声に出してみるものの、言葉は虚しく宙に浮く。吸い込まれたかに見えた白球も放物線を描いて引力に引かれるまま地面へと落ちる寸前にグラブに包まれた。
 あーあ。捕まっちゃった。なんとなく残念に思えて唇を尖らせると背後から先生、と苛立ちを押さえる気もない声で呼び掛けられたのに、首だけを緩慢に動かしてそちらを見る。
「いたの」
「いたの、じゃないでしょう。呼びつけたのは誰ですか」
「俺だね」
「先生ですね。そして、委員長の仕事って本棚の整理を押し付けられて作業しているんですけれど、状況はおわかりいただけましたでしょうか?」
「わかりましたけどそれで、何か?」
 とぼけてみせるとあからさまにむっとして睨んでくる。眉間に皺なんか寄せちゃって、と思えども誰の責任かと返されそうで無視を決め込み手元の袋を引き寄せるとタバコを一本取り出した。
「やめてください」
「ここは俺の庭なんだから、文句言うんじゃねえよ」
「制服に匂いがつくんです。吸うんだったら、これもうやめていいですか」
 電波な彼にしてはえらくまともな文句だ。だけども知ったことじゃない。ライターを手にしたところで諦めたのか、舌打ちが聞こえた。
「帰ります」
「却下します」
「ご自分でおやりになればいいでしょう。暇なんだし」
「教師は暇じゃねえんだよ。これも俺のクラスの委員長の仕事だろ。担任が快適に仕事をするためのな」
 フィルターに口をつけ、煙を吸い込む。はーと吐き出すとますます眉間の皺が深く刻まれた。
「文句は?」
「貴様などいっぺん犬に噛まれて大怪我しろ。あっそれだともしかしたら犬が保健所に入れられてしまうかもしれないから坂本の運転する車に同乗しろ」
「殺す気か!ってかアレでも仮にも教師なんだから先生をつけなさい」
「坂本先生の運転する車の助手席に同乗しろ」
 さっきより酷くなってるじゃねえか。付き合いきれずにまた首を校庭の方へと向ける。野球部はまだフライの練習をしているのか高くボールを上げては捕る、を繰り返していた。
 カァカァと烏も鳴き始めた。よく見れば先程よりも夕陽の位置が下がっている。もうすぐ日暮れだった。
「先生」
「なに、烏君」
「ヅラじゃありま……烏?」
 反射でヅラじゃないと言おうとしたのか、いつものフレーズが聞こえてきて笑えた。タバコを携帯灰皿に押し付けながら振り返る。思えばこれもそんなに味わわなかったな。
「どうして烏?」
「黒いし、ギャアギャアうるせえし。烏だろ」
 ほれ、と窓の外を指差す。カアカア鳴く烏の声は閉じられた窓の内側までもちゃんと届いていた。
 真っ黒な彼は真っ黒な瞳を細めて窓の外を見る。それから溜息をついて本棚から一冊の本を取り出した。
「おいおい何出してんの。片付けろよ」
「これを読んでからにしてください」
 本を机の上に投げてよこすとまた本棚へと向き合ってしまう。もっと丁寧に扱えよ、と思いながらもそれを手にするとずっしりと重かった。しかも厚い。しかもカラー。
「鳥類辞典」
 烏君がよほど腹立たしかったのか。けれども鳥類辞典を見たところで何が変わるわけでもねえだろ、と烏の項目を開く。やはり真っ黒なページだったけれど、一部そうでもないものが混じっていたのに気が付いた。
「なにこれ。これも烏なの?」
「そうですよ」
「どこでこんな情報仕入れてくるんだよ」
「秘密です」
 たいした秘密でもねえくせに。言ったところで負け犬の遠吠えだなどと言われそうでなんかムカつくから言わない。代わりに音を立てぬよう立ち上がると足音を忍ばせて近づいて後ろから鳥類辞典を本棚に差し込んだ。
 全然気が付いてなかったのか、腕の中でばっと振り返る。長い黒髪が鼻先を掠めた。間近で見ると迫力が違う。黒い紙に墨汁ぶちまけたみたいな、黒い黒い重たい色だ。なんて言うんだっけこれ。国語的表現で。
「先生」
 こちらも真っ黒な瞳に人が映りこんでいる。白いふわふわ頭がよく見えた。
「なにか?」
「違います」
 ふるふると首を振られるが、それ以前に意味がわからない。何が違うと言うのだろうか。
「なにが?」
 ぐっと顔を近づける。彼との口論中の習性とも言えたが、突然顔を背けられて咄嗟に距離を開けた。
「なに?俺なんかした?」
「いえ……」
「じゃあなに?俺のこと意識してるとか?」
「とかって何ですか。とかって付けるときはもう一つ続けなければならないんですよ。意識してないとか、全然興味ないとか」
 また話が飛躍した。こうなるとまともな会話になる気がしねえ。面倒になって窓際に戻ると椅子に腰掛ける。もう一本タバコに火でもつけようかとしたところで不意に足元が覚束ない感覚がした。
「あ?」
「地震ですね。揺れは小さいですけど」
 揺れが小さくとも危険なことには代わりが無い。タバコを吸うのを諦めて背凭れに背を押し付けると椅子がギイと鈍い音を立てた。その間もぐらぐらと弱い揺れが続くのになげえなぁと言おうとしたとき、急に揺れが強くなった。
「わっ」
「ちょ、てめ」
 きっちり詰め込んでる本棚ならまだ良かった。けれど丁度そこは片付け途中の本棚で、すかすかだったもんだから大きな揺れには耐えられなかったらしい。そして小さな揺れに油断してバランスを崩した彼の頭上に降り注ごうとしていたのが見えた瞬間、立ち上がり床を蹴った。座り込んだ彼の真上に滑り込むと代わりに本の洗礼を受ける。マジ痛いんですけど生徒の為に体張ってる俺って偉いんじゃねえの?
 ぐらぐらと揺れる。その間黒い頭を胸元に押し込んで降り注ぐ本に耐えた。1分もしなかったくらいで地震は終わったが、周囲はせっかく片付けた本が見事に散乱しているのに面倒で溜息が出る。と、腕の中の黒髪が動いた。手の甲にさらりと滑る感触に触りたい衝動のまま指先で黒髪を遊ばせる。
「ああ、烏の濡羽色か」
 ようやく思い出した言葉を口にすると、腕の中から顔を上げて睨まれる。烏は相当お気に召さないらしい。
「どっか怪我は?」
「ありませんけど至近距離で喋らないでください。タバコ臭いマジで」
「あーさっきのって、そういうこと」
「だから喋るなと。危ないですよ」
 んだよ、意味わかんねえよと故意に顔を近付ける。気持ち悪い臭いと言われるかと思いきや、彼が発したのは再度危ないですよの一言だった。また何を受信したのかさっぱり理解できねえ。したいとも思ってねえけど。
「なにが……って、いってえ!んだコレ!」
 ごっと後頭部を何かが強打した。ぼたりと脇に落ちたものを拾い上げるとそれは先程目にしたものだった。
「だから危ないって言ったのに」
「そういうときは本が落ちそうだからと言え」
「今度からそうします」
「今度はないと思うけどね」
「じゃあ明日からそうします」
「明日って何?ってか今の角だった。いってえなー救急車呼んでー」
 頭を押さえながら言うとはっと笑うように息を吐かれた。それから腕から抜け出して立ち上がると周囲の本を一冊一冊拾い集める。
「拾うの手伝ってくださいよ。あと、今日はもう回収するだけで終わりにします」
「無視かよ」
「なにがですか」
作品名:今鳴いた烏がもう笑う 作家名:なつ