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焼け野の雉子 夜の鶴

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 団子、団子が食いてえ。体が団子を求めている!
 そう叫ぶなり銀時は万事屋を飛び出した。新八が後ろから「逃げてんじゃねえよこの糖尿!」と怒鳴っているのが聞こえたけれど振り返りもせずかぶき町をひた走る。
 二人で事足りる仕事だ、わざわざ社長の自分が行くこともあるまい。それより今は団子だ。
 団子が食べたい。それだけの欲求に従って銀時は慣れた道を走り抜ける。そうして辿り着いた馴染みの団子屋の扉は固く閉ざされていた。
「うっそぉぉお!」
 辺りを見回して時間を確認する。周囲の店は団子屋を除き皆開店していた。
「まじかよ……」
 団子屋の扉の中央やや下、小さなぺら紙に気付き目を通す。
 『本日臨時休業』
 簡潔にそれだけが書かれた紙を何度も読んで、指で弾きながらぼやいた。
「あーもう団子用の口になってんのにどうすんだよこれ」
 手に入らないとなれば余計に団子が欲しくて欲しくてしょうがなくなる。どうしようもない思いに尻を掻きながら天を仰いだ。
 すると、尻を掻いていた右手首を後ろから急に強い力で捕まれる。気配も感じなかったことに驚き、振り払おうとしたところでその手の温度に覚えがあり、舌打ちをして振り返った。
「何昼間から出歩いてんだコノヤロー。つか、何?手を繋ぎたいんですか?」
「一市民が昼間から出歩いても構わんだろうが。別に貴様なんどと手など繋ぎたくもないわ」
 律儀に答えて桂は銀時の手を放した。んだよ、と睨みながら銀時が手首をさする。それほど痛くは無かったけれど、こうすると桂が勝手に罪悪感を覚えてくれることを期待していた。案の定桂は眉尻を下げて心配そうに右手首を見る。
「すまぬ、痛かったか。だがな、貴様がはしたないからだ」
「はしたないって……いい歳した男に使う言葉じゃねえだろ神楽ならともかく。あーそういや神楽もケツ掻くわ。先にそっちにはしたないって言ってこいよ」
「だからだろうが」
「ああ?」
 睨まれるのに一歩踏み出し睨み返す。喧嘩の様相に周囲がさっと静まった気がした。
「リーダーは貴様を手本にして真似ておるのだ。良い見本となれるよう日頃からの習慣が肝心なのだぞ。貴様は親としての自覚がまだ足りておらんようだな。そもそもリーダーは」
「ああーうっせえ!」
 声を上げて銀時は桂を指差す。ん?と桂はいつもの無表情に戻ると首を傾げた。
「あいつテメーも真似てんじゃねえか!テメーのせいじゃねえの?」
「何を言うか。俺はいつ何時見られても良い手本になれるよう日頃から心がけておるわ」
「嘘つけぇええ!」
 どう考えても悪い影響を受けているのに銀時は桂の頭を平手で叩いた。さらっさらの黒髪が宙を舞う。
「なんだ貴様。俺がいつ嘘を吐いたと言う」
「さっきー!さっき吐きましたー!」
「なんだと!」
「やんのかコラ」
 睨み合い、顔を寄せる。喧嘩だ、とざわめきが聞こえたのに我に返ったのは桂だった。
「まずい、銀時」
「ああ?何がっ、て、お前、ちょっと待てコラ!」
 ぐっと銀時の右手首を掴んで駆け出す。引っ張られるままに銀時も足を動かした。慣れた道を今度は逆走する。どんどん見慣れた建物が近付くのに待て、と思ったが桂は止まらず階段を駆け上った。
「ここまで来ればいいか……」
「……」
「どうした銀時?」
「……ここまで、じゃねえ!何勝手に人んち来てんだ!」
 ごん、と鈍い音を立てて桂の頭に拳が落ちる。何をする!と両手で頭を押さえて桂が睨むのに舌打ちをした。
「あーもう。帰ってきちまったじゃねえか。人がせっかく団子買いに行ったってのによぉ」
 あーあーとわざとらしく溜息を吐いて靴を脱ぐと玄関を上がり定位置まで歩いた。桂も何故か後ろをついてきてはソファに座る。
「リーダーはどうした?」
「仕事だよ。ぱっつぁんと二人でお掃除」
「貴様は何をしている」
「さっき言っただろうが。団子買いに行ってたんだよ」
「仕事は」
「ねえよ」
「なんだと貴様!そんなことだからリーダーの手本になれんのだ!団子だと!大体あの団子屋は閉まっておったではないか!」
 折角座ったソファから立ち上がり銀時を睨みつける。ああ、もう、うぜえと銀時は右手首をさすった。
「……なんだ。痛むのか」
「うるせー団子食ったら治りますー。あー食えねえと思うと余計食いたくなるってのになんでこんなのに捕まるかなちくしょう」
 キイキイと椅子が音を立てて回る。窓の外はまだ明るく人々の活気が伝わってくるのに、銀時の気分は最低だった。
「なんだ。甘味が欲しいならくれてやるぞ」
 銀時の気も知らず、桂は再度腰を落とすと懐から棒状のものを取り出して投げて寄越した。受け取ってちげえんだよなぁと椅子をくるりと回す。
「んまい棒チョコ味な気分じゃねえんだよ。もらっとくけど」
「なんだ。ナニが違うと言うのだ」
「今は団子が食いてえんだよ」
「貴様など甘ければなんでも良いのであろう」
 馬鹿にしたように桂は鼻で笑う。ガリガリと頭を掻いて銀時はんまい棒の袋を破いた。チョコレートでコーティングされた棒を口に含む。やはり求めていた味では無いことに、些かがっかりしながらもチョコを堪能してから飲み込む。
「やっぱ違ぇんだよ」
「何がだ」
「今は団子が欲しいわけ。なんでテメーはこう繊細なことがわかんねえかな」
 再度んまい棒を頬張る。チョコでもいい時もあるけど、違うのになーと思っていると桂はさっぱりわからないとばかりに首を捻った。
「天パだからか」
「は?」
「天パだから変なところだけ繊細なのだろう」
「ちょ、天パ馬鹿にすんなよオメーなんかただのさらっさらの癖に」
「さらっさらになれなかったから変に繊細なのだろうがきしょっ」
「うっぜえぇ!もう帰れ!」
「言われずともこれから会合だ!」
 立ち上がるなりスパァンと桂は襖を開いた。えっなんでそっち?と銀時が呆ける目の前で居間の窓を開く。
「バイビー」
「はあ?」
 旧世紀の挨拶と共にひらりと窓枠を跨いで桂の姿が消えた。慌てて玄関に走ると桂の草履は無く、最初から帰宅経路をそちらに考えていたことにバカバカしくなる。
 なんだってあんなのに振り回されてんだ。
 先程まで桂の居たソファにどっかりと座ると、残されたんまい棒を齧る。団子のことなど忘れ去っていた。

作品名:焼け野の雉子 夜の鶴 作家名:なつ