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働く人

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 それはそうと、兄さんもなんだか今日は顔色がよくないんじゃない?
 そう指摘すると、途端に鬼の形相になった。
 いつも思うけど、これを真似するのが一番難しい。こないだ監督には複雑な憤怒をよく表現できてるって褒められたけれど、これほどの迫力にはまだ全然足りてなかった。
「一昨日あの腹立たしいクソノミ蟲を取り逃がしてからどうも調子が悪くてよ……仕事中もちょっとしたはずみですぐ苛ついちまって」
 明日あたりちょっとあのノミ蟲殺しに行ってくるわ、と言う兄さんは自分の矛盾に全く気付いていない。
 メビウスの輪を走らされているハツカネズミだ。
 兄さんはどうしてわからないのかな。
 世の中ぜんぶに対してそんなに神経質である必要なんてどこにもないのに。
 俺を見てみなよ。ほら、こんなに簡単なんだよ。世の中に無関心でいるのは。
「その人に兄さんがそんなに腹を立ててあげる必要はないと思う」
「いや別にわざわざ腹立ててあげてんじゃねえし」
「本当に腹が立つなら、無関心になればいいんだよ」
「そんな仙人みてえなすげーこと俺にできるわけねえだろ。お前じゃないんだし」
 別にすごいことでも何でもないと思うけど。
 できないのはよっぽど不器用なのか、それとも、実はそうしたくないだけなのか。そこは不器用だという選択肢に当てはまってもらおう。
 そんな不器用な兄さんは俺を見てちょっと苦笑しながらチッと軽く舌打ちするという器用なことをした。
「ったく、笑ってんじゃねーよ……褒めてねーっつーの」
 兄さんってかわいいよね、と言ったら怒るだろうか。
 それとも笑ってくれるだろうか。

「だって俺、兄さんが笑ってるのが好きだから」

 だからあの目障りなノミ蟲さんは、早く俺が始末しないと。
 友達がいなくなったと兄さんが悲しまないように、勘のいい兄さんでも俺がやったと気付かないように。
 兄さんが早く平和に暮らせるように。そうすることができるくらいには大きな力を俺の手に、早く。
 その目標まで到達するために、俺は今日もせっせと頑張って仕事に、行ってきます。
作品名:働く人 作家名:463