薔薇の棘
第一章
甘いにおいが鼻腔をかすめた。自身の女の香水の匂いが混じりあい濃密な空気を生み出していた。
「ね、幸次郎。次いつ会える?」
腕を背に回して彼女は強請るように言った。
きつそうな雰囲気が気に入っていただけに、甘えたような仕草に源田は萎える。
「忙しくてね。暫くは無理だ」
彼女の手を外し、さっさと衣服に手を通した。
それを遮るように服をつかみ、唇を尖らせて
「帰らないで。お願い!一緒にいたいの!」
縋るように懇願した。取り乱した表情はますます醜悪で、源田は急速に心が冷えてくる。
少し力を入れて彼女の腕を外し、上着を羽織る。彼女の顔と向き合うこともなく、源田はさっさと扉を開けた。
「それじゃ」
その言葉が餞別だった。
源田は人を本気で愛したことがない。
友人愛というものはあるが、異性に対する愛情というものが欠落していた。
でも女たちに囲まれているのは楽しかったし、若い熱を発散する必要はあったからこの状態をいまさら変える気はなかった。
「ちょっと練習して帰るか」
オフの日だが、おそらく仲間たちは集まっているだろうと源田は学校へと足を伸ばした。
カードキーを通そうと門まで行くと、一人の少女が立っていた。
銀にも見える水色の髪を肩ほどまで伸ばし、片目を眼帯で覆っている。
冷徹な美貌とても言うのだろうか、切れ長の瞳はどこか冷たさがあり、
桜色の唇は固く結ばれていた。
触れれば切れそうなほど、刃の切っ先にも似た雰囲気があった。
その子は確かに美しかった。
源田の気配を感じたのか、その子は振り向いて源田を見つめた。
橙色の瞳に見つめられて源田は胸がドキリとなる。
らしくもなく動揺してしまい、言葉がうまく出てこない。
「あ、何か用があるなら」
「帝国のサッカー部の辺見って奴、知ってるか?」
凛とした声が響いた。
形の良い唇で友人の名前を呼ばれ、少女との接点が生じたことに
心が歓喜した。
「知ってる。俺もサッカー部だ」
すると、ふわりと少女は可憐にほほ笑んだ。
さっきまでの冷たそうな雰囲気が一変して柔らかくなり
「それじゃこれ、渡しておいてくれ」
少女は源田の手をとって小さな紙袋を渡す。
柔らかな肌が触れて源田はその個所が疼くような気がした。
その甘美な痺れが心地よくて、心を飛ばしているうちに
「じゃあな」
少女はそれだけ朗らかに言って去って行った。