祭囃子は聞こえない
見事なタックルだった。
――否、抱きつきだった。
回された腕はしっかりと静雄を抱きしめ、それにより密着した体は帝人の細い体躯を存分に静雄に伝えていた。
布越しながらも伝わる帝人の体温と、鼻腔をくすぐるシャンプーの匂い。
それら全ての感触に静雄の心拍数は急上昇し、思考は真っ白となった。
そして静雄の胸元に顔を埋めていた帝人が、ゆっくりと顔を上げる。
幼い顔立ちは赤に染まっていた。
「……あ、あのっ静雄さん…今回は本当に…あ、ありがとう、ございましたっ」
余程恥ずかしいのか、たどたどしくお礼の言葉を口にする帝人。
そしてもう一度強く静雄を抱き締めるとそっと離れた。
たったそれだけ。時間にして一分にも満たない間の出来事。
だが静雄の体を硬直させるには充分な出来事だった。
静雄から離れた帝人は続いて幽の所に行くと、先程と同じように幽に抱きつき、お礼の言葉を口にした。
そして赤い顔のまま、もう一度二人に向かって礼を言うと、逃げるようにリビングへと消えた。
相当恥ずかしかったのだろう。
それを見送った後、幽は静雄に顔を向けた。
その顔には無表情ながらも嬉しさが浮かんでいた。
「実はね、兄さん」
幽は帝人と、ある約束をしていた。
それは今回の件がうまく片付いたならば、お礼として抱き締め、言葉をかけるという簡単なもの。
簡潔に今し方起こった出来事の理由を語ると、幽はまるで感想を求めるかのように静雄に問いかけた。
「帝人君がやってくれそうなラインでお願いしてみたんだけど、どうだった?兄さん」
艶やかな黒髪を揺らし、首を傾げる幽。
対する静雄はようやく硬直状態から抜け出したのか、わなわなと体を震わせると「…幽……お前……」と呟き、
「…よくやった!」
勢いよく親指を立てた。
その瞳は驚くほど澄んでいた。
――こうして池袋の夜は更けていく。いつも通りに。
ある一人の男の悲鳴を飲み込みながら。
逃げる男は最後の最後でようやく理解する。
自分は手を出してはいけない人間に手を出したのだと。
そしてそれを後悔しても、後の祭りだということを。
終