キミの旋律
自分の体が、自分のものでないような。
味わったことのない、安心感。
『えっ!?こ、これは!?』
「ミク、おいで」
マスターの声が、響く。
え?マスター?
「今から、僕が、君のマスターだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
ミクが、驚いたように目を見開く。
そして、ふらりと、一歩を踏み出した。
「ミク!?」
相手マスターの声にも、ミクは反応しない。
その様子に、向こうは呆然とした顔で、こちらを見ていた。
「いい子だね、おいで」
「はい・・・マスター」
マスターが伸ばした手を、ミクはおずおずと握る。
『こ・・・これは!!「乗っ取り」です!!マスター・シマノ、「初音ミク」の、乗っ取りに成功!!この瞬間、マスター・シマノの勝利が決まりました!!』
会場のどよめきが、大歓声に変わった。
「はは・・・やったあ」
マスターは、笑顔で俺とメイコを見ると、そのまま、崩れ落ちる。
「ま、マスター!?」
「マスター!!しっかりして!!」
「マスター!!」
『あっ!!医療班!!医療班、早く!!』
周囲が大混乱に陥る中、気絶したマスターは、担架で医務室に運ばれた。
「ごめんね。二回戦、不戦敗になっちゃったね」
目を覚ましたマスターは、まっ先に、そのことを謝る。
「マスター、そんなこと」
「そんなことより、もう二度とあんな無茶はしないでください!!本気でびっくりしたんですから!!」
・・・メイコ、俺にも喋らせろ。
本当は、俺とメイコはパソコンに戻った方がいいのだろうけれど、とてもじゃないが、そんな気にはなれない。
それは、メイコも同じだったらしく、マスターのお姉さんに懇願して、「家族だけで話したいから」と言って、部屋に誰も入れないようにしてもらった。
医務室にいるのは、マスターと俺とメイコと・・・何故か、ミク。
「で、マスター?説明してくださいね?何で、ミクがいるのか」
メイコが迫ると、マスターは困ったように、
「ごめーん。まさか、ここまで影響が出るとは・・・」
「マスターは、私がいたら、迷惑ですか?」
ミクが、悲しそうに聞く。
「迷惑というか・・・僕は、君のマスターじゃないんだけど・・・」
「そんな!!マスターは言ったじゃないですか!!『今から、僕が、君のマスターだよ』って!!」
・・・言った。確かに、言った。
「・・・困ったなあ」
マスターは、はあっと溜め息をついた。
「乗っ取りなんて、試したことないから、加減が分からなかったんだよね・・・」
『乗っ取り』とは、相手VOCALOIDに触れ、自分とのシンクロ率を上げるというもの。相手マスターの率を上回れば、VOCALOIDを自分のものにできる、大技。
ルールには載っているらしいが、そんな無謀な挑戦、試す選手などいない。
なぜなら、相手VOCALOIDとシンクロした瞬間、「一体でもシンクロ率が50%を下回った場合は、失格」というルールに、触れてしまうから。
瞬間的に、50%に到達しなければ、自分が失格になってしまうのだ。
「本気で行くって、このことだったんですか」
俺の言葉に、マスターは苦笑して、
「うん。でも、まさか、あそこまで上がるとは、思わなかった」
あの瞬間。
マスターとのシンクロ率が、100に達したのだと、マスターのお姉さんから聞かされた。
三体同時に100に達するなんて、前代未聞の状況に、大騒ぎになったらしいが、結局、「計測器の故障」で落ち着いたそうだ。
まあ、確かに。常識的に考えれば、それしかないだろう。
でも、その影響で、マスターは負担が大きすぎて気絶、ミクは実体化したまま戻らなくなり、そのままついてきてしまったのだ。
「戻し方が分からない以上、しょうがないかなあ・・・」
マスターが呟くと、
「一回、アンインストールすれば、戻るんじゃないですか?」
メイコが、恐ろしいことを平気で言った。
「ええっ!?そんなの嫌です!!マスター!!」
ミクが、必死で懇願する。
俺も、さすがに可哀そうになって、
「いや、それはかわ」
「あんたは黙ってなさい」
「・・・はい」
・・・メイコに睨まれた。
「メイコ、それは可哀そうだよ」
マスターが、たしなめると、
「だって!これ以上増やして、どうすんですか!!」
メイコが、俺とミクを指さして叫ぶ。
・・・おい。
抗議の声を上げようとした、その時、
「だいじょーぶ!!許可もらったから!!」
突然、マスターのお姉さんの声が響いた。
へ?許可?
「あ・・・お帰り。どうだった?」
マスターの言葉に、マスターのお姉さんは、ぐっと親指を立てて、
「完璧!!ミクのデータ、全部こっちに移しといたから」
「・・・だろうね」
マスターが、諦めたように呟く。
・・・あれ?
「マスター・・・もしかして、こうなること、分かってました?」
「んー?姿が見えないし、パソコンもないから、そうじゃないかと思った」
さ、さすが姉弟。良く分かってますね。
「という訳で、ミクちゃん!!カモナマイハウス!!」
「嬉しい!!ありがとうございます!!」
「ちょっとーーー!!マスター!!何とか言ってやって!!」
「・・・なんとか」
ははは・・・何か、良かったのか悪かったのか。
女性陣が大騒ぎする中、マスターは俺の顔を見て、にこっと笑った。
「これから大変だね、カイト」
「・・・何で、そんな他人事なんですか」
でも、まあ。
マスターが笑ってくれるなら、良かった、の、かな?
終わり