キミの旋律
「僕のこと・・・世界一のマスターだと思う?」
「「思います!!」」
二人の声が、ぴったりと重なる。
「当然じゃないですか!!あたしのマスターは、世界一です!!」
「そうですよ!!もっと自信を持って下さい!!」
マスターは、ようやく、にこっと笑ってくれた。
「そっか。ありがとう。ごめんね、引きとめちゃって。お休み」
「いえ。お休みなさい、マスター」
「マスター、お休みー」
俺とメイコがパソコンに戻ると、マスターは、電源を落とした。
次の日も、その次の日も、マスターは、大会のことには触れず。
何時ものように、歌の練習をするばかりだった。
大会当日。
「・・・マスター、本気ですか?」
パソコンの中から、メイコが囁きかける。
「本気」
マスターは、ぼそっと答えた。
「僕、くじ運ないから」
・・・確かに。
前回の相手は、準優勝経験のある「MEIKO」で、今回の相手は、前回優勝の「初音ミク」。
そんなに、初戦敗退させたいのかと。
メイコは、本気で困ったように、
「どうしよう、カイト。これで負けたら、あんたとはお別れじゃない」
をいこら。
俺は、メイコの手を取ると、
「消えるときは一緒だ、メイコ」
「冗談は、ロボ声だけにして」
危うく、場外乱闘に発展しそうになるが、マスターの「静かに」という声で、お互い我に返る。
・・・しかし、ホントに初戦敗退したら、どうしよう。
マスターのお姉さんに、アンインストールされてしまうのだろうか。
まあ、いざとなったら、マスターが助けてくれるだろうけど。
『本日、5組目の対戦です!マスター・ミズキの「初音ミク」対マスター・シマノの「MEIKO・KAITO」!!』
会場から、どよめきが漏れた。
うん、そうだろうな。
普通、二体同時に使うのは、リンレンのマスターくらい。リン達は、双子の設定だから、シンクロしやすいというのもある。
ルール上、何体使おうが、問題はない。
だけど、VOCALOIDの数が増えるほど、シンクロ率が下がる。
・・・通常は。
『さー、マスター・シマノは、二体同時操作です!!これは期待したいですね!!』
『シンクロ率も、両方とも60%と、安定しています。これは、マスター・ミズキも、油断できませんよ』
「二人とも、頑張ろうね」
マスターがそう言って、俺とメイコの手を握った。
「マスター・・・」
「もちろんです!任せて下さい、マスター♪」
・・・うん、消えないつもりだもんね、メイコは。
マスターは、俺とメイコを交互に見てから、
「今日は、本気で行くから」
何時になく、真剣な顔で言ったので、俺も覚悟を決める。
「分かりました。頑張りましょう、マスター」
『両者、スタート位置についてください!!』
俺とメイコは、マスターの手を離すと、ミクと向かい合った。
そして、スタートの笛が鳴り響く。
それを合図に、メイコが走り出した。
俺は、歌でミクを牽制する。
ミクは、一瞬動きを止めるものの、すぐ態勢を立て直し、メイコに向かって走り出す。
メイコとぶつかる瞬間、するりと身をかわすと、そのまま俺の方に向かってきた。
のあっ!!
ミクの右ストレートを、ぎりぎりで避けるも、歌が途切れてしまう。
俺は、急いで後ろに飛びのいて、ミクとの距離を開けた。
すぐに、メイコの歌声が響く。
だが、ミクは足を止めることなく、俺に向かってきた。
うわああああああああああああ!!だから、バトル用の歌も調整しろと、あれほど!!
俺も、メイコに合わせて歌う。
さすがに、二人がかりはこたえたのか、ミクの足が止まった。
隙あり!!
俺は、歌を止め、ミクに素早く走り寄ると、足払いを掛ける。
よけようとしたミクが、尻もちをついた。
メイコが歌をやめて、ミクに走り寄る。
俺は歌で援護しながら、後ろに下がった。
メイコの拳を、ミクは転がってかわすと、すぐに立ち上がり、メイコとの間合いを詰める。
ミクは、素早くメイコの鳩尾に突きを繰り出すが、動きが鈍っている為、メイコに難なく避けられる。
メイコは、逆に、ミクの脇腹に回し蹴りを入れた。
ミクは、腕でガードするものの、体が吹っ飛ばされる。
メイコが走り寄ろうとした瞬間、ミクの歌声が響いた。
いきなり、地面が波打つような感覚に、思わず吐き気を覚える。
め、目が回るっ!酔いそう!!
さ・・・さすが、前回優勝者!!
メイコも、ぎりぎりのところで、立ち止まっていた。
『おーっと!!初音ミク選手からの攻撃にも、マスター・シマノのシンクロ率は下がりません!!何という安定性でしょう!!』
ミクは、歌いながら、俺に向かって走ってくる。
ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
ちょっ!!何それ!?息つぎくらいしろっつーの!!
避けようとするも、足がふらつき、思わず尻もちをついてしまった。
しまった!!
目の前に、ミクが迫る。
反射的に、腕でガードの態勢を取ろうとして、
「え?」
マスターが、ミクに飛びついた。
ミクは、反射的に、マスターの背中に手刀を叩きこむ。
「かはっ!!」
周囲の状況が、まるでスローモーションの映像を見せられているようだった。
マスターの体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
メイコが、叫びながら、こちらに走ってくる。
ミクは、しまったという顔で、自分のマスターの方を向いていた。
警告の笛が、場に鳴り響く。
『あーっと!!これは、両者ともペナルティ!!両選手は、スタート位置に戻ってください!!』
その言葉に、やっと我に返った俺は、メイコと一緒にマスターの体を抱えて、スタート位置に戻った。
「マスター!!しっかりしてください!!」
「マスター!!大丈夫!?聞こえる!?」
マスターは、二・三度咳き込んでから、
「だ・・・大丈夫。ごめん、びっくりさせて」
その言葉に、メイコが怒った顔で、
「全くもう!無茶しないでください!!あたし達と違って、マスターの怪我は、終わっても、そのままなんですから!!」
「うん・・・分ってる。でも」
マスターは、もう一度咳込むと、
「今回は、本気で勝つつもりだから。これくらいしないと」
・・・マスター?
「マスター、何をするつもりなんです?」
俺の問いかけに、マスターは、にこっと笑って、
「僕が、『世界一のマスター』だって、証明するつもり」
そう言って、俺とメイコの手を握る。
「マスター?」
マスターは、笑って首を振るだけで、後は何も言ってくれない。
その様子に、俺も頭を切り替えた。
俺はただ、マスターを信じていればいい。
お互い、一歩も動けず、ただシンクロ率の回復に努めた15秒が過ぎ。
試合の再開を告げる笛が、鳴る。
『さー!!15秒が過ぎました!!ここから、どのような展開になるのでしょうか!!』
マスターの手を離した、次の瞬間。
「ごめんね」
マスターの声とともに、いきなり体が持ち上がるような、奇妙な感覚。
え!?
俺も、メイコも・・・ミクさえも、一歩も動かなかった。
何かに、全身を包みこまれているような。