アザミの呪い
「お前、俺には突っ掛かってこないんだな」
「必要ないからね」
からかう相手が必要なら、イギリスを相手にすればいいと思うよ。小さな声でしかしはっきり言ってやると、スコットランドは軽いため息を吐いた。葉巻はもう半分以上灰に変わっている。
そして、笑いもジェスチャーも何もなく、冗談みたいな台詞が飛び出した。
「あいつを喜ばすだけだからな。俺にはもうその気はない」
「喜ばすって、そんな馬鹿な。俺が君の――君たちの話をしたりイギリスが勝手に話出したりしたあと、何回泣かれたと思ってるんだい」
その度にかなり強い嫉妬を覚えさせられたことは伏せておいた。
「あいつにはそれが気持ちいいんだよ」
もっとも今のスコットランドには、そんなアメリカの心の些細な動きに気付く暇もないらしい。
「戦場でのあいつを知ってるか?アメリカ」
問われて、問いの意味を計りかね、答え方を計りかねているうちに、続きがもうはじめられていた。
「ありゃあ、俺が見てきた中でも最悪の部類だよ。それを俺は何回も見てきた。イングランドは泣きながら刺す。何度も、何度も、躊躇も何もなく、的をはずすこともない。おっそろしく冷静な目をしてるくせに、戦場で涙を流しやがるんだよ、自分ひとりのために。同じ血を流す相手を刺さなきゃならない、かわいそうな自分のためにな」
「彼は俺を撃ちはしなかったよ」
葉巻の灰は落ちた。
スニーカーの靴底で踏みつぶした。
「お前が、あいつの弟だから」
今はうす昏い目をアメリカに向けて、嘲笑した。
奇しくもそのとき、沈黙が降り立つ瞬間を待たずしてイギリスの声が風に乗って庭に届いた。アメリカ、アメリカ?すこしずつ不安定な響きを帯びていく声にスコットランドがにやりとする。口を開きかけたアメリカを制して、ひとりゆっくりと、しかし大股で庭の灌木を突っ切りながら消えていった。灰はまだ足元に残されていたが、踏みしだかれてばらばらになり、湿ってブルーグラスの葉の裏に貼りついたようになっていたからどうしようもなかった。イギリスの声が近付いてくる。アメリカはまだ白痴のように立ち尽くしていた。
*
「ったく、兄さんがきていたんなら俺を呼べよな」
朝食を作ってやらなかった詫びと称してイギリスがスコーンを作りはじめたのをアメリカは止めなかった。芝生に落ちた灰には気付いて眉を顰めたのだが一言も口にせずに済ませたのをいいことにスコットランドの来訪を黙殺したのに、少なからず引け目を感じていたのである。
ところが当のイギリスには水に流すつもりなどなかったらしい。
「知ってるんだからな。スコットランド気に入りの葉巻の匂いは独特なんだ……お前ら、どうせふたりで俺の悪口でも言ってたんだろ」
じわり、と目頭に涙の影が滲む。話が前後の繋がりをなくしているのもよくない兆候だ。どうするべきかも分からずに、ただそうする以外に何も思い付かなかったから、アメリカは慌てて名前を呼んだ。
「イギリス!」
「……んだよ」
鼻にかかった声も慌てさせるばかりである。これが昨日の夜アメリカにマウントポジションを取っていたのと同じ男だとも思えない。早くも万策尽きたとばかりに泣きだすまでのカウントダウンをはじめる前に、ふとスコットランドの台詞が脳裏を過ぎった。
『あいつにはそれが気持ちいいんだよ』
「えっと、イギリス、そういう特殊な性癖は治療可能なんだぞ!だから俺んちの精神科医でも紹介してあげるから、さっさと」
「……ばかぁっ!!!」
粉まみれの手で、横隔膜のあたりに情け容赦もなく拳を入れられる。おもわずキッチンの床に手をつきながらつんと逸らされた顔を見ながらアメリカはそれなら、と思った。それなら、イギリスにそんな悪癖をつけさせたのはいったい誰だったのか。