惚れた弱み
「壁山くん、この間借りていた漫画返しに来たよー」
壁山と栗松、ふたりの部屋の前で彼らに用件を伝えているのは、立向居勇気だった。
彼は前から読みたいと思っていた漫画を壁山から借りてもらい、読んだのはいいが返すのをすっかり忘れていたことに気づき、慌てて本を返そうと部屋に来たのだが……。
「あれ、返事がない」
首をかしげる立向居。次はドアをノックしてみるが、同じく返事はないままだった。
もしかしたら夢中になってゲームをプレイしているのか、あるいはテレビを見ていて自分の声が届かなかったのかもしれない。
そう考えたが、だがそれにしては物音ひとつ聞こえないのは妙だ。
(音が聞こえない?……あ、寝ているのかも。さっきの練習、ハードだったから)
ふたり揃ってベッドでぐーすかと寝転がっていたりして。そんな光景が頭に浮かんで、立向居は思わず吹きかけ――。
「どうしたんだ、立向居。壁山たちの部屋の前で、一人笑ったりして」
「うわっ、か、風丸さん!」
と、そこに突然横から話しかけられ、立向居は一瞬にして顔を真っ青にしながら飛びのく。
同じくイナズマジャパンのチームメイトであり、先輩でもある風丸。
そんな彼に一人でにやけているところを見られるなんて……。恥ずかしい光景を見られてしまった。
風丸は不思議そうに目をぱちくりとさせながら。
「よう。……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
少し傷ついたような顔をする風丸に、立向居も冷や水をかけられたようにはっとし、慌てて謝る。
「あ、す、すみません……」
「いや、突然声をかけた俺も悪いし、謝らなくていいさ。
で、話戻すけど、どうしたんだ?」
「え、えっと……壁山くんから借りていた漫画を、返しに来たんです。
でもふたりとも寝ているのか、返事がなくって……」
「寝てる? どれどれ……」
風丸はドアの前まで歩み寄ると、耳をドアに近づけ、目を瞑りながらじっと聞き耳を立てる。
「いや、違うな。壁山のいびきが聞こえない」
確信めいたことをつぶやきながら、ドアから身を離す。最初はなんのことか分からず、ぽかんとしていた立向居だが。
「へ、い、いびき? ……あっ!」
風丸の言葉に立向居ははっと思い出す。
そう、今度は部屋を割り当てられるようになったから、忘れかけていたが。
「そうだ、キャラバンで一緒に旅をしていたお前なら知っているだろう。
あいつのいびきはすっっごく、うるさい。
なのに全然聞こえないのはおかしいと思わないか」
「た、確かに……」
苦笑いを浮かべながら同意する。
実際彼のいびきに何度起こされ、睡眠を苛まされきたか。
もっとも壁山とて好きで仲間の睡眠を妨害しているわけではないから、仕方なく黙って耳栓するなりしてその場を凌いでいたのだが。
「ということは、部屋にいないんだな。ま、あいつらのことだから、どっかお菓子でも買いに行ったんじゃないか?
なら部屋に入ればいいじゃないか。漫画返しに来ただけだろ?」
「えっ、で、でも勝手に入るなんて」
「女の子の部屋に入るんじゃあるまいし……。
実際、マネージャーたちは勝手に俺たちの部屋に入って、掃除しているんだからさ」
「あ、そうですね」
以前、マネージャーの一人である音無が木暮に対し、何度も掃除してるのになんでいっつも部屋ちらかしているの、と怒鳴っていたのを思い出し、立向居は納得した顔で相槌を打つ。
(……あれ? ということは)
それってもしかして、俺たちの、俺の部屋、も。
マネージャーさんたちが……――音無、さんが。
俺の部屋に入って、掃除してくれてる、とそこまで思考がたどり着いた途端、かっと頬に熱が集中する。
(うわー、そうだったんだ……。恥ずかしい……)
女の子が自分の部屋に入ってくるだけでも恥ずかしいのに、それがましてや気になっていた女の子なら尚更。
いったい、彼女の目には自分の部屋がどう映っているのだろうか。
もし汚いと思われていたらどうしよう、あるいはつまらないと呆れられたら。ああ、気にな――。
「……立向居? どうしたんだ。顔真っ赤だぞ」
「はっ! い、いえ、なんでもありません!
――そ、そうですよね。本を返すだけですから、少しだけ部屋に入ってもいいですよね」
「だろ。だから後で壁山に会ったときに、漫画返しに来たけどいなかったから部屋に置いてきたよ、って言えばいいじゃないか」
「そうですね……。風丸さん、ありがとうございます!」
礼を言われるようなことじゃないさ、と風丸は照れたように笑い、
「じゃ俺、部屋に戻るから。また後でな」
「はい、また後で!」
去っていく風丸の背にもう一度頭を下げてから、立向居は再度ドアを見上げる。
「じゃ、失礼します……」
なぜか小声で断りを入れてから、がちゃりとドアノブを手にし、ゆっくりとドアを開く。
やはり風丸が想像した通り、壁山と栗松はいなかった。
後ろ手でドアを閉め、漫画をどこに置いていこうかと周りを見やる。
「うん、机の上にしよう」
適当な場所を見つけた立向居は、後は真っ直ぐ机の方へ歩み寄る。
「うわぁ、机散らかっているなぁ……。って、あれ?」
漫画を机の上に置くと、その隣にお菓子の袋やら漫画本やらでまみれている一冊の雑誌が目に入り――そして、絶句した。
「――! こ、ここここ、これって……っっ」
風丸に話しかけられたときよりもあからさまに狼狽しながら、立向居は信じられないものを見るように大きく目を見開く。
なぜならその雑誌の表紙には、立向居の見慣れない卑猥な文字列がでかでかと並べられており、セミヌードの女性が妖艶に微笑みながら大胆なポーズを取っているからだ。
この見るからにいかがわしい雑誌――間違いない、これは俗に言われる――「エロ本」だ。
「な、なんで壁山くんたち、こんな雑誌をこんなところまで……!!」
それも、机の上に堂々と。仕舞い忘れたのだろうか、だとしたら迂闊すぎる。
「まあ、壁山くんと栗松くんらしいけど……って、そうじゃないそうじゃない!
どうしよう、これ……」
ここは何事もなかったかのように……そう、万が一他の誰かの目に触れられないためにも、そして後で壁山たちにエロ本見たなと絡まれないためにも、とりあえず雑誌を人の目に触れないところにでも隠しておこう。
うん、そうしよう。思い立ったが吉日、早速雑誌を手に、適当なところに隠そうとした立向居だが――。
――コン、コン。
(え? ノ、ノック……? 一体、誰だろう)
言った傍からノックの音が聞こえ、立向居はごくりと固唾を飲む。
が、次に耳に入ってきた声は、彼の想像を絶したものだった。
「壁山くん、栗松くーん、いるー?」
元気ハツラツとした少女の声。名乗りはしなかったものの、立向居はすぐに確信した。
間違いない、聞き間違えるはずがない、この声は――。
(え、ええっ? この声って、お、おおお音無さ、ん……!!?)
なんで、ここに。それも、よりにもよってこのタイミングに。
思考が完全にショートし、どう対応したらいいのかわからずパニックに陥る立向居。
もちろん、返事が聞こえないからといってドア越しの彼女がここで引き下がるはずもなく――。
壁山と栗松、ふたりの部屋の前で彼らに用件を伝えているのは、立向居勇気だった。
彼は前から読みたいと思っていた漫画を壁山から借りてもらい、読んだのはいいが返すのをすっかり忘れていたことに気づき、慌てて本を返そうと部屋に来たのだが……。
「あれ、返事がない」
首をかしげる立向居。次はドアをノックしてみるが、同じく返事はないままだった。
もしかしたら夢中になってゲームをプレイしているのか、あるいはテレビを見ていて自分の声が届かなかったのかもしれない。
そう考えたが、だがそれにしては物音ひとつ聞こえないのは妙だ。
(音が聞こえない?……あ、寝ているのかも。さっきの練習、ハードだったから)
ふたり揃ってベッドでぐーすかと寝転がっていたりして。そんな光景が頭に浮かんで、立向居は思わず吹きかけ――。
「どうしたんだ、立向居。壁山たちの部屋の前で、一人笑ったりして」
「うわっ、か、風丸さん!」
と、そこに突然横から話しかけられ、立向居は一瞬にして顔を真っ青にしながら飛びのく。
同じくイナズマジャパンのチームメイトであり、先輩でもある風丸。
そんな彼に一人でにやけているところを見られるなんて……。恥ずかしい光景を見られてしまった。
風丸は不思議そうに目をぱちくりとさせながら。
「よう。……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
少し傷ついたような顔をする風丸に、立向居も冷や水をかけられたようにはっとし、慌てて謝る。
「あ、す、すみません……」
「いや、突然声をかけた俺も悪いし、謝らなくていいさ。
で、話戻すけど、どうしたんだ?」
「え、えっと……壁山くんから借りていた漫画を、返しに来たんです。
でもふたりとも寝ているのか、返事がなくって……」
「寝てる? どれどれ……」
風丸はドアの前まで歩み寄ると、耳をドアに近づけ、目を瞑りながらじっと聞き耳を立てる。
「いや、違うな。壁山のいびきが聞こえない」
確信めいたことをつぶやきながら、ドアから身を離す。最初はなんのことか分からず、ぽかんとしていた立向居だが。
「へ、い、いびき? ……あっ!」
風丸の言葉に立向居ははっと思い出す。
そう、今度は部屋を割り当てられるようになったから、忘れかけていたが。
「そうだ、キャラバンで一緒に旅をしていたお前なら知っているだろう。
あいつのいびきはすっっごく、うるさい。
なのに全然聞こえないのはおかしいと思わないか」
「た、確かに……」
苦笑いを浮かべながら同意する。
実際彼のいびきに何度起こされ、睡眠を苛まされきたか。
もっとも壁山とて好きで仲間の睡眠を妨害しているわけではないから、仕方なく黙って耳栓するなりしてその場を凌いでいたのだが。
「ということは、部屋にいないんだな。ま、あいつらのことだから、どっかお菓子でも買いに行ったんじゃないか?
なら部屋に入ればいいじゃないか。漫画返しに来ただけだろ?」
「えっ、で、でも勝手に入るなんて」
「女の子の部屋に入るんじゃあるまいし……。
実際、マネージャーたちは勝手に俺たちの部屋に入って、掃除しているんだからさ」
「あ、そうですね」
以前、マネージャーの一人である音無が木暮に対し、何度も掃除してるのになんでいっつも部屋ちらかしているの、と怒鳴っていたのを思い出し、立向居は納得した顔で相槌を打つ。
(……あれ? ということは)
それってもしかして、俺たちの、俺の部屋、も。
マネージャーさんたちが……――音無、さんが。
俺の部屋に入って、掃除してくれてる、とそこまで思考がたどり着いた途端、かっと頬に熱が集中する。
(うわー、そうだったんだ……。恥ずかしい……)
女の子が自分の部屋に入ってくるだけでも恥ずかしいのに、それがましてや気になっていた女の子なら尚更。
いったい、彼女の目には自分の部屋がどう映っているのだろうか。
もし汚いと思われていたらどうしよう、あるいはつまらないと呆れられたら。ああ、気にな――。
「……立向居? どうしたんだ。顔真っ赤だぞ」
「はっ! い、いえ、なんでもありません!
――そ、そうですよね。本を返すだけですから、少しだけ部屋に入ってもいいですよね」
「だろ。だから後で壁山に会ったときに、漫画返しに来たけどいなかったから部屋に置いてきたよ、って言えばいいじゃないか」
「そうですね……。風丸さん、ありがとうございます!」
礼を言われるようなことじゃないさ、と風丸は照れたように笑い、
「じゃ俺、部屋に戻るから。また後でな」
「はい、また後で!」
去っていく風丸の背にもう一度頭を下げてから、立向居は再度ドアを見上げる。
「じゃ、失礼します……」
なぜか小声で断りを入れてから、がちゃりとドアノブを手にし、ゆっくりとドアを開く。
やはり風丸が想像した通り、壁山と栗松はいなかった。
後ろ手でドアを閉め、漫画をどこに置いていこうかと周りを見やる。
「うん、机の上にしよう」
適当な場所を見つけた立向居は、後は真っ直ぐ机の方へ歩み寄る。
「うわぁ、机散らかっているなぁ……。って、あれ?」
漫画を机の上に置くと、その隣にお菓子の袋やら漫画本やらでまみれている一冊の雑誌が目に入り――そして、絶句した。
「――! こ、ここここ、これって……っっ」
風丸に話しかけられたときよりもあからさまに狼狽しながら、立向居は信じられないものを見るように大きく目を見開く。
なぜならその雑誌の表紙には、立向居の見慣れない卑猥な文字列がでかでかと並べられており、セミヌードの女性が妖艶に微笑みながら大胆なポーズを取っているからだ。
この見るからにいかがわしい雑誌――間違いない、これは俗に言われる――「エロ本」だ。
「な、なんで壁山くんたち、こんな雑誌をこんなところまで……!!」
それも、机の上に堂々と。仕舞い忘れたのだろうか、だとしたら迂闊すぎる。
「まあ、壁山くんと栗松くんらしいけど……って、そうじゃないそうじゃない!
どうしよう、これ……」
ここは何事もなかったかのように……そう、万が一他の誰かの目に触れられないためにも、そして後で壁山たちにエロ本見たなと絡まれないためにも、とりあえず雑誌を人の目に触れないところにでも隠しておこう。
うん、そうしよう。思い立ったが吉日、早速雑誌を手に、適当なところに隠そうとした立向居だが――。
――コン、コン。
(え? ノ、ノック……? 一体、誰だろう)
言った傍からノックの音が聞こえ、立向居はごくりと固唾を飲む。
が、次に耳に入ってきた声は、彼の想像を絶したものだった。
「壁山くん、栗松くーん、いるー?」
元気ハツラツとした少女の声。名乗りはしなかったものの、立向居はすぐに確信した。
間違いない、聞き間違えるはずがない、この声は――。
(え、ええっ? この声って、お、おおお音無さ、ん……!!?)
なんで、ここに。それも、よりにもよってこのタイミングに。
思考が完全にショートし、どう対応したらいいのかわからずパニックに陥る立向居。
もちろん、返事が聞こえないからといってドア越しの彼女がここで引き下がるはずもなく――。