惚れた弱み
その点に関しては言い訳の仕様もない。
犯人を隠匿していた――という喩えは些か行き過ぎだが、実際それに近い行為をしていたのだから。
石のように固まってしまった立向居を見やり、音無は苦笑しながら、そんな怖がらなくていいから、と両手をひらひらと振る。
「友達思いなのはいいことだけど……そういうのは、遠慮なく言っちゃっていいと思うな。
きつーくお灸を据えるとは言ったけど、何も試合に出れないほどボッコボコにするわけじゃないし、壁山くんたちだって、文句は言うだろうけど、それで立向居くんのこと嫌うほどヤワな性格してないし。
大体、こんなエロ本を他人の目に触れるようなところに置く壁山くんたちが悪いのよ。私にしてみれば手間が省けたからいいけど……まったく、無用心なんだから」
――何もかも、彼女の言うとおりだった。冷静に考えてみればわかることなのに。本当のことを言ったところで、それだけで今まで培ってきた友情が一瞬で崩壊してしまうような、取り返しのつかない事態になるわけじゃないことなんて。
……結局のところ、彼らを信じるのが怖かったのだ、と思う。
そのせいで一人で勝手に抱え込んで。悩んで。バカみたいだ。
(ごめん、壁山くん、栗松くん)
そして。
「音無さん……ごめん」
「分かってくれればいいよ。ま、お互いこれでチャラっことでいいじゃない」
最後に、ウインクしながら話をいいようにまとめる音無を見て、立向居は心の底から思った。
つくづく彼女には、敵いそうもない、と。
「……うん」
「さてと、それじゃそろそろ掃除を始めるとしますか」
雑誌を机の上に置くと、音無は気合を入れるように顔をパンパンと叩きながら、部屋を見回す。
その様子を見やり、そういえば、と立向居も思い出す。彼女は元々掃除をしに彼らの部屋に来たのだ。
音無に習うように、立向居も部屋をぐるりと見回す。
お世辞にも部屋は綺麗に片付いているとは言えない、寧ろどうしたらここまで酷い状態になるのかと逆に感心してしまうほど、乱雑に散らかっている。
初めて彼らの部屋に来たときは、その無法地帯っぷりに驚いたっけ。
床に落ちている空っぽになったスナック菓子の袋を拾い上げながら、立向居はふと疑問に思った。
「ねえ、これ音無さん一人で掃除するの?」
彼女が部屋に来たときはアダルト雑誌のことで頭がいっぱいいっぱいで、そちらまで思考が回らなかった。
これほど散らかっている部屋を、音無一人が掃除するのか、と。
イナズマジャパンのマネージャーは彼女一人じゃない。他にも木野秋や、久遠冬花の二人がいる。
思慮深く気も利く彼女らが、後輩の音無一人に掃除を任せるとは思えない。
音無は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに向き直り、困ったように笑いながら肩をすくめた。
「そうなのよねぇ……。
いつもは木野センパイたちと掃除するんだけど、木野センパイも冬花さんも別の仕事で忙しくって、思わず一人でやります!って啖呵を切っちゃったの。もちろん止められたんだけど、先輩に無理はさせたくないじゃない。
それに、壁山くんと栗松くんに手伝ってもらえればいいかなーって思ってたから。まぁ、現実はそんなに甘くないってことで、実際はこの有様なんだけど……。まったく、肝心な時はいないんだから。
……あ、でも、大丈夫だよ! これでもマネージャー歴長いし、このくらいの掃除ちゃちゃっと終わらせてやるんだから!」
だがあくまで自分に気を遣わせまいと、気丈に振舞っている彼女が、いとおしい。
――そんな態度を取られると、余計に放っておけなくなるのだが。
「――音無さん、手伝おうか。掃除」
お菓子の袋を近くにあったゴミ箱へと放り投げると、立向居は彼らの代わりに、掃除の手伝いを申し出た。
お節介を億尾も出さない、柔和な態度に音無はしばし呆然とぱちぱちと目を瞬かせると――、目に見えるほどの戸惑いを見せた。
「え……? や、やだ立向居くん、何言ってるの。いいよ、練習で疲れているのに……。
私、別に催促とか無理とかしてないから!」
「大丈夫だよ。それに音無さんだってマネージャーの仕事で疲労が溜まっているんでしょ。
女の子一人にこんな重労働を任せておけないよ」
「でも、私、立向居くんに散々……」
つい先程まで反省している態度など微々とも見せなかったのに、ここに来て申し訳なさそうに身を縮こませている彼女が、可笑しかった。
「それはお互いチャラだって、音無さんが言ったじゃないか」
「……どうして、そこまで?」
――本当に、なんでだろう。怪訝そうに上目遣いで問う彼女の目を見つめながら、立向居もまた自身の心に問う。
せっかく二人きりになれたというのに、始終彼女の突拍子のない言動に振り回されてばっかりで。心身共に疲れ切ったというのに。
それでも、今はまだ二人きりになれると思うと、どうしようもなく嬉しく感じてしまう矛盾した自分がいて。
……いや、今更理由なんて、考える必要もないか。
(だって、答えなんて一つだけじゃないか)
「音無さん」
「なに?」
「音無さんって、人のことには鋭いのに、自分のことになると意外と鈍いんだね」
「……どういう意味?」
話が横道に逸れたと思ってぷっくりと頬を膨らませる彼女に、立向居はくちびるに人差し指を立てながら、悪戯っぽく笑った。
「――秘密」