Holiday
「何だ……?」
「シズちゃん、待ち合わせは1時に公園の噴水前だったはずだよね? この俺を待たせておいて自分は呑気にお喋りなんて、いい度胸してるね」
地面に刺さったナイフから声が聞こえた方へとセルティがヘルメットを上げると―――そこにはつい先程まで話題に上っていた折原臨也の姿があった。
ベンチから少し離れた場所に腕組みをして立つ彼は、トレードマークのファーの付いた黒いコートは着ておらず、白っぽい長袖のシャツに細身のジーンズといった格好だった。
そしてその表情は、誰が見ても分かるほどに不機嫌そのものだった。
「臨也、手前……! もしセルティに当たって怪我でもしたらどうすんだ!」
「……俺がナイフの狙いを外すわけないでしょ。ていうかシズちゃんって、人との約束も覚えてられないほどのポンコツ頭だったわけ? 幼稚園か保育園からもう一回人生やり直せば?」
そう言うなり、臨也はナイフをもう一本飛ばしてくる。二本目のナイフは並んで座るセルティと静雄の間をギリギリすり抜け、ベンチの背板に鋭く突き刺さった。
セルティは静雄が怒りでワナワナと震えているのを確認し、こうなると止めても無駄だろうと潔く諦めることにした。
「黙れうぜぇ……! 大体、この間の仲直りがしたいって電話してきたのは手前の方だろ! よし、やっぱりプリンの恨みは晴らす、今日こそ一思いに殺す!」
静雄はそう叫ぶと同時にベンチから立ち上がり、臨也を一目散に追いかけて行ってしまう。もっとも臨也の方もさすがに慣れたもので、静雄が立ち上がったときには既に背中を向けて逃げ始めていた。
人騒がせな池袋最凶カップルが公園から走り出していくのをセルティは一人静かに見送る。
―――何だ、臨也とデートの約束だったのか。
あれだけ臨也の文句を言っておいて、と軽く拍子抜けしつつ、セルティはそう理解した。静雄と臨也があまり見慣れない服装をしていたのも頷ける。犬猿の仲として未だに有名な二人だ、池袋の街でゆっくり休日を楽しむにはバーテン服と黒コートのままではいろいろと都合も悪いだろう。
―――『お忍びのデート』ってとこかな。まぁ、今頃はただの乱闘騒ぎになってるだろうけど……でも、臨也の奴にも十分可愛げがあるじゃないか。静雄は妙なところで鈍感だからなぁ……。
ポーカーフェイスがお得意のはずの臨也が感情を丸出しにして喋っていたことに、セルティは心の中でこっそりと微笑む。
彼女のPDAに内蔵されている時計は今、「12:55」を示していた。
臨也が怒っていたのは静雄が待ち合わせに遅れたからではない。仲直りしようと臨也の方から誘ったせっかくのデートの前に、静雄が他人と楽しげに笑い合っていたことにやきもちを焼いたのだ。今日のセルティの格好もその一因になったのかもしれない。一本目のナイフを投げたときに、静雄が真っ先にセルティの心配をしたことも。
―――死ぬほど愛してる、じゃなくて、殺したいほど愛してる、か。
それも有りなのかな、と愉快に思いながらベンチで足をぶらつかせるセルティの頭上に、突然大声が降りかかってきた。
「待たせてごめんねセルティ! 急患の手術の方はなんとか無理矢理終わらせ……あ、いや、全て順調、ノープロブレムです。さぁ、早く行こう! ヘルメット着用OKの店はチェックしてるからね! ああ、それにしてもセルティ、なんて素敵で魅惑的な格好なんだろう、この暑苦しい公園がまるで王宮のパーティー会場、いやそれとも、」
『少し落ち着け』
珍しくトレードマークの白衣を脱いだ闇医者の手を取り、首無しライダーはお忍びのデートへと出かける。