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熱帯夜のサドンデス

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気温は37度。もはや体温。
 洪水だ浸水だと世間を騒がせていた傍迷惑な梅雨も明けて、季節は夏。しかもいきなり真っ盛り。待ってましたとばかりにジリジリと、もはやジュージューと? 焼きつけるような太陽は、何も遮る物のない、田んぼ中に伸びたコンクリートの道路をどんどんと熱し続けていた。

 はあ、最悪だ。

 額から顎へと伝う汗を捲し上げたワイシャツで拭いながら、沢田綱吉は大きく息を吐いた。
 目の前にはボンゴレではなく、綱吉個人の所有する青の愛車がある。ボンゴレ所有の車はどれも、荘厳な雰囲気漂う黒塗りの高級車。こんな車は運転できない、大衆車がいい! と必死に抵抗した綱吉に、彼の家庭教師がやれやれと呆れながら見繕ってくれた車であった。
 日本のメーカーが販売している物ではあるが、残念ながら日本車ではない。それでもボンゴレの車や、守護者の一部が乗り回している、ゼロの数を数えるのすら嫌になる高級車に比べれば、随分と大衆向けの車である。最初こそ分不相応だ、ぶつけたらどうしようとビクビクしていた綱吉も、今では乗り心地抜群の相棒となっていた。
 その相棒の車を目の前に、綱吉はがっくりと頭を垂れる。

 もう、ホントどうしよう。

 綱吉の愛車は、今は田んぼ中の一本道、端に寄せられた状態で沈黙している。その車体は見てわかる程に大きく左に傾いており、左の後輪のタイヤはへにゃりと情けなく潰れていた。
 綱吉はもう一度そっと、先程見た物は悪夢か見間違いであると祈る様に左を覗いたが、相変わらずそのタイヤは潰れたまま。まるでこの暑さにへたれてしまったかのようになっている。
 うーと唸って、携帯を開いてみたが、今いる場所は見渡す限り延々と田んぼしかない様な場所だ。普段なら三本の電波が誇らしげに映っている液晶には、残酷にも圏外の二文字が表示されていた。

 どうしよう、緊急信号使っちゃおうかな。

 綱吉は左腕に付けた、文字盤にボンゴレの紋章のあしらわれた細身の時計を見る。一見華奢な何でも無い時計だが、この時計には龍頭が二つ付いている。一つは一般的な時計と同じように、時間をあわせる為の物。もう一つは緊急信号になっていて、これを引くと地球のどこにいてもボンゴレの本部に連絡することが出来る。小さくてもボンゴレの力を結集させた凄い物だったりする。

 皆には内緒で出て来ちゃったし、使いたくないなあ……。
 でも一人じゃどうする事もできないし、ヒッチハイクするにも車通らないし。

 そもそもボンゴレのボスがヒッチハイクでもしようものなら、それだけで家庭教師様直々に額に風穴を開けて頂けるであろう事すら忘れて、綱吉は頭を抱えた。
 自分のいない本部の様子を想像する。
 山本は何時も通りに構えて、そのうち帰ってくるさと前向きだろう。ランボはおどおどして、笹川は相変わらず極限! などと叫んでいるだろう。リボーンはダメツナがと愚痴りながら、相棒を磨いているかもしれない。獄寺は……。

 ご、獄寺君どうしよう!!
 やばい、絶対騒いでる。一人で嵐と化してるよ、さすが嵐の守護者……じゃなくて!
 いろんな人に電話とかしちゃってるかもしれない。ディーノさんとかクロームとか? ひ、雲雀さんとか!?

 其処まで思い出して、綱吉は顔から血の気が引くのを感じながら蹲った。
 中学時代から怖い先輩だった雲雀恭弥は、お互いボンゴレと風紀財団のトップとして付きあうようになってからは、案外にいい関係を築けていた。雑談をして笑いあったりがある訳ではないが――むしろ、笑いあえるような雲雀恭弥の方が問題だ――顔を合わせれば殴られる、なんて事は無くなり、仕事の話をしながらではあるが、二人で酒を飲み交わすくらいの関係ではあった。
 ……関係ではあったのだ、つい先日までは。
 その関係をぶち壊して、顔を合わせれば咬み殺される、寧ろ本当に殺されてもおかしくない程に悪化させたのは綱吉である。

 たらふく酒を飲んでいたからといっても、最低限していい事といけない事があるだろう。それすらも制御効かないなんて如何しちゃったの俺!!

 思い出しただけで、ただでさえ熱に焼かれた身体がますます熱くなって来る。心臓はドキドキと鼓動を早めて、もはや本人にさえ理解不能。頭を打ち付けて悩み苦しみたくなるが、目の前にある愛車は太陽の熱を存分に吸っていて、頭を打ち付けるには不向き。それ以前に高級車を自ら傷つけるなんて、何時までも庶民感覚の綱吉には無理な事であった。

 あー、もう!!

 仕方がないから頭を打ち付ける事は諦めて、両手で髪を掻き毟る。汗をかいてしっとりしてしまった頭に空気が通って、案外に気持ちがいい。

「もー! あああああああってイッテ!!」

 わしわしと勢いに任せて頭を掻きむしっていたら、腕時計に絡まって毛が数本抜けてしまった。
 どれだけ身体を鍛えても、銃弾貫通させたりナイフで切られたりのとんでもない痛みをたくさん味わって来ても、髪の毛抜けたくらいでこんなに痛いのはどうしてだろう。
 ベルトの隙間や龍頭に絡まった毛を捨てながら、綱吉は眉間に皺を寄せる。
 そしてそのまま時計をじっと眺めて、元々悩んでいた事を思い出した。

 どうしよう、押しちゃおうかな。

 押せばボンゴレに緊急回線が繋がる。こんなちっこい物の中のどこにそんな機能があるんだか、マイクとスピーカーの役割までする。綱吉が迎えに来てと言えば、獄寺辺りはきっと喜んで来るだろう。だがこの方法だとボンゴレ上層部全員に知れてしまう。守護者にからかわれるのはいいとして、骸は腹立たしいだろうが、千歩譲ってそれでもいいとして、リボーンにまで伝わってしまうのが大問題であった。

 絶対に殺されるよな。

「ボスが勝手に出掛けていいと思ってんのか? それともなんだ、逃走したいお年頃? だったら永久に逃げさせてやるぞあの世にな」
 ぐりぐりと額に拳銃を突きつけながら、それはそれは美しい笑顔を見せてくれるであろう家庭教師の笑顔は簡単に思い浮かぶ。想像しただけで、この猛暑の中に背筋が寒くなって綱吉は震えあがった。

 どうしよう、殺される! ボンゴレ解体は俺の夢だけどこんな形でボンゴレ終わっちゃうのは嫌! 俺の人生の終わりとイコールなのは嫌だ!!
作品名:熱帯夜のサドンデス 作家名:桃沢りく