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松の隣

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島を召抱えたい。
その気持ちだけで妓楼へと赴けば、見世の前で主人がニタリと笑んだ。
「刀がある、ということはお侍様とお見受けしますが、御用はどちらで?」
「・・・どちら、とは?」
怪訝に問えば、男は辺りをこれ見よがしに見回す。
「いや、お供の方もいらっしゃらないようですからね。これはお愉しみにいらしたのかと。」
「愉しみに来たわけではない、が、もう一方の方とも限るまい。」
するとわざとらしげにホ!と声を上げる。
「ではでは、お刀をお預かりいたします。用向きがなんであれ昨今は物騒でしてな。乱暴な方も多くございまして。いえいえ、お侍様、其方様が乱暴するとは思いませぬが、お一人でも例しを作れば大抵、乱暴な方ほど無理を押し通そうとなるものでして。」
「ふん、道理だ。どうせ俺とて乱暴なタチかも知れぬと踏んでいて、よく回る舌よ。」
皮肉に言えば、流石にぎょっとする。
「良い。預けよう。例外は無いのであれば、そうそう命も危うくなるまい。だが扇は放さんぞ。貴様がその刀の中身をごっそり抜こうが構わんが、これは主より賜ったものだからな。摩り替えられでもしたら腹を召さねばならぬ。」
「・・・ええまあ、刀でなければ構いませぬ。」
「そうか。では、上がらせてもらう。」
手渡せば、妙な客だと顔に表している。
「それで、島は此処だと聞いている。部屋の案内を頼もうか。」
草履を脱いで、算盤を弾いていた婆から手拭いを受け取り足を拭きながら問えば、主人はもう一度ホォ!と驚異を表した。
「お侍様はお怒りになりにいらした方でしたか!」

なんだそれは?

「あのね、意地悪を言われると思います。けど、皆様にですからあまり気を荒らさないでくださいましね?」
小さな童女が赤い帯を揺らしながら、部屋まで先導する。
階段を上るたびに小さな掛け声をかけるので、微笑ましいが反面あぶなかしい。
帯の重さで後ろから転げ落ちそうに見える。
「意地悪とは、そんなに酷いのか?」
こくりと童女は頷く。
「わたしらにはお優しいんですけど、お訪ねになるお客さまは、みぃんな怒って帰りよります。」
「何を言っているのか、知っているか?」
「あんまりは・・・。ただ、お呼ばれをお断りになるんです。見世の御足を払ってくださった方でも、みいんな。」
どうやら士官を薦めてきたものに妓楼の代金さえ払わせて、それでも士官はしないとあしらっているらしい。
「どうしてか、聞いたか?」
「待っているのかもしれない、と笑っていらっしゃいました。」
「待っている?」
「はい。お迎えを待っているのかもしれない、と。それで、かぐやひめさまみたいに、待ち人以外には無理なお願い事をされているんだそうです。」
三成は目を丸くした。山崎で邂逅した姿を思い出す。どの図体、どの面でなよたけのかぐやひめだと?
「待ち人については、何か言っていたか?」
「お名前を、まつみ様とか、まつな様と。」
「・・・女子ではないか・・・。」
「いいえ、お話しぶりでは男の方のようです。」
「では待つ身、待つな、と言う事か?」
「・・・来るとも来ないとも分からないと仰っていたので、そういう意味かも知れません。でも・・・」
「・・・どうした?」
「・・・お姐さんがたといても、時々、淋しそうで。本当に、お待ちになっているんだと思います・・・。」
「・・・そうか。」
しおらしくポツリと呟く童女が本当に心配そうで、ちいさな心を痛める姿がいとけなく、三成はそっと頭を撫でてやった。
すると童女は、どこかぼんやりと顔を上げて三成を見上げた。
「・・・おさぶらいさまも、お呼ばれをしにいらしたんですか?」
そうだ、と苦笑する。
「お名前を、伺ってもよいでしょうか?」
「・・・生憎、まつみでもまつなでもないぞ?」
とう、と童女は息を吐く。
「・・・残念です。おんなじなのに。」
「同じとは?」
「頭を撫でてくれたのは、親とお姐さん方とご主人以外では、しまさまとおさぶらいさまだけです。だから、おんなじだから、きっと、って。」
「・・・それは、俺も残念だ。」
それでも、という思いがあり童女の後へ着いて行く。
そもそも秀吉様が断られている。
自分の元へ呼び寄せられる道理が無いことなど存分にわかっている。
だが、それでも、と。
会っておきたかった。
もしや話をしてみたかっただけかもしれない。
どんな男なのかを、もう少しだけ知りたい、と。


「二万石出そう。」
また士官のお誘いですかね、と顔も上げずに盃で口を濡らし、揶揄する男に一言告げた。
島左近がそれは数多の士官の誘いを断っているのは、女童に聞かずとも知っていた。
すでに飽き飽きしているだろう。
ならば御託は不要だ。まだるっこしいのは三成とて好まない。
断られるのは百も承知であれば、体裁などどうでもいい。
だから必要な言葉だけを簡潔に告げた。
ふ、とその声にか内容にか、男が顔を上げた。
どこか驚いたような、眼の色をしている。
「二万石といや、あんたの禄の半分だ。家臣と同禄になるぜ、三成さん。」
聞いたこともねえや、そんな話。
名乗る前から呼ばれたことに拍子抜けする。
なるほど、人を待っているというのは本当だろう。
秀吉様から四万石を下賜されたのはつい先日のことである。
にも拘らず、声で三成と聞き分け、二万石を出すという意味にどれほどの重みがあるかを瞬時に悟ったその頭。
待ち人さえ来るならば、いつ何なりと戦場に立つという備えは十分にしてあるのだと推して知れた。
そうしてそれは、間違いなく武人なのだ。
ただ、望まれないなら邪魔だろう、とでも言うのか待っているだけだ。
その在り様は簡素にして誠実に三成には見えた。
「同禄だからどうした。俺は家臣が欲しいのではない。同志が欲しいのだ。お前の心根が気に入った。傍にと思う。それに見合う値など、二万石では足りぬだろうが、今の俺にはここまでしか出せぬ。それだけだ。」
「二万石で、足りんならどれだけありゃ足りると思うんで?」
ふい、と目線を逸らして男は尋ねる。だが意識はこちらに向いている。面白がられているのがわかった。
「知らぬわ。何万石積もうと、志は値になるまい。そこな妓女とて知っておろう。一晩幾らで身体を差し出そうと、間夫に心は捧げたまま、というのが遊女の倣いよな。それと同じだろう。俺とて百万石を積まれたとて秀吉様の下は離れん。そういうことだ。」
「はっ!綺麗な顔して言うじゃないですか。ついでに妓楼の理をご存知とは意外で面白いですね。」
「秀吉様のお供をよくしたのでな、自然と耳にしただけだ。」
からかう声音がどこか優しい。だからだろう。愚弄されているとは感じない。
軽口が心地いいというのは初めてだった。
同輩のように剥きにならずに済むのは、随分と年嵩の故だろうか?
すれば、随分と面白い経験をしたと思う。
これだけで、この男に再び見えた甲斐はあったもの。
そう思うと自然に笑みが零れた。
「では邪魔をしたな。さらばだ。」
くるりと踵を返せば、廊下では童女が驚いている。
あまりに早い退室だからだろう。
だが、答えなど聞かずとも良いのだ。
初めから結果は見えている。
この男がどんな男かを知りたくて、また声をかけたくて、士官を言い訳に来たようなものだ。
作品名:松の隣 作家名:八十草子