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それはまるで愛のようで呪詛のように

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そして別に行動を起こしたら起こしたでそれでも良かったのだ。だいたい舌なんて切り落としたら喋れないどことではない。死ぬ。相討ちなんてほとほとごめんだが殺人というれっきとした罪歴を持たせられるのは魅力的だ。
しかも自分の命を彼に刻み付けられるなんて、それこそ嗤うしかない。
それにもし命はあったとしても。喋れなくなったとしても生きていくのに支障はない。確かに喋ることに関しては息をするのと同じくらいに忙しない彼ではあったが、言語通達の方法などもとよりいくらでもある。


「…あーあ、シズちゃん。せっかくのチャンスだった」


にやにやと留まらぬ人を見下すような微笑みを頬に張りつけながら臨也は静雄に揶揄を投げようとした。が。


「のに、」


告げる途中、顎にあった手の力が痛い程に増した。
臨也は失念していた。彼の失敗はそれこそ静雄という男に限っては幾らかあるにはあったが、これは最大の失敗だと後になってから今の自分を八つ裂きにしたいぐらいの後悔に苛まれることになる。
自分の言葉通りにいかず、彼は自分の予想を超えて行動を起こすのだと。


「黙れ」


その言葉に思わず臨也は息を止める。彼を見上げる。月光が逆光になって、幾分背の高い彼の表情は読取れなかった。
低く、低く。絞りだすように張り出されたその囁くような声音は今までも聞いたことがないわけではなかった。
それは怒りの塊だった。腕を振り上げて、足で蹴り上げて発散されるいつものその感情がその一言に集約された、その。
腹の底から込みあがってくるような、振動。


「死ね、クソ蟲が」


そして、――噛み付かれた。


「ッ!?」


文字通り、噛み付く、だ。
顎を掴まれて否応なく開かれた口を覆うように塞がれ、潜む舌にぬるりと自分のものではない体温と唾液が触れる。
臨也は目を剥いて静雄の掴む手を両手で振りほどこうと手を伸ばす。だがそこはさすがに怪力の彼だけはあるのか毛程も揺らぎなくビクともしない。


ガリっ


「!」


嫌な音がしたと思ったと同時、脳髄まで響くような痛みが起こって臨也の静雄を掴む手が強張る。
おとなしくなった臨也に、ようやっとそこで静雄は口を離した。
ツ、と唾液と。それだけでない液体を伴い、二人の間に橋が掲げられるとすぐにそれはぷつりと風に晒され崩れていく。
互いの唇にてらてらと光る、鮮明な赤。静雄は己の口についたそれをペロリと舐めると横を向いて「きたねぇ」と地面に吐き捨てていた。
逆に臨也は離れた口元を抑えるように手をあてて、眉間に普段作らぬ皺を寄せた顰め面で静雄を睨みつけている。


「は。どうしたお得意のおしゃべりはよ」
「……さいあく」
「奇遇だなぁ。俺もすんげぇぇぇええ最悪な気分でうっかりおまえの目ん玉もぶっ潰してぇところだよ」
「…シズちゃん、今俺に何したかわかってんの?」


ガスンっという轟音で臨也の言葉尻が掻き消される。背にした塀を向かいにいた静雄が臨也越しに殴った音だ。殴ったというよりは塀を壊したというべきか。
それは舌を噛み裂いたというのにまだ喋るのかという無言の怒りと、その口にしようとした事象を相手の口から再確認することが心底嫌だったからだ。
同じ場所に立っているため今度は上背のある静雄が臨也を見下すように見下ろしてくる。これ以上ない近くで、またも触れそうになる程の距離で。
ただ違うのは彼らがしているのは睦み合いではなく、殺し合いという血生臭い行為だということだった。


「さぁ、いざやくんよぉ? 冥土の土産に俺の唇やったんだ。あとはさっさとくたばるしかねぇよなぁあ!」
「ハハ、シズちゃん。土産モノってたいがい貰ってもいらないものばっかりだってよく言うよねぇ」


一歩も退かずに。それこそ言葉だけでなく視線に力があったならそれだけできっとどちらも死んでいるだろう。
それ程の感情を伴って相手を思うなど、きっとこの世には他にいないだろうとは互いに気づきもせずに。






























〈それはまるで愛のようで呪詛のように〉