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嵐の放課後に

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#1


 放課後になると、俺はそのまま部室棟へと足を向けた。今日は本来なら部活の無い日だったが、文化祭直前ということもあって、休み明けからは連日活動している──季節外れの台風がやってきた、昨日を除いては。
 
 廊下の窓から覗く空は雲一つ無い晴天で、うっすらとオレンジに侵食され始めていた。
 まさに台風一過。夕方に上陸するからと慌ただしく帰途についた昨日とは大違いの、平和な午後だ。
 
 部室には既に日野がいて、ひとり作業をはじめていた。いつものことながら早いなと感心しつつ後ろ手にドアを閉めると、気付いた日野が顔を上げる。
 
「お、今日は早いんだな。いつもは重役出勤だってのに、どうしたんだ?」
 
 こいつの言葉は、いちいち嫌味ったらしい。時々本気で腹が立つことがあるが、三年の付き合いでさすがに慣れたのか、最近はあまり気にならない。大体、俺が部活に遅刻してばかりなのは事実だ。
 
「俺だって、好きで遅れているわけじゃない。委員会とか担任の用事とか……色々あるんだよ」
 
 そんなことは、日野だって承知している。要するにこれは挨拶がわり。いつものやり取りだ。
 
「引退前とはいえ、部活の優先順位が低すぎるんじゃないか。俺が部長だと勘違いしている奴もいるんだぞ」
 
 何だ、日野の奴、今日はやけにつっかかるな。機嫌が悪いのか?それとも、俺が何かしたんだろうか。
 
「そりゃ、実質お前が部長みたいなもんだからな。陰で色々言われているのは知ってるよ。でも、わかってくれている奴もいる。俺が中々まともに部に顔を出さないのは、委員会や塾で多忙だからだってな」
 
 そう言い返すと、日野は作業の手を止めて俺をじっと見つめてきた。
 
「な、何だよ?」
 
 いつもにやにや笑っているような奴がたまに真顔になると調子が狂う。
 不覚にも動揺した俺は目を逸らして椅子に腰掛けた。鞄から書きかけの原稿を取り出し、日野が机に広げていた資料を確認しながら手をつけ始める。
 
 今回の文化祭用の記事は二年生が主体となって作っている。だから俺が担当しているのは御厨が取材した特集のごく一部のまとめだけだ。いつまでも卒業していく俺達がはばをきかせていては、後進が成長しない。
 日野だって、最近は後輩の取材に付き添って、原稿の可否を判断するだけだ。編集長気取りも甚だしいが、適切なアドバイスを与えているようだから俺も特に文句は無い。後輩達には多少煙たがられているかもしれないけどな。
 
 そういえば、一年の坂上はそんな日野によく懐いている。日野の偉そうな講釈を有り難そうに拝聴しては、感心したように頷いて日野に尊敬の眼差しを向けるのだ。
 どう考えてもパシッているとしか思えない言い付けにも素直に従い、それどころか自分から役に立ちたいなどと言い出す始末だ。
 ありゃ、日野の犬だな。日野の方もまんざらでもなさそうにそんな坂上を可愛がっている。時折坂上の頭をわしわしと撫でる様は、俺から見れば完全に飼い主とペットだ。
 
「あ、お疲れ様です。おふたりとも、今日は早いですね」
「ああ、お疲れ。お前も十分早いじゃないか。感心感心」
 
 噂をすれば(と言っても、俺の頭の中でだけだが)その坂上がやってきた。こいつも大概部活熱心だよな。日野によれば入部以来無遅刻無欠席で、部活の無い日にもしばしば顔を見せるらしい。それがわかるだけ、日野は毎日のように部活に出ているわけだ。
 
「……よぉ、坂上」
 
 日野が挨拶を返すまで、妙な間があった。坂上の方も、日野と目が合った途端、気まずそうに俯く。
 ──なんか変だな、こいつら。喧嘩でもしたのか?
 しかし坂上が落ち込んでいるだけならともかく、日野まで様子がおかしいというのも滅多にないことだ。いや、俺の記憶では皆無だな。
 そもそも日野は周囲に内心をさとらせる奴じゃない。映画の中の登場人物さえ唸らせるような完璧なポーカーフェイス。誰に日野のことを聞いても二言目には「あいつは何を考えているかわからない」と口にする。それでいて教師の評判はすこぶるいい。
 その要領のよさだけは、羨ましいと思っている。
 
 とにかくそんな日野が感情の揺れを表に出すなんて、よっぽどの事があったに違いない。
 思わず興味本位の視線を日野に注いでしまう。それに気付いた日野は乾いた笑みを俺に返すと、おもむろに立ち上がった。

 
「坂上、俺達は少し取材に出る」
「え?」
 
 その言葉に驚いたのは俺の方だ。日野は「いいから黙ってろ」と目で語り、俺の肩をぽんと叩いて先に部室を出て行った。
 呆気にとられている坂上と少し目を合わせてから、俺は慌てて奴の後を追った。
 
「おい、待てよ日野。一体なんなんだ」
 
 ずんずん先を行く日野にようやく追い着いて尋ねれば、日野は前を向いたまま素っ気なく答えた。
 
「気になるんだろ?」
「あ、ああ……お前ら、何があったんだ?」
「そう慌てるな。ゆっくり話してやるよ。少し長くなるけどな」
「いいのか?」
 
 こいつが自分のプライベートを明かすなんて、とんだ異常事態だ。俺は、正直に言えば、怖じ気づいた。
 聞きたいような、聞きたくないような。しかし好奇心が勝ってしまうのは、新聞部員の悲しい性だ。
 
「別に積極的に話したいわけじゃないさ。口実だよ。あれ以上坂上と同じ空間にいられなかった」
 
 日野がここまで本音をさらけ出すなんて、相当弱っているのだろうか。それとも、少しは気を許されている証なのか。
 いずれにせよ、俺は腹を決めた。
 こいつのはじめての愚痴だ。あるいは相談かもしれないが、聞いてやろうじゃないか。
 
「わかった。それでお前が楽になれるなら、話してみろよ」
 
 我ながらドラマのワンシーンのようなセリフだ。日野は頷いた。
 
 導かれた先は三年F組の教室。日野のクラスだ。
 日野は窓際の自分の席に腰を下ろすと、俺にも前の席に座るように勧める。
 
 そして、窓の外に視線を遣りながら語り始めた──長い長い、……惚気話を。
作品名:嵐の放課後に 作家名:_ 消