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花言葉は復讐+続編-手繰る糸、繋ぐ先

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#1


 まだ夕方とも言えない時刻だったが、朝から続く曇天の為か山道は仄暗い。時計を持っていなければ、既に夜なのかと勘違いしそうな程だ。道路沿いに欝蒼と繁る木々の連なりが、そのどんよりとした雰囲気を一層色濃く演出している。
 
 緩いカーブに差し掛かり、ハンドルを右に切ってから、俺はちらりと助手席を見遣った。
 
 一日中取材で動き回っていて疲れたのか、坂上は穏やかな寝息を立てている。来年には二十歳になるというのにその寝顔はまるで赤子のようにあどけなく、起こすのは気が引けた。
 
 ──もう少し寝かしておいてやろう。
 
 俺は苦笑して前方に視線を戻し、単調な景色が続く一本道を行きながら、今日の取材を振り返った。
 
 俺と坂上は北聖大学に通う先輩後輩の間柄で、同じ新聞サークルに所属している。
 中学や高校の部活動とは違い、サークルで扱うニュースは学内での事柄ばかりではない。大学周辺地域の情報はもちろん、時には他県に足を運んで取材することもある。 
 今回は休日を利用して、県境に位置する山村にやってきた。
 その辺りでは今年の夏の終わり頃から、人間の胴体に緑色のアンモナイトを乗せたような奇怪な生き物が出没している──という情報を聞き付けたからだ。
 
 本来ならサークルの代表者である朝比奈や二年生の御厨も取材に参加する筈だったが、直前になって二人とも都合が悪くなった為、坂上とふたりきりで出向く事になった。
 今年入って来た一年生の中では誰よりも熱心にサークル活動に励んでいる坂上とは、毎日のように活動場所で顔を合わせている。見たところやや不器用で少々とろいが、根は真面目で几帳面だ。俺を記者としての目標にしているらしく、今日のように取材に付き添っては、俺の取材姿勢を真剣に観察し、時に質問を投げ掛けてくる。
 そこまで慕われて悪い気のする奴はいないだろう。俺も坂上を育ててやろうとついつい指導に熱が入る。
 自覚はないが、俺はどうも朝比奈に「お前は坂上に甘すぎる!」と呆れられるほど坂上を甘やかしているらしい──。
 
 閑話休題。残念ながら今回は噂の生物に遭遇できなかったが、村人達から聞いた目撃談をまとめれば、何とか学生の興味をひくような記事に仕上がりそうだった。
 
「……日野先輩」
 
 そんな事を考えていると、坂上がいつのまにか目を覚ましていたようだ。
 
「起きたのか」
「はい、ついさっき……それで、あの花が目に入って。日野先輩は、あれ、何と言う花だかわかりますか?」
 
 窓の外を眺める坂上が示す先には、黄色い花が点々と咲き風に揺れていた。
 
「ああ……あれはオトギリソウだな」
「オトギリソウ?」
 
 よそ見運転は禁物だと進行方向を見つめながら答えてやれば、坂上が俺に視線を向けてくる気配がした。
 
「ああ、オトギリソウ科の多年草で、弟を切る草と書くんだ。乾燥させれば止血薬になり、茎葉から生成されるオトギリニンは神経痛やリウマチなんかに使用される。その名前は、かつて秘伝のものだったその薬効を漏らしてしまった弟を鷹匠の兄が切り殺し、その返り血が葉の模様になったという伝説に由来するらしい」
「随分悲しい話ですね……。でもそんな事まで知っているなんて、日野先輩はやっぱり凄いです!」
 
 持っている知識を披露してやると、坂上は感心したように目を輝かせる。
 だが、俺は別の事で頭がいっぱいになっていた。
 
 真っ直ぐ行けば街に抜ける筈の山道はどんどん狭まり、それどころか益々山奥へ進んでいる気がする。しかも、往路では弟切草など見かけなかった。
 何処かで道を間違えたのだろうか。いや、村から街までの道程にはカーブは多いが分かれ道は無かった。坂上が膝の上に広げている地図を確認してみても、やはり一本道だ。
 
 疑問に思いながらも、後輩の手前なかなか道に迷ったなどとは言い出せない。
 しかし坂上も見覚えのない景色が続いていることに気付いたのだろう。
 
「日野先輩、ここはどのあたりでしょうか……?」
 
 不安げに尋ねられ、仕方なく迷ったことを打ち明けようとした時だった。
 車一台がやっと通れるほどの幅しかないというのに、前方から猛スピードで車のヘッドライトが迫ってくるのが見えたのだ。
 
「何だ、ありゃ!?」
 
 このままでは正面から激突してしまう!
 俺はそれを避けようと、思わずハンドルを切った。俺達の車は当然舗道から外れ、脇に生えていた木に突っ込む。そして目の前が真っ白に染まるような衝撃の後、完全に停止してしまった。
 
「……っう……」
「くっ……大丈夫か、坂上」
「な、何とか……先輩は怪我ありませんか?」
「ああ」
 
 俺達は奇跡的に無傷だったが、車は悲惨な状態と化してしまった。
 中古とはいえ、購入して半年も経っていないというのに……。
 
「はぁ。ダメだ、エンジンもかからない」
「下りるしかないですね……」
 
 坂上の提案に従い車から下りた直後だった。突然、車の動力部から火の手があがり、あっという間に炎上してしまったのだ。
 
「き、機材が……」
 
 後部に積載していたカメラやレコーダーも、これで駄目になってしまった。
 
「命が助かっただけでもよかったですよ」
 
 呆然と炎を見つめる俺を慰めるように、坂上はひきつった笑顔で告げる。
 
「そうだな……」
 
 お互いの生存を喜びながらも、俺達は途方に暮れた。
 
「あの、先輩……さっきの車ですけど、何だかおかしくありませんでしたか?」
「おかしいって……何がだ?」
「僕、あれが近づいてくるのをじっと見ていたんですけど、車体がまったく見えなかったんです。まるで光だけが浮いているみたいで……」
 
 そう言われてみれば俺達が見たのはヘッドライトだけで、車の姿はまったく目にしていなかった。
 しかしあれが車でないとしたら、一体何だったんだ?まさか、人魂……。
 
「……はは、暗くて見えなかっただけさ。気にするなよ」
「そ、そうですよね!」 
 結局俺達はその件について深く考えない事にした。
 
 
 足を失った俺達は先ず家族や友人に連絡をとる事を考えた。しかし俺の携帯電話も坂上のPHSも圏外で繋がらず、助けを呼ぶこともできない。
 徒歩で下山するしかないのだろうか──考えただけで滅入ってしまう。
 
 役に立たない携帯電話を再び懐におさめた時、更に追い撃ちをかけるように雷が落ちた。それも、すぐ目の前の木を切り裂くようにして。
 木は根本から倒れ、重い音を響かせながら、赤々と燃え続ける俺の車を潰す。
 
「あれは……」
 
 その時、視界を塞いでいた木が失われた事で俺達の目の前に姿を現したのは、厳つい門と塀……そして弟切草の花園に囲まれた、古めかしい洋館だった。