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ジョージ。
ジョージ。
novelistID. 12861
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ステラ

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「…なぁ、恭弥。」
『…なに。早く言いなよ。』

「…俺の手がどんなに汚れても、握り返してくれるか…?」

きっと小さく笑ったのだろう。
電話越しでは伝わらないはずの微かな空気の揺れが、ディーノの右耳に届く。

そっと腕を持ち上げて、手のひらを夜空に翳すと指の隙間から星が見える。

この景色も、この手も、声も、体温も、全部彼に届けばいいのに、と。
隣に彼がいれば、このお気に入りのバルコニーで世界から遮断されて二人でそっと笑いあえるのに。




― 『キレイなものだけが正義だとは、僕は思わないよ。』


彼からの言葉に、ディーノはすぐに返すことができなかった。

驚いただけではなく、その言葉の意味するものが悲しくて、同時に愛おしかったから。

溢れそうになる感情を飲み込んで、言葉を発しようとディーノが口を開くと、
タイミングを見計らったように『…何か言いなよ。』とぶっきらぼうに放たれた、今までより少々か細い声が届く。
きっと自分で言った言葉の重大さが、時間差でじわじわと彼に浸透していっているのだろう。


「…好きだ。好き、恭弥。なぁ、すげぇ好き。」

今度は逆に返す言葉を失ってしまった相手が、少し遅れて『うるさいな、これだからイタリア人は嫌いだよ。』と
苦し紛れに小さく抵抗するのも無視して、ディーノは繰り返していた。

音だけじゃなくて、体温や匂いや感触までもが届けばいいのにと、祈るように繰り返す。

そのディーノの必死な様子に、最初の一言だけで彼の抵抗も止み、そのあとはただ黙ってその幼い告白を受け止めた。


「なぁ、恭弥。“好き”より好きって何て言うんだ?“大好き”?“愛してる”?」
『…そうなんじゃない?』
「それより好きは?何て言えばいいんだ?」

恥ずかしいことを躊躇なく口走ったり、疑問を素直すぎるほどに投げかけてきたり、
こうやって真っ直ぐにぶつかってくるディーノを大きい子供のようだと、彼は時々感じることがあった。

しかし、いつだってディーノが真剣だということを知っているし、
なにより、ディーノは自分にしかこんな風に振舞わないと知っている。

だからこそ、面倒事を好まない彼も、ディーノだけは無下に扱うことはなかった。

『そんなの知らないよ。』と突き返すように呟いたあとに、ふぅっと一息ついて続ける。


『…そういうとき、あなたの国ではどうするの。』
「抱きしめて、キスして…それから、」

ディーノの答えを聞き、思い通りの答えが返ってきたことに満足したのか、
電話越しで彼が微かに空気を揺らすような気配がした。

暴れるときとはまた違う彼の少し楽しそうな声が、キスのその先を口に出そうとしたディーノを遮るように耳に届く。

『そんなの、万国共通だよ。』


思いがけない恋人からの言葉にまたしても返事に詰まってしまったディーノに対して、
彼は『こんな電話してる暇があるなら仕事しなよ。僕は待つのが苦手なんだ。』といつもの調子で吐き捨てる。

強く凛とした声色だけど、響きは優しくて、切なかった。

もはや返す言葉のなくなってしまったディーノは、「ははっ、知ってるぜ、恭弥のことは全部。」とだけ必死に繋いで、
泣きそうな顔で笑った。


(電話でよかった、こんな顔見せらんねぇって。)

『ほら、わかってるなら早く仕事して。』と急かすような、甘えられない彼から届くその声がくすぐったくて、
ついに笑顔になったディーノは「Grazie、恭弥。すぐに会いに行く。また電話するから。」と自分から切り出した。

話すことがないわけではない。
ただ一刻でも早く、愛しい恋人に会いたいだけだ。

『もう電話はいらないけどね。』と憎まれ口を叩く恋人に、もう一度愛の言葉を。

Ti amo、恭弥。



通話の終わった携帯をコトリと傍らに転がすと、もう一度、今度は両手を夜空に翳す。

次にこの手が彼に触れるのは、いつになるだろうか。もうそんなに遠い話ではないような気がしている。

ささやかで温かな感情は、こうしていつも彼から運ばれてくる。
その真実に、ディーノは目を閉じて大きく息を吐いた。




星が夜空を駆ける。力強く、輝きながら。
作品名:ステラ 作家名:ジョージ。