ステラ
「…よぉ、元気か?」
『…呆れた。昨日、電話したばかりだけど?』
なんとなく掛けてしまった電話は2コール目の途中で繋がってしまった。
返ってきた返事はとても恋人同士のものとは思えない冷たいものではあったが、
いつもよりも早く繋がった電話と、いつもよりも幾分やさしい相手の声色に、
ディーノは安心したように「俺は毎日電話したって足りないくらいだぜ。」と言葉を続けた。
「こっちは今、夜だ。星がすげぇキレイでさ、恭弥にも見せてやりたいな。」
『ふうん、そう。でも、並盛でだって星くらい見れるよ。』
「そうだな。じゃあ、次そっち行ったら一緒に見に行くか。」
相手の声を受け止めている右耳が熱くてくすぐったい。
彼も同じような気持ちだったらいいのにと密かに願いつつ、
ディーノは会話が途切れないように他愛もない話題で話を続ける。
ディーノが投げかける話題に対して、相変わらず冷たい返事ばかりではあったが。
今夜に限らず普段から、彼は、良い意味でも悪い意味でもディーノを“キャバッローネのボス”として扱うことはなかった。
ディーノの肩書きに群がってくる人間は昔から後を絶たないが、彼はそういった色眼鏡とは一切無縁だった。
多少やりすぎなくらいに、何事も目の前にある事実だけで判断をする。
そういうところもディーノは心地よく感じていた。
『…それで?なに、用があるから掛けてきたんでしょ』
適当な話題を続けるディーノに痺れを切らしたように、唐突に相手が切り出した。
回りくどいことが好きではない彼らしい一面が見え、
ディーノは苦笑いを漏らしながらもそっと髪をかきあげてそのまま頭を抱えると、
夜の海に背を向けてバルコニーの柵に背を預けてズルズルと崩れた。
「ははっ、恭弥に隠し事はできねぇな…」
電話をかけたのは、決して弱音を吐きたかったからではない。
しかし、ぐちゃぐちゃになった感情を恋人に受け止めてもらうことで、
少しでも気分を軽くしたかったという利己的な意識がどこかで確かにあったかもしれないと、
ディーノはその弱さに自分のことながら閉口した。
しかも、機嫌を損ねてしまうため本人には言えないが、相手はまだ子供なのだ。
彼をマフィアの裏社会に引き込みたくないという気持ちはこんなにも強いのに、
自分の全てを受け止めてもらいたいという欲求も同時に生まれてしまう。
この矛盾を解決できずに、むしろそれを隠すようにズルズルとこの関係を続けている。
大人ぶるのが上手な恋人に甘えてはいけないと、頭ではわかっているのに。
所詮、ディーノもまだ。
「…今日、人を撃った。そいつの恋人の、目の前で…撃っちまった…」
『…ふうん。で、その相手は?』
「彼女は…ロマが撃った。顔を見られてたからな…」
言葉少なめに語る様子から、相手はディーノの心境を悟ったのだろう。
下手に慰めようともせず、ただその事実に『…そう。』とだけ短く返した。
そして、小さく溜め息を吐いてから、いつもの調子ではっきりと芯のある声でディーノの核心をついた。
『それで、あなたは罪悪感を感じてるの。』
その強い語気はディーノを責めるでもなく守るでもなく、感情の見えない彼独特のそれだった。
心の整理がつかないディーノに向かって素直に吐き出されている。
その言葉尻を受け止めたディーノは、彼がよく言う『弱い草食動物は嫌いだ』という言葉を思い出した。
遠く一人ぼっちで残してきた愛しい恋人が、今どんな顔で、どんな意図で、
自分に向かって言葉を投げかけているのかと、静かに目を閉じた。
遠く海の上を走ってきた夜の風が、ディーノの髪を撫でるように揺らす。
『そんなに人を傷付けるのが嫌なら、やめれば?マフィアなんて。』
『そもそもマフィアのボスにしては、あなたってぬるいんじゃない?』
次々と突き付けられる言葉に、嫌な感じはしなかった。
それよりも、ぐちゃぐちゃとしていた思考が少しずつクリアーになっていく気さえした。
相変わらず相手の声は無感情で、ひどく客観的だった。
もしこの会話の一部始終をディーノの部下達が聞いたら、
「ボス、あんたら本当に付き合ってるのか?」と言われるかもしれない。
しかし、ディーノは、雲雀を恋人に選んだのだ。
彼は、熱く暴れそうになる感情を、淡々とした態度と言葉の裏に隠しながら、常に理性的であろうとする。
今だって、弱りかけているディーノのそばにいられないこの距離にイライラしているのだろう。
その感情をディーノに悟られないように、あえて無感情にぶつかってくるのだ。
これを愛しいと思わずに、他に誰を愛せるだろう。
「恭弥。…好きだ。」
『…そんなこと、どうでもいいよ。』
「…俺には、恭弥がいる。ファミリーもいる。…俺は殺られるわけにはいかねぇんだ。」
『なら、殺るしかないじゃない。あなたは、そういう世界で生きてるんでしょ?』
そう、覚悟の甘さこそが自分の弱さなのだと。
答えはいつだってシンプルなのだ。
自分の愛しい人、守りたい人達のために強くいなければならない。
逆に、大切な人達の存在がプレッシャーになって覚悟が揺らぐなんて、もってのほかだ。
下手に大人ぶろうとして格好つけたって、真実に敏感な恋人にはいつだってバレてしまう。
ディーノが思っている以上に、雲雀はディーノを受け入れているのだ。
ディーノの心の上辺ではない、そこにある事実だけを見つめてきたのだから。