夏目詰め合わせ
悪女[名夏]
あまり女子に近付かないで欲しいなんて要求を名取が夏目に突き付けたのは、どういう偶然かドラマの撮影の合間に抜け出して周囲を練り歩いていた彼と出会って喫茶店で珈琲を飲み合っている時だった。あまりにもタイミングが良すぎたので偶然かと疑ったが、それはおいておく。夏目が眉間に皺を寄せたのは、その忠告めいた言葉だった。
「なんですか、それ」
「聞こえなかったかい?なら、もう一度今度は大きい声で」
「言わなくていいです。聞こえました、聞こえましたから!」
この時間帯に来る客は少ないのか、テーブルはほとんど埋まっていない。それでも他に人はいる事はいるので、夏目は息を深く吸った名取の口を慌てて塞ぐ。例えば想像はしたくないが、名取が女ならば今の会話はごく自然に流れて行っただろう。生憎そうではない。どちらも男で二人きりで恋人がするような会話を続けていたら、妙な視線をぶつけられるのは確実だった。
そういった関係に見られるための発言ではなかったものの、それはそれで良いと考えていた名取は苦笑する。共演した女優とのスキャンダルを報じられるより、一般の学生との関係を露呈された方がいい。現実ではそうも言ってられないが。
「いや、今度出演する映画の試写会に出たらマスコミが騒ぎ始めてね。恋人役の女性とはプライベートでも付き合ってるのかって言い出して」
「そんなの日常茶飯事じゃないですか……」
「今回はちょっとしつこかったんだ。しかも彼女も悪のりしていい関係ですって言うものだから余計に盛り上がってくれたよ」
溜め息をつく名取の表情は少し疲れているようにも見える。夏目は何故彼が突拍子もない話をし出したのか分かった気がした。
愚痴だ。
「いいかい、夏目。女ほど怖いものはないよ。自分のためならいくらでも嘘をつける」
「そんな大げさな」
「私は彼女とは数回プライベートで話しただけで食事になんか行っていない」
問題の女優とマスコミに訴えかけるような口調だった。この人も美形のせいで苦労もしているんだなぁ。と呑気に同情しながら夏目は珈琲を飲み干した。
「…………………」
まだ顔すら知らない女優への苛立ちはその性格の悪さからだろうか、はたまた単なる嫉妬からだろうか。後者は勘弁してほしいと願い、親しい同級生の少女を思い出す。
「タキも駄目ですか?」
「あの子は優しいし面白いからいいよ。……あれ?何で不機嫌そうな顔をしてるんだい夏目?」
「……嬉しいはずなのに名取さんに腹が立ったんです」
嫉妬なんかじゃない。これは断じて嫉妬ではない。