夏目詰め合わせ
雨中[田夏]
通り雨だと誰かが呟いた。午前中はあんなに晴れていたのに、放課後に近付くにつれて雲の数が増えてとうとう雨が降り始めた。置き傘ぐらいしておけば良かったと後悔する。悔やんだところで雨が止んだり傘が急に現れたりなんて事はない。強い雨音のせいで耳がおかしくなりそうだ。耳を塞ぐ。
教室の窓から外の景色を眺める。雨は嫌いだが、水に濡れた草花はやけに緑が濃厚になったように見えて好きだった。けれど、過度な水分など植物には迷惑以外の何でもないだろう。土は水を含み過ぎて泥と化していた。
下校の時間になっても雨は止まない。通り雨は過ぎずにずっと一ヶ所に留まり続けていた。傘など持ってきていない大半のクラスメートが渋い表情をして教室を出ていく。夏目もその一人だった。どうせ何時になったら止むのか分からない自然現象に付き合うよりは多少は濡れて帰った方が得策だと思った。
なので、教室を出た瞬間差し出された傘に夏目は驚いて後退りをした。
「良かった。夏目まだ帰ってなかったんだな……夏目?」
「……何でもない」
不思議そうに顔を覗き込む田沼に気恥ずかしいものを感じて目を逸らす。
「田沼こそどうしたんだよ、その傘」
「たまたま置き傘してたの思い出したんだ。ほら、貸すから」
「貸すからって、ちょっと待て田沼」
夏目は危うく受け取りそうになった手を咄嗟に引っ込めた。田沼は「貸す」と確かに言った。だからこそ借りるわけにはいかなかったのだ。
「傘これしかないんだろ?」
「そうだな」
「じゃあ受け取れないよ。田沼が濡れるじゃないか」
「俺はいいんだ」
曖昧な笑顔を浮かべて傘を持たせようとする田沼に、夏目は怒る事も出来ずに辟易してしまった。この友人はやや強情であると同時に夏目を大切にしたがる。自分のどこがいいのかと自問しても理由は浮かばない。妖関連の数少ない友人、というものあるだろうが、それにしても過保護だ。妖に襲われそうになれば庇ってもくれる。
「夏目が濡れて風邪を引かないなら……」
「俺そんなに体弱くないぞ」
「そうだな。妖相手に殴ったりするんだろ」
「……まあな」
「でも俺は夏目に寒い思いをしてほしくないんだ。これは俺のエゴだから夏目は深く考えないでくれ」
そう言われたら余計深く考えてしまうというか。
「これじゃあ俺田沼の彼女みたいだな」
「……かの」
「田沼は俺に絶対傘を貸したいけど、俺は田沼に絶対傘を持ってて欲しい。……一緒に使うってのは駄目か?」
「え、いいのか?」
「狭いかもしれないけどな……って田沼何で今声のトーン上がったんだよ」