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二十四時間戦争コンビ詰め合わせ

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 まるで温い湯に使っているような気分だと、臨也は自嘲しながら自らの身体を抱いたまま動かない男の顔を見上げる。声を上げようとすれば、喉から這い上がって来たのは胃液とも違う液体だった。恐らくは赤い水だ。

「おい、臨也。手前またくだらねぇ演技してんだろ。さっさと動け」

 動けるならとっくにこの腕からも抜け出している。それをしないのは本当に体が動かないからであり、無理に起き上がろうとすれば、内臓が悲鳴を上げて激痛が走る。臨也が置かれているのはそんな状況だった。
 深夜の池袋で自分達二人がいれば、半径数メートルには人が近付かない。死にかけの男を抱き起こしている男の奇妙な図を傍観しているのは血で濡れた標識だけだ。今夜は月も出ていない。なんて暗鬱な雰囲気だろうと臨也は必死に呼吸を繰り返す。

「……臨也?」

 いつもは空振ってばかりの標識が当たったのだからもっと喜べばいいと思ってしまうのは単なる維持からだ。殺し合いのスリルは愉しい以外の何でもないが、痛みを伴うところまで行くと遠慮したいものがある。外側ではなく、内側に負ったダメージは下手をすれば致命傷になりかねない。
 声を出そうとするのに血ばかりが溢れて咳き込むだけになってしまう。頭に死、という文字がよぎった。痛くて痛くて感情が追い付かないのか、恐怖が芽生えない。それはある意味臨也にとって幸せであった。泣いて生に縋るなんて、あってはならない。

 男は徐々に虚ろになっていく赤い眼に、それが演技ではないと分かり、表情を凍り付かせた。サングラス越しの眼が大きく見開く。臨也が見たくて堪らなかった顔だった。血塗れの口元を精一杯吊り上げて笑みを形成しようとするが、中々上手くいかない。内臓の痛みに邪魔されてしまう。

「臨也、臨也?」

 予想外だったのは自分を呼ぶ声に焦燥感が混じっていた事だった。人をここまで痛め付けておいて、それはないだろうと罵倒したくなる。恋人を失う寸前の人間のような声色だ。ここにいるのは殺し合いの相手だけだというのに、場違いな反応だった。せせら笑われるのも気に喰わなかっただろうが、これはこれであまり好みの展開ではなかった。

「ば、か……だな」

 暇潰しに想定していた自分が殺されるシナリオの最後で、やっと憎んでいた男を殺せた男がどのような顔を見せるのかは実のところ、決められてはいなかった。これだけは何も考えないでおこうと楽しみにしていたのだ。
 だから、切なさを押し込めた声で何度も呼ばれるとどうすればいいか分からない。こっちはこっちで苦しくて仕方ないというのに、これ以上困らせるのはやめてほしい。

(俺を殺せて満足だろう?)

 早く嘲笑ってもらいたい。死ぬ前に錯覚してしまいそうだ。愛されているのだと。

 この通り容姿は中々いいので、言い寄る女や男は山程いる。今日もマンションの一室から出てみれば、怪しげな小包一つ。中を開けると、歪な形をしたクッキーと「食べてください」とだけ書かれた紙切れが一枚入っていた。もちろん食べない。差出人も不明な食べ物ほど面倒なものはない。近所の公園でとことこ歩く鳩にプレゼントしようとも思ったが、毒でも入ってたりしたら地獄絵図と化しそうなので自重した。

「これ捨てておいて」
「はいはい」

 危険物の処理は部下に任せていざ行かん池袋。と思ったが、本日は路線変更だ。たまには違うところでのんびりやっていくのも悪くない。道端でタクシーを引っ掛けて目指すは渋谷である。

 適当な場所で降りる。ちらちらと若い女の子がこっちを見てくるのがほんの少しだけうざい。あんな厚化粧に近寄られたら臭くて耐えられそうにない。愛想笑いを浮かべて手を振ると、きゃあきゃあ騒がれた。重大な勘違いをされた。

 昼食は古びたコロッケ屋のポテトコロッケで済ませる事にした。老夫婦が一つ一つ丁寧に揚げていた。そこらの無駄に高いコロッケよりも値段が安かったが、不思議と美味しい。夫婦は嬉しそうにもう二つおまけしてくれた。

「兄ちゃん一緒にホテル行かね?」

 夕方になった頃、チャラチャラした格好をした男達に囲まれた。ホテルというのはそういういかがわしい事をする場所だった。

「俺、大勢とする趣味ないんだよねぇ」
「そんな事言うなよ。楽しくなるかもしれないだろ?」

 腕を掴まれて無理矢理連れて行かれそうになる。両手を拘束されているのでナイフを出したくても出せない。しかも、この方向はどう考えてもホテルではなく路地裏だ。

「お、おい!」
「あそこなら誰も見ないから恥ずかしくないだろ?」
「離せ。離せって……!」

 怖くなってきた。思わず素に帰って叫んでしまった。いい反応だと言わんばかりに男達がにやにや笑い出す。悔しさと込み上げる恐怖で涙が出そうになった。

 のを突然遠くから飛んできた標識が阻止した。

「……………」
「……………」

 標識と同じ方向からゆっくりと歩いてくる人物は見慣れたバーテン服の金髪だった。池袋最強の男である。

「こんばんは、いーざーやーくーん」




 で、だ。気が付くと何故かバーテン男に背負われて池袋へ向かっていた。あの後男達は彼によって撃退されたものの、腰が抜けて動けない。そうしたらこうなっていた。

「手前どうしてこんな所にいやがった」
「シズちゃんには関係ない」
「ふざけんな!池袋にはこねぇし、手前のマンション行っても女しか出てこねぇし」
「……で?どうして居場所分かったの?」

 顔を真っ赤にして黙っていても分からない。答えを催促するように顔を近付けると、慌てた様子で逸らされた。

「た、たまたまだ。仕事で……」
「……へえ」
「……手前ここに来る時タクシー乗ったろ。その運転手がトムさんと知り合いで、トムさんがどうしてかわかんねぇけど、俺に手前が降りた場所を教えた。それで、その」
「シズちゃん」
「あ?」
「シズちゃんが一番だね」

 今日一日でたくさんの人間に出会い、その感想だった。いつもは絶対にしてやろうとは思わないが、今日だけは特別だ。貸しを作ってしまった事もあるので、それを返すために頬にキスをしてやれば拗ねた表情をされた。直後に「口」とだけ言われた。



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企画提出文でした