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幸福な支配

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過去を切り離した環境に生きる香に、絵梨子が同窓会の通知を持ってきた。
絵梨子とは高校時代の友人であり、偶然街中で再会した後、香の事情を知ることとなった、数少ない人間の内の一人だ。そのため彼女とは今も連絡を取り合っている仲だが、他の友人・知人とは仕事の都合により関係を遮断した状況にある香にとってみれば、それは唐突な出来事だった。
絵梨子の話では、今までも何度かクラス会などが行われていたらしい。彼女は仕事が忙しく行けなかったが、知らせのハガキは届いていたと言う。
香はその頃、兄と住んでいたところを離れ、撩の元へ転がり込んでいた。周りからすれば、香は音信不通の生死もわからぬ人間となっていた。
これは良い機会だわ、香。と絵梨子が言う。あなたはもっと沢山の人と出会い、恋をして、普通の女性として生きるべきなのよ、と。
香の仕事について、絵梨子は表立って反対していなかったが、心の中では親友が危険な目に合うのを、見過ごしてはいられなかったのだろう。絵梨子は強引に人を振り回すことはあるが、昔から友達思いの良い子だった。
絵梨子の心配や良心は察していたが、香はすぐに返事ができなかった。香の生活は今、撩を中心に回っている。たかが仕事の相棒とは言え、仕事とプライベートの区別がつく時間の方が短いぐらいだ。
自身に付き纏うのは、まぎれもなく死の匂いであり、自分が関わることで友人に何かあったら、香は自分を許せなくなる。
絵梨子にそのままを伝えることは憚れて、撩が良いと言ったら、と曖昧に答えた。そんなことにまで干渉するのは束縛している証拠だと絵梨子は怒ったが、むしろ束縛しているのは常に自分だったので、香は苦々しく笑うだけだった。


一人での夕食を済ませた後、香は絵梨子に渡された通知ハガキを眺めていた。
撩はきっとまたツケを作りに行ったのだろう。腹は立つが、絵梨子の言葉を思い出して、考えるのをやめた。撩にとって心配など要らぬものなのだ。
昔から撩はツケを作っていただろうし、命を狙われていただろうし、狙ってもいただろう。自分がいてもいなくても、そのスタンスは変わりないに決まっていた。だから、香のする心配や苛立ちや焦燥など、撩からすれば子供のするままごとに違いない。
ソファーの上で、膝を抱えて考える。捨てたはずの過去。懐かしく思う暇もない日常。
香は特殊な仕事に就いてはいるが、極一般的な思考を持つ普通の女性だった。高校時代を共に過ごした懐かしき学友達と、会いたくないわけがなかった。
「……撩は、きっと、良いって言うわ」
ハガキをテーブルに放り、膝に顔を伏せた。聞くまでもなく、撩の返答は読めていた。それが悔しいのか悲しいのかわからなくて、瞼を閉じた。
どうせなら束縛して欲しかった。絵梨子の言う通り、干渉して欲しかった。
撩が香に線引きをしているのは、負い目があるからだ。香をうやむやのまま裏の世界に引きずり込んだこと、そのまま曖昧に関係を続けていること、多くの危険を背負わせていること、表の世界の人間と深く関わりあえないこと。
そんな綺麗事こそ、ままごとだ。香が撩の傍から離れられないことを、撩は知っているはずだった。
せめて仕事を理由にしてでも引き止められ、どこにも行くなと強要されたなら、もっと簡単に自由を願えたのに。
溜息をついて、立てた膝に顎を乗せた。見たくなくとも目に入るハガキが気に障り、無意識の内に手を伸ばしていた。
テーブルから引っ手繰ると、躊躇いもなく一気に破く。破壊衝動に駆られてやった自分の行動に一瞬驚いて、香は迷い子のような心細さに襲われた。
撩と共感できない過去なんていらない。思い出も過去も撩と作りたい。

「ただ~いまぁ」
陽気な声にハッとして、動揺しながら二つに分かれたハガキ(もうすでに形を成していないため、ただの紙くずだ)をポケットへ乱暴に突っ込む。時計を見上げるが、いつもよりずっと早い帰還だ。
玄関に続く扉から、撩がのっそりと現れた。酒の匂いがこちらにまで漂ってくる。酔っているようだ。
「あっれぇ、香ちゃん。一家の主が帰ってきたのに、お出迎えはねえの?」
「あ、あんた今日はいやに早いじゃない。どうしたのよ」
「んー、そーゆう日もあるってこった。……腹減ったなぁ」
「食べてこなかったの? すぐ温めるから待ってて」
ソファーから立ち上がり、壁に寄りかかってへらへら笑う撩の横を通り過ぎる。と、酒臭さに紛れて微かに、男には似つかわしくない香水の匂いを感じ取り、思わず香はキッと撩を睨み上げた。
「へ? な、なぁに香ちゃん、その目」
「べ・つ・にぃ」
一体どこの女につけられたのか。キャバクラのお姉さんか、スナックのママさんか。
腰に手を当て、じりじりと撩に近づき、ふん、と鼻を鳴らす。こんなに自分は悩んでいるというのに、何だろうこの男は。憤懣やる方なく、香は撩から顔を逸らし、怒りを静めた。撩は香の態度に疑問符を浮かべつつ、仕置きのなかったことに安堵の溜息をついたようだった。

作っておいた料理を温めながらも、香水のことが気にかかっていた。撩が、どこの女のものとも知れない匂いをつけてくることは、これまでも良くあったのだが、今回は香の勘が何かを告げている。どこかで嗅いだことがあるものだと気付くのに時間はかからず、結論を導き出すのも難しいことではなかった。なぜなら今日、香もその女性に、会っていたのだから。
キッチンのテーブルに着いた撩をチラリと見やり、香は下唇の内側を噛んだ。撩は、何も言わない。わかっていたのに、それが辛い。
「あ、あのさ、撩」
「あン?」
「あの……あたしっ」
「おまぁさ……なにか恨みでもあんの、これに」
「へ? ああっ」
意を決して口を開いた香は、撩の言葉につられて顔を上げた。撩の手にはくしゃくしゃに丸められた、見るも無残な紙くずがある。それには見覚えがあった。香は慌ててジーパンのポケットを探ったが、案の定、絵梨子から受け取った通知はなくなっていた。撩はすっかり内容の隠れていたハガキを開き、指で摘んで眺めている。
「な、なんであんた、それ……」
「なになに、同窓会のお知らせぇ?」
「ちょ、ちょっと勝手に人のを!」
「これ、行きたくねえの、お前」
ぐ、と唇を噛む。全てお見通しのくせして、撩は自分の意見を尊重する姿勢を見せる。そうやってさり気無く自分を追いつめる。
「……撩は、どう思うの?」
絵梨子に会ってきたんでしょう、とは続けなかった。撩についた移り香は、絵梨子のものだと香は確信していた。二人に関してお節介な友人が、きっと同窓会のことを言い出せないであろう香のために、撩を叱り飛ばして焚き付けようとしたのかもしれない。香に向けて発した言葉を、そっくりそのまま目の前の男にぶつけたことも、容易に考えられた。
こちらに背を向けるようにして頬杖をつく撩に、香は視線を投げかけた。
「べーつにー? 俺ぁ関係ないね。おまあが行きたきゃ行きゃいいだろーが」
それは、同窓会の出欠についてだけを言っているようには聞こえず、香は押し黙った。撩は、例え自分がここから出る日が来ようとも、引き止めることなどせずに、そう言うのだろう。それが一番ひどく香を突き放しているのだと、撩は気付いていない。
作品名:幸福な支配 作家名:fukami