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真昼の糠星①(カメラマンとモデルパラレル)

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佳主馬は写真が好きだ。見ることが、という意味だけれど、佳主馬の職業柄、残念なことに撮られる機会の方が格段に多い。
モデルという仕事を始めたのはまだ高校生の時分だった。
街を歩いていたところを強引なスカウトに遭い、毎日を怠惰に過ごし気ままな日々を送っていた佳主馬は何となく強引さに流されるがまま承諾してしまった。
見るのは好きだから、興味が湧くかもしれないという単純な考えからバイト気分で始めた仕事だったが、それから大学を卒業した今でも何だかんだで続いている。
掲載される雑誌の対象年齢層は上がったものの、佳主馬が表紙を飾る回数は変わっていない。いつまでも腰を据えておける職業ではないと思っているが、それでも佳主馬は当面の間この業界で食べていくつもりでいた。
撮られる事にはいつまで経っても慣れないが、スタジオへ行って機材を見ることは相変わらず楽しい。モデルの友人は中々増えないが、カメラマンの友人は随分と増えた。
そんなところも含めて総合的に見れば、モデルの仕事は楽しいと思っているし嫌いではない。
その日は佳主馬にとって十日ぶりのオフだった。佳主馬は目深に帽子を被り太い黒フレームの眼鏡を装着してうつむきがちに歩きながら買い物を楽しんでいた。
時折、覗いた服屋の店員などは佳主馬の正体に気付き様々な反応を見せたけれど、佳主馬が騒がないでほしいという意を込めて困ったように眉を寄せ唇の前で人差し指を一本立てればそれで収まった。
佳主馬の言わんとすることを理解し言葉もなく必死に頷く店員に笑顔を一つ見せれば完璧だ。相手がうっとりと自分に見惚れている間に佳主馬はさっさと買い物を済ませて店を後にする。
老若男女、相手がだれであろうと佳主馬はたいていの人間を簡単にそうして虜にしてみせた。

本屋に寄って数冊の写真集を買い、ついでにいくつかの服屋で服を買ったせいで佳主馬の両手は紙袋だらけだった。写真集は重たいが、好きな写真家の写真集が随分久しぶりに出ていたので、その重ささえ愛おしい。うきうきと帰ろうとしていたところで、小さなギャラリーの前を通りがかって佳主馬は足を止めた。
佳主馬はまずこんなところにギャラリーなんてあったのか、ということに驚き、うつむきながら歩いていたはずの自分がその小さな佇まいに気付いたことにも驚いた。
今も展示会を開いているらしい。見れば、名前も聞いたことのない新人カメラマンの個展のようだった。入場は無料と書いてある。
入り口に飾ったパネルに大きく引き延ばされた、夜に撮られた白い蜘蛛の巣の写真に惹かれ、佳主馬は入ろうと頭で考えるより先に入り口のドアを押していた。

中に入ると客がいないどころか、写真を撮った人物らしき影もない。ふと見れば別室に続くらしい廊下があるから、そちらに居るのかもしれない。佳主馬は心置きなく見られると、掛けていた伊達眼鏡を外した。
その小さな四角いギャラリーは通りに面する一面がガラス張りであとの三面は白い壁だった。その三面、そして天井を大小様々な大きさのパネルが埋め尽くしている。
白い壁と分かるのは、パズルのように埋められた写真の隙間からかろうじて見える向こう側がどれも白いものだったからだ。
一面が窓のせいか室内には明るい光が差し込んでいる。様々な色であふれた室内に気圧されたように佳主馬は入り口の前で足を止めたまま、ぼんやりと四方を見渡した。
きょろきょろと見回した中でふと目に留まった真っ黒な写真に、目を凝らすようにして一歩近づく。
「……星?」
まじまじと見つめてみれば、そのパネルには小さな星空が広がっていた。他のものより比較的小さいパネルの中に、無数の星が詰まっている。特に明るい星はない、小さな星屑ばかりの写真であるのに、なぜか目を引いた。
佳主馬はその隣にも視線を移した。
一枚一枚、じっと見つめてはその隣へ移動する。何の変哲もない公園だとか、一面のクローバー畑だとか、かと思えば息が止まりそうなほどに色鮮やかな夕焼けだとか、写真たちに統一性はなかった。
けれどどれも、ぱっと見ただけでは何を写しているのかわからない。じっと見て初めて、ああ、普段よく目にするものだと気付く。
五枚目のパネルの前に立った頃には、佳主馬はすっかりその写真たちに夢中になっていた。
(この人の写真、凄く好きだ)
(どんな人が撮ってるんだろう)
そしてどんな風に世界を見ていればこんな写真が撮れるのだろうかと、佳主馬が首を傾げた時だった。ばりっ、と盛大な音を立て、重たい写真集が入っていた紙袋の底が抜ける。当然中に入っていた分厚い本は、すべて床にぶちまけられた。
「あ、あー……!」
「何の音……あ、大丈夫ですか?」
音を聞きつけたのか、奥の部屋からスタッフらしい人物が駆けつけてくる。
心配そうな声に恥ずかしくなりながら「大丈夫です」と答え、相手を見ないまま佳主馬は座り込んだ。
慌てて拾おうとしゃがんだ佳主馬の視界に、裸足のまま床を歩く足が二本写る。
不健康に青白く血管の浮いた足の甲に目を奪われていると、同じく白く細い腕が二本、佳主馬の前に落ちていた写真集に伸びた。
「ああ、これ」
恐らく腕と足の持ち主であろう人物の声が、俄に綻んでいる。
「僕も好きです、この人」
呟かれた言葉に、佳主馬は足下に散らばった本を集める事も忘れ、細い腕を辿ってゆっくりと視線を上に持ち上げた。半袖があまり似合わない、若い青年がそこに立っている。
差し出された写真集を受け取った佳主馬は、礼を言うことさえ忘れて彼をまじまじと見つめた。
彼は写真集を差しだしながら、佳主馬の方を見てはいない。首ごと視線を逸らして、かたくなにこちらを見ないようにしていた。
その態度に佳主馬は首を傾げたけれど、彼は相変わらず目を逸らしたまま、ごく普通の調子で口を開く。
「すみません、お客さんなんて来ると思ってなかったから、向こうの部屋で休んでて。良かったらゆっくり見ていってください」
「この写真は、あなたが……?」
こくりと頷いた動作が幼い。見たところ佳主馬と同じ年ごろか少し上ほどに見えるが、彼の年齢は一体どのくらいなのだろうかと佳主馬は考えた。
「それじゃ、どうぞごゆっくり」
「あの……!」
「はい?」
またぺたぺたと裸足のまま奥の部屋へ行こうとする彼を引き留め、佳主馬は必死に言うことを考えた。
「あの、俺っ、モデルやってて」
しどろもどろになりながら、無理矢理彼の手を握る。ひんやりと冷たい手は握り返しては来ない。普段はマネージャーが一緒に居るので、自己紹介することなど滅多にない佳主馬は、何を言えば良いのか分からなかった。
「あなたに写真を撮って貰いたいんですけど……!」
佳主馬は自分の容姿が特別整っているとは思わない。
モデルになり、周囲に騒がれてようやく、他の人よりも見栄えがいいのだと初めて自覚した程だ。
未だによくマネージャーから「もっと自覚を持て」と言われるが、今このときほど自分の職業に感謝したことはない。
「ああ、すみません、そういうのはちょっと。僕、生き物は撮らない主義で」
困ったように眉尻を下げた彼は、ゆるやかに首を振った。
「あの……っでも、あの」
それでも食い下がる佳主馬に呆れたように、ゆっくりと彼が振り向く。