月明りの約束
【月明りの約束】
「くっ!…なんて強さだ!!」
ロンダルキアへの洞窟…。
襲い来る魔物の腕を、少年は剣で受け止めた。
少年の名はラセル。破壊神を呼び出して世界を破滅させようとしているハーゴンを討伐する為に旅立った、ローレシア王国の王子だ。
そして、ラセルと共にハーゴン討伐の旅に出た2人の仲間…サマルトリア王国の王子コナン、ムーンブルク王国の王女アイリンも、襲い来る魔物相手に呪文を唱えるチャンスを狙っていた。
ラセル、コナン、アイリン。
3人は同じ勇者ロトの血を引く子孫で、幼い頃から良く知る仲だった。
「ラセル! アイリン! 2人とも下がって!!」
魔物の僅かな隙を見抜いたコナンは、数歩前へ出るのと同時に叫んだ。
「コナン!」
「!」
コナンの声に、ラセルは剣を力任せに横へ一閃して魔物をなぎ払い、後方に飛び退った。
アイリンも飛び退ってラセルの隣まで退く。
それを背中で確認すると、コナンは呪文を唱えた。
「ザラキ!!」
声と同時に、印を結んだコナンの両手から禍々しい呪詛が飛び、魔物を包んだ。
「!!??」
呪詛に包まれた魔物は、短い叫びをあげると体を硬直させた。
ドザッ……。
呼吸数回の時間を置いて魔物はその場に倒れ、2度と目を覚ますことはなかった。
「…す、すごい。やったなコナン!」
ぴくりとも動かなくなった魔物とコナンを交互に見ると、ラセルはコナンの側まで駆け寄った。
「あ、あぁ…」
駆け寄って来たラセルにコナンは短く答えると、倒した魔物を静かに見下ろした。
そのコナンの手が、小刻みに震えていた。
「……」
少し離れた所で、そんなコナンをアイリンは無言で見つめていた。
それは、ロンダルキアへの洞窟へ入ってすぐのことだった。
今までの魔物よりはるかに強い魔物と遭遇し、ラセルたちは苦戦を強いられ、コナンの呪文でどうにか切り抜けることが出来たのだった。
このまま進むより、一度体制を整えた方が良いとコナンが提案し、3人は一度ベラヌールまで戻った。
そして…ベラヌールの宿屋で迎えた夜…。
夜も更けた頃、コナンはこっそりと宿屋の外へと出た。
ひやりとする風が、コナンの金色の髪を軽く撫でていく。
「…まいったな…まだ落ち着かない…」
両方の手の平を見つめながら、コナンは呟いた。
見つめる自分の手は小刻みに震えている。
…あの時、ザラキを唱えた時から、ずっと震えが止まっていないのだ。
「!」
背後に人の気配を感じ、コナンはハッと振り返った。
そこに立っていたのは…。
「アイリン…」
気配の主の名を、呟くような声で言った。
「どうしたの? こんな時間に外に出たりして」
そう言いながら、アイリンはコナンの側まで歩み寄った。
アイリンこそどうしてこんな時間に外へ…と言おうとして、コナンはその言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉の代わりに、震える手を軽く握ってアイリンに微笑みかける。
「うん…。ちょっと…ね…」
「…」
そんなコナンの微笑みが無理に作られたものだと見抜き、アイリンはふと視線を地面に落とした。
「…ありがとう」
地を見つめたまま、アイリンはぽつりと言った。
「え?」
何のことかと、声を漏らすコナン。
「あの時、貴方があの呪文を使ってくれなかったら、私たち生きていなかったかもしれない。でも…」
そこまで言ってアイリンは視線を僅かに上へと向ける。
すると、震えるコナンの両手が目に入った。
俯くアイリンの姿に、コナンは瞳を曇らせる。
だが、そんなやさしい少女を気遣おうと微かな微笑みを作った。
「気にしなくていいよ。
ザラキを唱えたのは僕の意志だし、契約したのだって僕の意志なんだから」
「うん…」
俯いたまま答えるアイリン。
だが、やがて意を決したかのように顔を上げると、コナンの瞳を見つめながら問うた。
「…ねぇ、どうしてザラキを契約したの? そんな思いをしてまで…。
コナンだったら、他にもっとすごい呪文と契約できるんじゃないかしら」
その言葉に、コナンはゆっくりと首を横に振った。
「買い被り過ぎだよ。僕の呪文は殆ど独学なんだ。
精霊や妖精の声が聞こえるから、その力が呪文を唱える力にならないか…って、そんな思いつきで始めた呪文の勉強だし。
…だからかな。僕が呪文を唱えると威力より効果のが強く出るんだ。
これから戦いも激しくなるし、剣術もままならない僕がこれから役に立てるとしたら、効果を期待出来る呪文を身に付けるしかない」
「それで…ザラキなのね…」
アイリンの瞳が悲しさに揺れた。
一度唱えただけで、こんなにも苦悩するコナンが…悲しかった。
だが、コナンはまたしても首を横に振る。
「いや、ザラキは本当の目的の為の通過点に過ぎないよ」
「え? 本当の目的?」
「ザオリクさ」
「ザオリク!? でもそれって…」
コナンの言葉に、アイリンは驚きのあまり声を上げた。
アイリンも、呪文の師や書物からザオリクという呪文のことは知っていた。
だが…その呪文は……。
驚くアイリンを見ながら、コナンははっきりとした微笑を作って答えた。
「ああ。失われた伝説の呪文さ。
死に直面した者の魂を引き戻すその呪文は、今じゃどの書物にも記されていない。
だけど、星の紋章を見つけた時かな…。精霊の声が聞こえたんだ。
[死を知る者は献身を抱いて生を知る。生を知る者は祝福と出会いて命を知る]…って。
そして、太陽…水…と紋章を見つける度に精霊の声が聞こえて…何度か問うて聞いてとしているうちにザラキに、そしてその先にあるザオリクに行きついた。
精霊の言葉通りに契約の手順をふめば、呪文を身につけられる。
現にザラキの契約に成功してるし、ザオリクもきっとそう遠くないうちに契約出来ると思う」
もうすぐザオリクが身につけられる…。
コナンは希望の光を宿した瞳でそう語った。
そんなコナンが、アイリンはやはり悲しかった。
「…そうね。これからもっと魔物も強くなるし、それだけ危険な旅になる。
私達も無事に済む保証は無いものね」
「うん…。でもラセルは強いしアイリンも強力な呪文を扱えるし、魔物に対してはそんなに心配してないよ。…ただ…」
「ただ?」
急に寂しげな表情を浮かべ、言いよどむコナン。
その表情の先が気になり、アイリンは思わずコナンの言葉の先を問う。
コナンはやはり寂しげな表情のまま答えた。
「ハーゴンは遠く離れた所からでも呪いをかけられるし、魔物の中にも呪いやザラキを扱う者もいるかもしれない。
そうなったらいくら強くても精霊の加護や祝福なしでは切り抜けられない状況が出てくるかもしれない。その為にも、今僕が出来ることといったら、これくらいだからね」
その言葉を聞いて、コナンの寂しげな表情の理由が分かった。
コナンは、自分の非力さを悔やんでいるのだ。
剣術も、呪文もままならない自分の至らなさを……。
だが、アイリンはそんなコナンの悔しさをきっぱりと否定した。
アイリンも、そしてラセルも知っている。コナンの本当の力を。
アイリンはやさしく包み込むような微笑でコナンに言葉を紡いだ。
「コナン…。貴方ってホントにすごいわ。
いつも先を見ていて、その的確な判断力と洞察力に何度助けられたか分からない。
貴方は貴方が思ってる程弱くなんかないわ。
「くっ!…なんて強さだ!!」
ロンダルキアへの洞窟…。
襲い来る魔物の腕を、少年は剣で受け止めた。
少年の名はラセル。破壊神を呼び出して世界を破滅させようとしているハーゴンを討伐する為に旅立った、ローレシア王国の王子だ。
そして、ラセルと共にハーゴン討伐の旅に出た2人の仲間…サマルトリア王国の王子コナン、ムーンブルク王国の王女アイリンも、襲い来る魔物相手に呪文を唱えるチャンスを狙っていた。
ラセル、コナン、アイリン。
3人は同じ勇者ロトの血を引く子孫で、幼い頃から良く知る仲だった。
「ラセル! アイリン! 2人とも下がって!!」
魔物の僅かな隙を見抜いたコナンは、数歩前へ出るのと同時に叫んだ。
「コナン!」
「!」
コナンの声に、ラセルは剣を力任せに横へ一閃して魔物をなぎ払い、後方に飛び退った。
アイリンも飛び退ってラセルの隣まで退く。
それを背中で確認すると、コナンは呪文を唱えた。
「ザラキ!!」
声と同時に、印を結んだコナンの両手から禍々しい呪詛が飛び、魔物を包んだ。
「!!??」
呪詛に包まれた魔物は、短い叫びをあげると体を硬直させた。
ドザッ……。
呼吸数回の時間を置いて魔物はその場に倒れ、2度と目を覚ますことはなかった。
「…す、すごい。やったなコナン!」
ぴくりとも動かなくなった魔物とコナンを交互に見ると、ラセルはコナンの側まで駆け寄った。
「あ、あぁ…」
駆け寄って来たラセルにコナンは短く答えると、倒した魔物を静かに見下ろした。
そのコナンの手が、小刻みに震えていた。
「……」
少し離れた所で、そんなコナンをアイリンは無言で見つめていた。
それは、ロンダルキアへの洞窟へ入ってすぐのことだった。
今までの魔物よりはるかに強い魔物と遭遇し、ラセルたちは苦戦を強いられ、コナンの呪文でどうにか切り抜けることが出来たのだった。
このまま進むより、一度体制を整えた方が良いとコナンが提案し、3人は一度ベラヌールまで戻った。
そして…ベラヌールの宿屋で迎えた夜…。
夜も更けた頃、コナンはこっそりと宿屋の外へと出た。
ひやりとする風が、コナンの金色の髪を軽く撫でていく。
「…まいったな…まだ落ち着かない…」
両方の手の平を見つめながら、コナンは呟いた。
見つめる自分の手は小刻みに震えている。
…あの時、ザラキを唱えた時から、ずっと震えが止まっていないのだ。
「!」
背後に人の気配を感じ、コナンはハッと振り返った。
そこに立っていたのは…。
「アイリン…」
気配の主の名を、呟くような声で言った。
「どうしたの? こんな時間に外に出たりして」
そう言いながら、アイリンはコナンの側まで歩み寄った。
アイリンこそどうしてこんな時間に外へ…と言おうとして、コナンはその言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉の代わりに、震える手を軽く握ってアイリンに微笑みかける。
「うん…。ちょっと…ね…」
「…」
そんなコナンの微笑みが無理に作られたものだと見抜き、アイリンはふと視線を地面に落とした。
「…ありがとう」
地を見つめたまま、アイリンはぽつりと言った。
「え?」
何のことかと、声を漏らすコナン。
「あの時、貴方があの呪文を使ってくれなかったら、私たち生きていなかったかもしれない。でも…」
そこまで言ってアイリンは視線を僅かに上へと向ける。
すると、震えるコナンの両手が目に入った。
俯くアイリンの姿に、コナンは瞳を曇らせる。
だが、そんなやさしい少女を気遣おうと微かな微笑みを作った。
「気にしなくていいよ。
ザラキを唱えたのは僕の意志だし、契約したのだって僕の意志なんだから」
「うん…」
俯いたまま答えるアイリン。
だが、やがて意を決したかのように顔を上げると、コナンの瞳を見つめながら問うた。
「…ねぇ、どうしてザラキを契約したの? そんな思いをしてまで…。
コナンだったら、他にもっとすごい呪文と契約できるんじゃないかしら」
その言葉に、コナンはゆっくりと首を横に振った。
「買い被り過ぎだよ。僕の呪文は殆ど独学なんだ。
精霊や妖精の声が聞こえるから、その力が呪文を唱える力にならないか…って、そんな思いつきで始めた呪文の勉強だし。
…だからかな。僕が呪文を唱えると威力より効果のが強く出るんだ。
これから戦いも激しくなるし、剣術もままならない僕がこれから役に立てるとしたら、効果を期待出来る呪文を身に付けるしかない」
「それで…ザラキなのね…」
アイリンの瞳が悲しさに揺れた。
一度唱えただけで、こんなにも苦悩するコナンが…悲しかった。
だが、コナンはまたしても首を横に振る。
「いや、ザラキは本当の目的の為の通過点に過ぎないよ」
「え? 本当の目的?」
「ザオリクさ」
「ザオリク!? でもそれって…」
コナンの言葉に、アイリンは驚きのあまり声を上げた。
アイリンも、呪文の師や書物からザオリクという呪文のことは知っていた。
だが…その呪文は……。
驚くアイリンを見ながら、コナンははっきりとした微笑を作って答えた。
「ああ。失われた伝説の呪文さ。
死に直面した者の魂を引き戻すその呪文は、今じゃどの書物にも記されていない。
だけど、星の紋章を見つけた時かな…。精霊の声が聞こえたんだ。
[死を知る者は献身を抱いて生を知る。生を知る者は祝福と出会いて命を知る]…って。
そして、太陽…水…と紋章を見つける度に精霊の声が聞こえて…何度か問うて聞いてとしているうちにザラキに、そしてその先にあるザオリクに行きついた。
精霊の言葉通りに契約の手順をふめば、呪文を身につけられる。
現にザラキの契約に成功してるし、ザオリクもきっとそう遠くないうちに契約出来ると思う」
もうすぐザオリクが身につけられる…。
コナンは希望の光を宿した瞳でそう語った。
そんなコナンが、アイリンはやはり悲しかった。
「…そうね。これからもっと魔物も強くなるし、それだけ危険な旅になる。
私達も無事に済む保証は無いものね」
「うん…。でもラセルは強いしアイリンも強力な呪文を扱えるし、魔物に対してはそんなに心配してないよ。…ただ…」
「ただ?」
急に寂しげな表情を浮かべ、言いよどむコナン。
その表情の先が気になり、アイリンは思わずコナンの言葉の先を問う。
コナンはやはり寂しげな表情のまま答えた。
「ハーゴンは遠く離れた所からでも呪いをかけられるし、魔物の中にも呪いやザラキを扱う者もいるかもしれない。
そうなったらいくら強くても精霊の加護や祝福なしでは切り抜けられない状況が出てくるかもしれない。その為にも、今僕が出来ることといったら、これくらいだからね」
その言葉を聞いて、コナンの寂しげな表情の理由が分かった。
コナンは、自分の非力さを悔やんでいるのだ。
剣術も、呪文もままならない自分の至らなさを……。
だが、アイリンはそんなコナンの悔しさをきっぱりと否定した。
アイリンも、そしてラセルも知っている。コナンの本当の力を。
アイリンはやさしく包み込むような微笑でコナンに言葉を紡いだ。
「コナン…。貴方ってホントにすごいわ。
いつも先を見ていて、その的確な判断力と洞察力に何度助けられたか分からない。
貴方は貴方が思ってる程弱くなんかないわ。