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drogue

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drogue
―麻薬―


ふと嗅覚を刺激した香りは、記憶の一部にあった物だったが、
彼の存在とあまりにかけ離れていたが故に、彼が陥る闇に気付くのが遅れたのだった。


 「よく降る」

窓の外を眺めながら、私は呟いた。

アメストリスの東部に位置する、ここイーストシティは、このところの長雨にすっかり湿度を上げていた。
幸いなのは気温が高くならない事だろう。
これで気温が高かったら、不快感で居られたものではない。

「大佐。無能の原因となる雨を眺めてなどおられず、眼前の書類の山を突き崩していただきたいですわ」
上司を上司と思わぬ辛らつな言葉が有能な女性部下から発せられ、私は物思いから現実世界へと引き戻された。

「ホークアイ中尉。無能と言わないでもらえないかね。雨だからといって練成が出来ないわけではないのだから」
「左様ですわね。加減が効かなくなるだけのことですから…」

殊、私を凹ませる事に関しては右に出る者はいないだろう彼女の言葉に、私はため息をつきながらもつまらない書類処理に意識を戻しかけた。
が、
ノックの音もなく派手に執務室の扉を開けられた。

「ダァ〜。やってらんねぇ−!!」
文句と共に雪崩れ込んできたのは、私が後見人をしている史上最年少の国家錬金術師、エドワード・エルリックだった。

「何なんだよ、この雨と湿気はよぉ〜。機械鎧が錆びるっての」
髪についた雨滴を、頭を振ることによって払おうとする動作は、まるでイヌが身震いする様に見えた。

「止めたまえよ。書類に水滴がつく」
「しょうがねぇだろ。傘、差さないでここまで来ちまったんだから」
「君ね。ここの所、連日こんな天気なんだ。傘を持たずに移動するなど言語道断だとは思わないのかね。宿から傘を借りるくらいしても罰は当たらないと思うがね」

これ幸いとばかりに、私は書類の存在を頭の隅に追いやり、飛び込んできた元気の固まりそのものを相手に気分転換を図った。
視界の端で中尉がため息をつくのが見えたが、何も言わずに部屋を出て行く。
きっと彼の為にお茶を淹れに行ったのだろう。彼女はこの少年を大層気に入っているようだから…。

「……借りたさ」
「借りた? ならば何故そんなに濡れ鼠になってる…」
「だ〜れが鼠みたいにちょろっとしたチビだってぇ――!!」
いきなり怒髪天を突く彼に、私は苦笑をして返す。

「誰もそんな事を口にしてはいないがね。…まぁいい」
私は引出しからタオルを出すと彼に放った。

「それで水分をふき取りたまえ。濡れたままだと風邪をひく」
放物線を描いて宙を舞ったタオルを、彼は難なくキャッチすると考えていた私は、次に訪れた出来事に目を見張った。
彼の右手がタオルを取りそびれたのだ。
パサリッと音をたててタオルが床に落ちる。

奇妙な沈黙がその場を支配した。

「なっ・・・、なんだよ〜。上手く放れよナァ〜。雨の日無能の国軍大佐様よぉ」
彼がその沈黙を、私を貶す言葉で誤魔化そうとした。
「ちゃんと受け取れるように放ったさ。君こそしっかりと受け取りたまえよ。・・・調子が悪いのかね?」
私は何気なく訊ねてみたのだが、瞬間、一瞬だけだが彼の表情が強張ったものになったのを見逃さなかった。
「・・・別に・・・・・・。何処も悪かねぇよ・・・・・・。ちょっと集中してなかっただけだ」

彼は素早くタオルを拾い上げると、少しだけ俯き加減で髪をガシガシと拭い始めた。

「おい。そんなやり方じゃあ髪が傷むぞ。・・・貸したまえ」
私は素早く執務用の椅子から立ち上がると、彼のそばまで行き、タオルを奪い取った。

「ちょっ! いいって!!自分で・・・」
「任せたまえよ。優しく髪を乾かしてあげよう。な〜に、慣れているから心配は無用だ」

私は、あえて人の悪い笑みを浮かべておいて彼の頭にタオルを拡げて置くと、そっと水気を拭っていった。
構われる事に慣れていないのか、彼は身体を強張らせたが、私の手の下から逃げ出そうとはしなかった。
私は根本から毛先まで丹念に水気を拭っていったが、その間、彼は意外なほどに大人しくされるがままになっていた。
タオルの下の髪は、持ち主と反比例で細くしなやかでさわり心地が良かった。

「ほら、ほとんど乾いたぞ。細くて痛み易いんだから丁寧に扱わなくては罰があたるぞ」
タオルを除けながらそう告げると、彼の表情は羞恥と少しの嬉しさに頬を赤らめていたが、何処か強張りを残していた。
「傘を宿で借りたと言っていたが、それを差さなかったのは何故かね。またぞろ、困っていた誰かに貸したとか言うんじゃないだろうね」

 彼の性格上、困っている人を無視して放置する事など出来ない性分だと知っているからこその質問だったが、それは的を得ていたらしい。彼の表情が不貞腐れたものに変化したからだ。
私は呆れたように溜息を吐いた。
途端に彼の表情は不愉快なものになる。

“本当にわかりやすい”

私は、彼を構う事でウキウキとしてくる自分に、心の中で苦笑した。

 長年の友人であるヒューズの様に、親心のような心配から構うのとは少し違う。
彼の感情がコロコロと変わるさまを見るのが楽しいからなのだ。
それがどういった感情から発生したものか、そのときの私は知る善しもなかった。

そして、タオルを除いた時にふわりと鼻腔を擽った香りに、私は嘗ての記憶を刺激された。

“…この香は……何処かで嗅いだ事のある…。甘く、饐えた果物の様な、この香りは……”

ほんの一瞬、それも極僅かに漂った香りだっただけに、目の前にいる彼と結びつかず、私はその香りの正体を明確にする事を避けた。
と言うより、追求する気すら起きなかったのだった。

「あ・・・・・・ありがと、な」

蚊が鳴く様な小さな声での感謝に、私はその意識の全てを攫われたのだから・・・・・・

私が立ち直るより早く、金色の少年は執務室から脱兎の如き逃げ足で姿を消してしまった。

私の胸の奥に、小さな、本当に小さな、しかし棘の様な違和感を残して。
                                     2010 07 24




 「包囲は完璧か」

私は、直ぐ後ろに立つ腹心の部下に問うた。

「はい。あらゆる出口に数名ずつ、憲兵と共に軍人が張り付いております」
「屋上、地下とも、抜け道となりそうな場所は既に破壊してあります。入り込めば崩れるように細工がされてるっす」
金髪の男女二人が揃って返事を返した。

「今回のヤマでは、私の錬金術は使用しない方が良い。燃える事で薬効が拡散される事になりかねんからな」
「左様ですわね。こういった場合も無能になってしまいますか…」
辛らつな言葉にこめかみがピクリッと引き攣った。

「失敬だな。今から一兵とも怪我をする事が無いように、此の建物に入り込んでいる害虫どもを戦意喪失に追い込んでやるから見ていたまえ」
そう言うと、私はおもむろに通信機に声をかけた。
作品名:drogue 作家名:まお