drogue
「麻…薬?…あれ、麻薬…、だった? えっ?」
「えっ?じゃない。何だってこんなになるまで使用したんだ。国家錬金術師が麻薬中毒で廃人だなんて事になったりしたら、どれだけのスキャンダルになる事か…」
私は会話をしつつ彼を床上に戻した。
「君は痛みに耐性があると思っていたんだがね。違ったのかね」
枕元に置かれていた水差しからコップに水を注ぐと、彼の口に宛がって水を飲ませた。
ホゥ〜と息が漏れると同時に、口角から飲みきれなかった水が一筋垂れる。
その様がどこか淫靡に見えて、私はどきりとした。
「あ〜っと。たいていの痛みなら自制出来る自信はあるぜ」
「ならば、何故…」
「雨が続いてただろ?機械鎧との接続部が酷く痛み出したんだよ。足止め喰らって気分も落ち込んでたし…。それに、雨は嫌な事を思い出させるから…」
「それで使い過ぎた…と?」
「……ああ。アルにはあまり弱音、吐きたく無かったから…。オレ以上にアルの方が辛いはず」
「どちらがより辛いかなど、他人が判断できるものじゃないだろう?!どれだけ寄り添ってみた所で、所詮は別々の身体に
意識だ。どちらかと言えば、気持ちを告げて貰えない方が辛くなるのではないかね?近しい存在の者としては」
「だけど、オレは兄貴だから…」
「弟に弱みを見せたくなかった…と?」
彼からの返事は返らなかった。視線を逸らし、下唇を噛み締める姿から、私の指摘が的を得ているのだと確診する。
「ならば、鋼の。私に弱音を吐きたまえよ。後見人として、上司として、部下で被後見人の管理をするのは当たり前だからな。
おまけに、そうそう毎日顔をつき合わせるわけではない。君一人を支えるくらいわけ無く出来るぞ」
「どうせオレは…チビ…」
「そんな意味で言ってるんじゃない。君が挫折をしたら、私の株が下がるんだ。私の野望が頓挫したら、君も困るだろう?だからだよ」
(それだけじゃないと心が叫んでいる。どうしたんだ、私は…)
俗物的な理由は、彼を納得させるのには適していたのだろう。
「そっか。そうだよな。オレの不手際はあんたの評価を下げる。それはおのずと中尉や少尉達の足も引っ張る事になるんだもんな。……ゴメン……。迷惑、かけた」
うな垂れる彼の表情は、私の胸をキリキリと痛める。
(どういう事なのだろう。私は彼をどんな対象と見ていたのだろう。部下で被後見人としてだけなら、こんなにも胸が痛まないはずだ。君が大事だからだと告げたい。小さな身体を掻き抱いて慰めてやりたいと思ってしまう。この感情は…)
私はうな垂れる彼の頭をそっと撫ぜた。手触りの幾分落ちた髪が汗で湿りを帯びている。
「迷惑だなどとは思っていない。大事に至る前に、せめて私にだけは告げて欲しいと言っているんだ。虚勢を張る必要が無い相手というのも、時には必要だよ」
「大佐には、そんな相手、いるのかよ」
「ああ。ヒューズがそうだ。奴になら腹のうちを曝け出せる。そして、それを奴も受け取ってくれる。大事な友人で同士だ」
「そっか……。いいなぁ〜。羨ましいって、ちょこっと思っちまう」
顔を上げて眩しそうに見つめてくる黄金色の瞳は、昨夜の澱みなど微塵もない。
その瞳に強く引き寄せられる自分を感じる。
「だから、私をそう言った相手にしたまえと言っているんだ。君が寄りかかった処で揺らぐような軟弱な鍛え方はしてはおらんよ」
揺らがないとの言葉に、身体的なコンプレックスを刺激された感のある彼を宥めるように言葉を続ける。
「これは身体的な事で言っているんじゃないぞ。年齢的にも経験的にも私の方が大人だからだ。だから、君も疲れた時は私の処に来たまえ」
(私は君にとっての安心できる相手になりたいと思っているんだ。そして、どうやらそれ以上の相手にもなりたいと…。だが、今の彼にそれを告げた所で迷惑なだけだろう。もう少し彼が大人になり、余裕を持てる様になってからでも遅くはない。彼との繋がりはこの先も途切れる事は無いのだろうから)
小さな頭を胸に抱き寄せながら告げると、意外な言葉が胸の中から返された。
「なら、オレも大佐が疲れた時の避難所になってやる。それが等価交換だろ?」
私はこの瞬間に彼に墜ちた。
そして、彼の存在が居なくなりでもしたら呼吸をするのも忘れるだろうまでに執着するに至った。
そう
彼こそが、私のとってのdrogue―麻薬―となったのだった。
後日、
彼に麻薬入りの軟膏を渡した相手が南部司令官の部下であり、エドワードが鋼の錬金術師と知りながら、廃人に仕立てて私共々排斥しようと画策していた事が判明し、逆手にとって相手を窮地に追い込んだのだった。
2010/08/27