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惚れ薬と恋心

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事の発端は、帝人がセルティの家に遊びに行った時から始まる。
いや、そもそもの始まりは、岸谷新羅による実験が開始された時からかもしれない。


「ふ、ふふふ・・・できたよ、できたよセルティ!!」

大喜びで毒々しいパッションピンクの液体の入った試験管を持って、実験室として使っている部屋から新羅が飛び出してきた。
ソファに座って昼間の情報番組を見ていたセルティは、そのテンションの高さに引き気味になりながらも、『おめでとう』とPDAに表示する。

「ありがとうセルティ!いやぁできるものだね~、惚れ薬なんてさ!」
『ホントに効くのか?いまいち信憑性に欠けるな』
「そりゃ被検体は欲しいけどねぇ。僕が飲んでセルティを見ても、いつも通りでしかないわけだし」
『私は飲めないしな』
「あぁ私のセルティに対する愛を信じてくれているんだね!嬉しいよセルティぃいいたたた、痛いよセルティ!愛が痛い!」

新羅が惚れ薬の実験を始めたのは、当初はネブラからの依頼の一つだった。
こういった夢物語のようなものを作り出す研究も機関は行っている。
材料はネブラが集め、それを一介の科学者として実験の一端を担ったのはいいのだが、ネブラはこれまた別の実験に取り掛かることになり、惚れ薬の作成については新羅が全面的にやることになったのだ。
惚れ薬というものはネブラにとっても眉唾もので、もっと信頼性のある実験に矛先を移したらしい。

「たまたま急ぎの仕事もなかったし、なんとなくやってみても出来るものだねぇ。私の才能も捨てたものじゃないねセルティ!」
『それはわかったから。どうするんだ?』
「どうもこうも、別に趣味みたいなものなんだし、そんなに急いで被検体を探す必要もないかなって」
『・・・それもそうだな。よし、一緒にテレビを見よう』
「うんうん!もちろん見るよセルティ!」

そんな形で惚れ薬(実験未)は出来上がってしまったのだ。
そして物語は、帝人がセルティの家に遊びに行った時へとつながる。



「あれ、この紅茶なんだか変わった味がしますね」

その日セルティはチャット仲間でもある帝人を家へ招待していた。
どうせだから杏里も、と誘ったのだが都合悪く来れなかった。
人好きの妖精であるセルティとしては、祖国(?)アイルランドでもよく行っているお茶会を開きたかったのだ。
紅茶をいれて、スコーンを焼いて、みんなで楽しくおしゃべり(セルティはPDAに打つが)をしたい。
そんなセルティの要望に新羅がダメを出すわけもなく、気軽に友人たちを呼んでいたのだが、ここで彼のメガネがきらめいた。
いや、頭脳が閃いたと言ってもいい。


「実は惚れ薬入りでーす!どう?何か違う感じする?」


その言葉を聞いた瞬間、帝人は一秒のためらいもなく固く目を閉じた。
帝人の反射神経がかつてないほどに活躍したため、新羅もセルティも見ることなく視界を閉じられたのが幸いだった。
こんなところで新羅が嘘を言うとは考えづらい。確実にセルティにぼこられる。
だがどちらにしろ『惚れ薬』が本当なら結局ぼこられるだろう。
新羅も臨也や静雄の友人として、一本線がおかしい。普通客に惚れ薬を飲ませるだろうか。
類は友を呼ぶのだ。

「本当ですか?本当なんですね?」
『帝人を実験体にするなんて、なんてことを!!』
「え、今セルティさん打ち込んでます?っていうか解毒剤!僕これからどうなるんです!?」

新羅が何も答えないのは、現在セルティに首をじかに掴まれているせいだ。
呼吸が止められ顔が赤からそろそろ青へ移り変わろうとしている。

「せ・・・せる、てぃ・・・・ぐ、ぐるじぃ・・・・・けど、これも愛のしれ、ん・・っ!!げほげほ!!」

死にかけながらも愛を呻いていたが、慌ててセルティが手を離すと急激な酸素の取り込みに咳きこんだ。
物音は聞こえているものの目を開くわけにはいかない帝人が、イライラとテーブルを指先で叩く。
普段はほわほわしている少年だが、ここぞというときは容赦ない人格の持ち主である。

「セルティさん、新羅さん、解毒剤は!?」
「あー今はなかったり・・・」
『お前解毒剤なんて作ってたのか?見たことないぞ?』
「さすがはセルティ!その通りだよ!」
『み、みかどーー!!』

セルティが何を打ったのかわからないため、新羅の言葉がどういう意図で発されたものなのか帝人には判別がつかない。
?と首をかしげることで現しつつ、2人の言葉を待った。
妖精と人間のカップルはひそひそと部屋の隅まで移動して、話し合いという名のセルティからのボディブローが決まった。

「ぐほぉっ・・な、なんていいパンチだ。セルティ、君は本当に素晴らしい存在だ・・・っ!」
『いいから今すぐ解毒剤を作れ!』
「わかったよ、君が望むなら」

痛む脇腹を押さえながら新羅は親指を立てた。
不安そうにしている帝人へと声をかける。

「帝人くーん。とりあえず目は開けないでねー」
「うぅ、やっぱり・・・わかりました、僕は目を開けちゃダメなんですね」
「効果は24時間以内に誰かを見ればその人を好きになる。好きになってからの効果時間は・・どのくらいかなぁ。試してみたいものなんだけど」
『作れ!今すぐ解毒剤を作れ!!』

ガツガツとPDAのボタンが押される音が帝人の耳にも届く。

(この流れ・・・絶対解毒剤、ない)

不安いっぱいに予測する帝人だったが、嫌な方向でこの不安は正しかった。
一度自室へ戻った新羅が手にアイマスクを持って帰ってくる。

「帝人君。一応安全のためにこれアイマスク、しておいてね」
「あ、はい」

テーブルの上に置かれたままだった手を掴むと、アイマスクを握らせる。
帝人は手探りで耳にかけると、アイマスクの中で2・3度まばたきをした。
視界が真っ暗に覆われていて何も見えない。見えては困るのだが。

『すまない・・まさかこんなことになるなんて』
「あ、あのセルティさん。僕今目隠し中なのでさすがにPDAに打たれてもわからないです・・・」

天然なセルティの様子を見て、うふふと笑っていた新羅だったが、セルティにキッと睨まれ(首はないのだが感覚で)すごすごと自宅のラボに使っている奥の部屋へと引っ込んだ。
その姿を見届けて、意思疎通を図るため、セルティは帝人の手を握り、その手のひらに文字を書き始めた。

作品名:惚れ薬と恋心 作家名:ジグ