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in a moonlit night

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「―――はぁ?」
臨也は今、何と言った? 俺たちが『愛し合ってる』だって?

全くもって意味が分からない。異国の言葉で話しかけられた気分だ。ふざけて言っているならまだ救いもあるだろうに、俺を見据える赤い両目はどこまでも真剣だった。墜落死しかけて頭がどうにかなってしまったのか?

廃ビルの屋上に寂しげな風が吹く。咥えていたはずの煙草は、いつの間にか足下に落ちていた。

………反論する言葉はいくらでもある。怒り出すことも笑い飛ばすこともできる。
それでも俺は何も言わず、馬鹿みたいにぽかんと立ち尽くすだけだった。

信じがたいことに―――頭の奥底で『なるほど』と手を打って納得の声を上げる自分がいることに気付いたのだ。

『なるほど、愛か』、『愛という手があったか』と。
『今まで考えてみたこともなかったが、こいつに対する訳の分からない感情には案外、「愛」という言葉がぴったりなんじゃねぇか』と。

ほんの数分前に気付いたのだが、どんな形であれ俺が臨也に、臨也だけに特別に執着してきたのは事実だった。
何より今夜、手すりから足を踏み外して落ちていく臨也を俺は助けてしまったのだ。こいつが死ねば清々すると常日頃から思っていたはずなのに。

紛れもなくこの手で、臨也の手を掴んだ。

―――愛? 本当に愛なんてものが、俺たちの間に存在するのか?

「………………あり得ねぇ」
俺は顔を顰め、短く吐き捨てた。

臨也の言葉を真に受けたのは俺の思考のほんの数%の部分に過ぎない。当然のことながら、残りの大部分の俺はそんな可能性は全否定していた。

あり得ない。
その一言に尽きる。大体が俺たちは男同士じゃないか。8年間も殺し合ってきた野郎同士の間に、何故いきなり愛なんて言葉が出てくるんだ。

さっきの俺の台詞を取り違えたのか? だが、『執着=愛』なんて安易すぎるだろう。そもそも、愛し『合ってる』ってのは何だ。お前だって俺を嫌うからこそ、今まで何度も何度もナイフを向けてきたんだろう?

落ちていく臨也の手を掴んだのは反射的な行動に過ぎない。
俺たちがお互いに拘り続けるのは、相手がこの世で最も疎ましい人間だから。
ただそれだけのシンプルな話じゃないか。

―――そうだろう、臨也? どうしてそんな勘違いをする?

「シズちゃん」
心中の呼びかけが聞こえたかのように臨也が口を開いた。その声が震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。そして臨也はこちらへ向かって静かに、ゆっくりと歩を進めてくる。

不思議と視線が吸い寄せられた。

月明かりの中のその姿が、やけに現実離れして俺の目に映ったのだ。そこには存在しない夢か幻のようにさえ思えた。先程の突飛な発言のこともあり、まるで―――

そこに立つのは俺の知る臨也ではなく、見知らぬ誰かであるようだった。

「シズちゃん」

気付けば臨也は目の前に立っていた。
やはり視線は捕らわれたまま、何故か身動き一つできない。
そして目の前の両手がふわりと持ち上がり―――俺の両頬が臨也の手のひらに優しく包み込まれた。

「お願い、気付いて、シズちゃん」

―――本当に、お前は臨也なのか?

本物の臨也だとしたら、どうしてこんな悲しげな声で俺に話しかけてくるんだ。
どうしてこんな温かな手で、俺に触れてくるんだ。

「―――俺だけに気付かせておいてシズちゃんは逃げるなんて、許さない」

―――なぁ、臨也。何で手前はそんな泣きそうな顔してんだよ。

俺たちは大嫌いな敵同士のはずだろう?
お前はいつも余裕に満ちていて、弱みなんてこれっぽちも見せなくて、俺がどれだけ暴力を振るっても何度も何度も俺の前に現れる腹立たしい男のはずだろう?

なのに今のお前はまるで、不安に怯える子どもじゃないか。

「―――臨也、俺は」
頭が上手く回らない。俺は今、ひどく困惑した顔を晒しているのだろう。何を口にしているのかも判然としていなかった。
「その……何か、全部よく分かんねぇんだけど」
「うん」

幼子のようにこくりと頷く臨也に、突然―――俺が壊してしまった、顔も思い出せないはずのあの初恋の女の子の姿が重なって見えた。

そして次の瞬間、紛れもない恐怖が背筋に這い上って来た。

もしも。
もしも、俺が本当は臨也のことが好きだったとして。そしてその想いのせいで、あの子のように俺が臨也を壊してしまうことがあったら。あの子のように臨也が俺を避けるようになったら。

―――もしも、臨也が俺に背中を向けるようになったら。

「……俺は手前が、嫌いだ」
「……シズちゃ、」
訴えるような臨也の声に構わず、俺は乱暴に言い捨てる。混乱を通り越して、軽くパニックを起こしたような酷い表情をしていることは分かっていたが、どうしようもなかった。
「手前の顔を見ただけで虫酸が走る、そのねじ曲がった根性も気に入らねぇ。俺は昔から手前が大嫌いなんだよ!」

―――駄目だ。

自分でも理解できない程に、その『もしも』の世界が恐ろしかった。
俺には家族も友人も仕事仲間もいるはずなのに―――臨也に拒絶された俺は、その世界でどこまでも独りぼっちだった。

「だから俺は―――手前を殺すんだよ」

そうだ、俺たちが本当は愛し合っているのかなんて、まともに考える必要がない。
『俺は臨也が嫌いだから、殺す』
それでいいじゃないか。今までずっとそうやってきたんだ、これからだってそのままで、何の問題もない。
ガキの頃に感じたあんな思いをもう一度味わうくらいなら―――心の底から憎んで憎まれて、いつもの殺し合いをしていた方がよっぽど良い。

駄目なんだ。臨也は、臨也だけは、何度も何度も俺の前に現れてくれなきゃ困るんだ。


「……逃げるなんて許さないって、言ったでしょう?」
頭の中がごちゃごちゃになった俺の耳に、怒りと懇願が入り混じった声が聞こえた。両頬を包み込む手のひらに軽く力が加えられ、目の前の顔がゆっくりと近付いてくる。

そして臨也が俺に、キスをした。

「俺のことなんて殺せないくせに―――馬鹿なシズちゃん」

唇が離れ、臨也が耳元で小さく呟く。
言い終わると同時に俺の両頬から二つの手のひらがするりと離れ、臨也の体が波に流されるように一歩後ろへ下がった。そしてくるりと俺に背を向け、階段の方へと歩き出す。

「……お、い」

感情の整理は全くついていなかったが、ただ彼を引きとめたいと、引きとめなければならないと思った。あの温かい手を、もう一度掴みたくなった。頬にも唇にも、まだ生々しい感触が残っている。
名前を呼んで、足を踏み出そうとした。手を伸ばせば、まだ十分届く距離だった。

だがその瞬間、フラッシュバックのように俺はあの臨也の姿を思い出す。
『もしも』の世界の、俺を拒絶する、あの臨也の背中を。

「っ……」

月明かりの中、黒いコートを着た目の前の背中が次第に遠ざかって行く。そしてそのまま階段室まで辿り着くと、微かな足音だけを残して俺の視界から消えた。

―――俺は臨也の手を、掴めなかった。


頬と唇に残された温度が徐々に冷えていくのを感じながら空を見上げ、

今夜の月は、人生で出会う一番哀しい月かもしれない、と、俺は思った。
作品名:in a moonlit night 作家名:あずき