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beloved person

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雑踏あふれる池袋の西口方面。
よく晴れたその土地にいる人たちは、何時もの日常をただ何事もなく進める。
「てめぇぇえええ、逃げんじゃねぇええぞ、ゴラぁあぁぁあああ!!
 借りた金は返すもんだろうがよぉぉおおお!!」
その怒涛の声と共に聞こえる自動販売機の落下する音すらも、この池袋の人たちにとっは非日常ではなくただの日常。

声の主に投げられた自動販売機は投げつけられた男に当たらず、その横を掠める。
それに驚いた男は尻餅をつき、財布からありったけの金を出すと、その金を紙面に置く。
「こ・・・これで勘弁してくれ、俺はまだ死にたくないんだ!!」
その男はそういい残し、自動販売機を投げつけた男が自分に近づく前に逃げ出した。
「ちっ、たかが10万ぐれぇの借金で逃げ回ってんじゃねぇよ。」
呆れ顔で自動販売機を投げつけた平和島静雄は悪態をつく。
「まぁ、不景気だかんなぁ。
 返さないよりはマシだべ。」
そう言って笑いながら、田中トムは地べたに置かれた現金を拾い上げ、その枚数を数え、少し黙り込んだ。
静雄はトムが数えている間、自分が投げた自動販売機を邪魔にならない端に寄せる。
「静雄ー?」
悩み気味にしていたトムが金をバッグに仕舞い、静雄に向かって手招きをする。
「うっす、なんすか、トムさん?」
呼ばれて振り向いた静雄は、小走りでトムに駆け寄る。
「さっきの奴が置いてった金、ちーっと多いんだよ。
 どうすっかわかんねぇから、事務所行って聞いてくるわ。
 静雄は休憩がてら、ぶらついてていいぞ。
 終わったら携帯に連絡すっから、壊すなよ。」
そう言ってトムは笑って事務所の方向へ向かう。
「うっす、お願いします。」
静雄はソレを見送りながら軽く頭を下げる。
そして、ふとこれからどうするかを考えた。
『まぁ、何時もの公園行きゃ、セルティか誰かいるだろ。』
そう考えた静雄は、池袋西口公園に歩き出す。


公園の入り口をすぎ、噴水近くまで来た静雄は、あたりの雰囲気が何時もの静けさとは違ったものがあるのを感じた。
辺りを見回すと、木々の陰から喧騒が聞こえる。
うんざりした気持ちで、静雄はそれに近づく。
喧騒の中数人の男に囲まれて、木を背にしてたっていたのは竜ヶ峰帝人だった。
「あ、静雄さん・・・」
困ったかのような顔をしていた帝人の顔が急に明るくなる。
なぜ帝人がこんな奴らに絡まれているのか分からない静雄は、考えるのがめんどくさくなったのか、目の前の一人の男の服を掴み、そのまま遠くへ放り投げる。
そして、さらに手ごろに近くにいた男二人も投げ飛ばし、それを見た残りの男達は一目散に方々へと逃げ出した。
「竜ヶ峰、何してんだ、お前。」
少し小首を傾げて静雄は、呆然と立ち尽くす帝人に問う。
「え・・・あ、なんか、絡まれちゃいました。」
笑ってそう言う帝人を見て静雄はたじろぐ。
笑った帝人の顔が可愛かったのもあるが、絡まれて怯えていた彼が、目の前で人を投げ飛ばした自分に対して笑ってくれるのが嬉しくもあったからだ。
「静雄さん?」
何の反応もない静雄に、心配そうに静雄の顔を覗き込む帝人。
「ん?
 ああ・・・、気をつけろよ。
 ああいうのはしつこいからな。」
そう言って、静雄は愛用の煙草をポケットから出すと、煙草をくわえ火をつける。
その動作を帝人は嬉しそうに見ながら頷いた。
「なんだよ。」
煙が帝人に行かないようにしながら、じっと見つめてくる帝人を怪訝そうに見返す。
「あ、いえ、あの・・・助けていただいてありがとうございました。」
にっこり笑って帝人は静雄を見上げる。
別に助けたつもりがない静雄は少し反応に困った。
目の前に帝人がいて、近づくのを阻むように男達がいたから投げただけだからだ。
「あ・・・ああ、きにすんな。
 なんかあったら連絡しろって言っただろ。
 ったく、しょうがねぇなぁ」
少し照れたように笑って、静雄は煙草を持っていない手で帝人を撫でようとして手を引っ込める。
「静雄さん、どうしたんですか?」
見上げてじっと見ていた帝人が小首をかしげる。
「あ・・・いや、お前に触れたら・・・その、壊しちまいそうだなと思ってよ。」
そっぽを向きつつ誤魔化すように静雄は煙草を吹かした。
「大丈夫ですよ、そう簡単には壊れませんって。」
笑いながら帝人は背伸びをして静雄の髪を撫でる。
「お・・・お前、これからどっか行くのか?」
突然の事に困惑しそっぽを向いたまま照れながら、話題を逸らそうとする静雄。
自分を落ち着かせようと、吸っていた煙草を携帯灰皿に入れながら、それをポケットに仕舞う。
「あ・・・えっと。」
言い辛そうに顔をしかめた帝人は、少し俯く。
「なんだよ?」
少し笑いながら、静雄は帝人が痛くないように慎重に頭を小突く。
「い・・・臨也さんの所に呼ばれてて行くんです・・・けど・・・。」
少し怯えたような声で帝人が顔を背けたまま呟く。
「はぁ?
 あんなノミ蟲野郎のところなんざ、行かなくていい。
 ノミ蟲の分際で、帝人呼びつけるなんざ、ほんとうぜぇな!」
折原臨也の名前を聞いて少し切れた静雄は、帝人の肩を無意識に掴む。
「痛っ」
急につかまれ、帝人は苦痛で顔が歪む。
「あ・・・わりぃ・・・」
申し訳なさそうに帝人を離すと、静雄はそのまま俯く。
「だ、大丈夫ですよ、静雄さん。
 気にしないでくださいね?」
にっこり笑って帝人は静雄の顔を覗き込むと、彼の顔はサングラスで見えないながらも、少し泣きそうな顔をしていた。
「けどよ・・・。」
そう言いかけて、静雄は黙り込む。
黙り込んだ静雄を帝人は困ったように見つめ、何かを悩み始めた。
「静雄さん・・・。」
そう一言呟いて、帝人は手を広げる。
呼ばれて気づいた静雄は、その意図が分からなくて小首をかしげた。
「ちょ・・・ちょっと、抱きしめてもらえますか?」
手を広げたままそっぽを向いて、顔を真っ赤にしたままそう呟く帝人。
そう言われて、静雄はびっくりしたと同時に顔を赤くした。
「け・・・けど、ソレは・・・」
そう言ってたじろぐ静雄を帝人は赤い顔をしたまま恨めしそうに見上げる。
「いいから早くしてください。」
少しふくれっ面で帝人は静雄を見ると、どうしていいのか分からず混乱している彼がいた。
 「ああ、もういいです!!」
早くしろと言ったりもういいと言ったりと、一人混乱したかのように言った帝人は、目の前の静雄に抱きつく。
「え?
 ちょッ。」
池袋最凶と呼ばれる普段の静雄からは到底見ることが出来ない、赤面と嬉しそうな顔で、ただ慌てていた。
「もぉ、静雄さんも、ぎゅってしてくださいよ。
 恥ずかしいんですから・・・。
 それに・・・人に触れる練習ですよ、コレ。」
静雄にぎゅっと抱きついたまま、顔を赤くして俯く。
「えっと、あー・・・こうか?」
少し挙動不審になりながら、静雄も痛くないように壊れ物を扱うが如く帝人を抱きしめる。
「そうです、コレくらいです。
 なんだ、静雄さん、力きちんとセーブできるじゃないですか。」
嬉しそうに抱きついたまま帝人はそう言いつつ見上げると、静雄は恥ずかしそうにそっぽを向くと、少し痛くならない程度に力を強める。
それに気を良くしたのか、帝人は静雄の胸に顔を埋めた。
作品名:beloved person 作家名:狐崎 樹音