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beloved person

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静雄はそれ以上どうしていいのか分からず、ただ帝人を抱きしめたまま。
「静雄さんさっき・・・。」
帝人はそうポツリと呟く。
それに気づいた静雄は、眼下の帝人を見下ろす。
「さっき・・・、名前で呼んでくれて、その、嬉しかったです。」
真っ赤になりながら、帝人は静雄を見上げる。
それにつられるようにして、元々赤かった静雄の顔がさらに赤くなった。
「あ・・・、わりぃ、つい・・・。」
静雄は見上げる帝人から顔を逸らすと、帝人が軽く笑った。
「あの、ほんとに嬉しかったんです。
 これからも・・・そう呼んでくれると嬉しいな、なんて・・・」
そう言うと帝人は静雄の胸に顔を埋めた。
それに静雄は軽く笑うと、そっと抱きしめていた腕を緩めて、片方の手で頭を撫で、もう片方でしっかり帝人を抱きしめる。
帝人はソレが嬉しかったのか、静雄を見上げて微笑んだ。
「帝人・・・。」
そう呟いて、静雄は撫でいた手を帝人の頬に滑らせ、ゆっくりと見上げて半開きにになっていた帝人の唇を指でなぞる。
「静雄さっ」
そう言いかけた帝人の言葉は、静雄からの口付けで遮られた。
静雄は軽く口付け、びっくりして見つめてくる帝人を見つめ返すと、軽く微笑んでまた口付ける。
「んっ・・・」
帝人から鼻から抜ける甘い声が微かに零れる。
静雄の舌が帝人の唇をなぞると、そのまま口内へ侵入し、帝人の舌を味わうように絡みつく。
「ふっ、んっ、んくっ。」
溶け合うように絡みつく二人の唇の間から、帝人の甘い声が漏れる。
静雄は片腕でしっかり帝人を抱きかかえ、空いた手で頬を撫でると、帝人の体が微かに震えた。
二人には周りの雑沓など聞こえず、聞こえるのは時折少し離れたときにでる吐息と、甘い水音だけ。
帝人の口元から、どちらのものとも分からない唾液が零れ、頬を撫でていた静雄の手を濡らす。
「っ・・・、んっ、はっ、んんっ。」
帝人のものか、静雄のものか分からない吐息が零れると、帝人は抱きしめていた腕をぎゅっと強め、静雄のベストを握り締める。
それに気を良くした静雄はふと微笑むと、唇を離す。
半開きになった二人の唇の間には、銀糸の糸が引き、名残惜しそうにその糸が消え行く。
「し・・・静雄さ・・・。」
息も絶え絶えになりながら帝人は、真っ赤になりながら、必死に静雄にしがみ付いたまま、じっと静雄を見つめる。
静雄はそれに何も答えぬまま、帝人を両手で痛くならないように抱きしめると、帝人はどうしていいのか分からず、そのまま静雄の胸に顔を埋めた。

しばらく抱きしめ合っていた二人の間に、携帯電話の着信メロディーが鳴る。
それに気づいた静雄は、帝人を抱きしめたまま、ポケットからその携帯を取り出すと、電話に出た。
『おう、静雄ー、今どこだ?
 こっちの処理終わったから、次の回収いくべ。』
そう電話口のトムに言われ、静雄は少し考え込んだ。
「トムさん、今どこにいるんすか?」
受話器の向こうのトムに問いかけていると、帝人が見上げていた。
『東口のハンズ前だぞ。
 静雄はどこだ?』
そうトムに聞かれながら、静雄は帝人に微笑む。
「えっと、西口にいるんで、そっち向かいますよ。
 そこで待っててもらっていいっすか?」
電話の主がトムだと知った帝人は、静雄から離れようとしたが、静雄に抱きしめられて離れられない。
『分かった。
 次の場所は、ヴァローナも一緒だかんな』
そう言って、受話器の向こうからトムの声が帝人にも聞こえる。
「うっす、じゃ、また後で。」
そう言うと、静雄は電話を切り、ポケットに仕舞う。
帝人は、静雄の顔をじっと見ていた。
「わりぃ、仕事いかねぇと・・・。」
そう言うと静雄は、帝人にわらって苦笑いをした。
「あの、静雄さん・・・。」
そう言いかけた帝人は、静雄からの突然の額の口付けにびっくりして言葉が詰まる。
「帝人、俺・・・お前の事好きだ。」
静雄はそう言いながら、帝人の頬を撫でる。
「ずるいです、静雄さん・・・。」
そのまま帝人は静雄に身体を預ける。
それに静雄は微笑むと、軽く頭を撫でる。
「さ、お仕事があるんでしょう?
 早く行かないと、田中さんに怒られちゃいますよ?」
身体を静雄から離すと、見上げて帝人は微笑む。
それに釣られて静雄も微笑んだ。
「じゃあ、俺・・・行くわ。
 あ、そうだ、ノミ蟲んとこなんざ、行かなくていいからなっ」
そう言って、静雄はすれ違いざまに帝人の頭を撫でる。
帝人はそれに困ったように微笑み、頷いた。
「静雄さん、お仕事がんばってくださいね?」
そう言う帝人に、返事代わりに振り向かず、手を振る。
それを見送りながら、帝人は微笑んだ。

『勢いあまって、あんなことして、告白しちまったけど、帝人はどう思ってんだろうな・・・。』
告白をした返事を帝人から聞かず、はぐらかされたような、流されたような感じになったのを、トムと会う前に気づいた静雄だった。



池袋から山手線に乗り、帝人は臨也が待つ新宿へと降り立つ。
改札を出たところで、臨也の秘書の矢霧波江とばったり出会った。
「あら、竜ヶ峰帝人君じゃない。」
向こうからそう声をかけられ、帝人は軽く会釈をした。
「あれ、矢霧さん、お仕事はいいんですか?」
そう問いかけると、帝人は波江に微笑む。
「帝人君か来るから帰っていいって言われたのよ。
 行くだけ無駄だったわ。」
呆れたように波江が淡々と文句を言い出す。
それに帝人は少し笑った。
「すみません、矢霧さんにご迷惑をおかけして・・・。」
少しうなだれ気味に帝人が言うと、波江はほんの少しだけ微笑む。
「貴方が謝る必要はないわ。
 みんなあの男が悪いのだもの。
 連絡してこないで、行ったら帰れっていうあの男が悪いの。」
表情をあまり崩さず、波江はそういうと、慰めるように帝人の肩を叩く。
「でも・・・。」
それでもうな垂れる帝人。
「そうね、そんなに気にしているのなら、今度食事でも付き合っていただこうかしら。
 お金出せなんていわないわよ、学生に。」
少し笑いながら、波江がそう言うと、帝人は驚いたように顔を上げる。
「嫌ならいいわよ?」
苦笑いしながら、波江は帝人にそう問いかける。
「あ・・・、いえ、誘われるとは思ってもみなかったので、びっくりして。
 でも、嬉しいです。」
そう言って、帝人は波江に微笑む。
「そう。
 じゃあ、今日は臨也が煩いだろうから、明日にでも電話するわ。」
淡々とそう答えてはいるが、波江の顔は少しはにかんでいた。
「はい。
 あ・・・でも・・・。」
そう返事して、帝人は少し困ったような顔をした。
「何?」
帝人の言いかけに、波江は無表情のまま問いかける。
「いえ、誘ってくださったのも嬉しいんですが・・・、矢霧くんも一緒のほうがいいかなぁと思って・・・。」
そう言うと、帝人は困ったまま小首をかしげた。
「ああ、誠二とはいつでも行けるわ。
 そんな心配しないで頂戴。
 私は、貴方と行きたいんだから。」
波江はそう言いながら、帝人の頭を撫でると、帝人は照れくさそうに赤面しながら、俯いた。
「それじゃ、そろそろ帰るわ。
 明日連絡するわね。」
撫で続けながら波江がそう言うと、俯いたまま帝人が頷く。
作品名:beloved person 作家名:狐崎 樹音