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かえるの王様

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ある日のこと。
リヒテンシュタインは、森へとでかけ、美しい湖のほとりに腰をおろしていました。
サンドイッチの入った小ぶりのバスケットは、兄であるスイスが自ら編んでプレゼントしてくれたものでした。
このバスケットにはリボンが結んであり、これはリヒテンシュタインの髪に結んであるものと同じ綺麗な水色をしていました。
そのリボンをみるたびに、リヒテンシュタインは幸せな気持ちになれるのでした。

「あら、ほどけてしまいそうですわ。」

風が吹く度にひらひらと揺れるリボンは、結び目がゆるんできていて、ほどけてしまいそうでした。
しっかりと結び直そうと手にした瞬間、いたずらな風が吹いて、あっという間にリボンは湖へと飛んでいってしまいました。
リヒテンシュタインはおどろいて、あわてて手をのばしましたが、リボンはどんどん湖の中央へと流されてしまいました。

「た、たいへんです!」

小柄なリヒテンシュタンの腕をいくらのばしたところでもう届きません。長い枝でもないかと周りを見渡しましたが、そう都合よくは落ちていませんでした。
もっと風が吹けば向こう岸へと流れ着かないかしら、と思いましたが風は弱くなるばかりで、とても待ってはいられません。
いっそ泳いでとりにいこうかしら、とも思ったのですが、そんなことをすれば服を濡らしたまま帰ることになってしまいます。びしょ濡れの自分の姿をみて、兄をひどく心配させてしまうことは明白なので、それもできません。
あのリボンは、リヒテンシュタインにとって大切な大切な宝物です。
どうしても取り戻したい。けれどもその方法がまったく思い浮かびません。

「ああ、わたくしはなんて愚かなのでしょう。あんなに大切にしていたのに。外へなどだ
さなければよかった。ああけれど、他の方々にも見ていただきたかったのです。わたくしの兄様がどんなに素敵な方なのか知っていただきたかったのです!もし、どなたかがあのリボンを取ってきてくださるならば、わたくしにできることであればなんでもいたします。」

リヒテンシュタインが、そうなげき悲しんでいると、一匹のかえるが水の中から顔をだし
ました。

「どうしたんだ。一体なにをそんなに悲しんでいるんだ。」

30秒で簡潔に説明するようにと、かえるは言いました。
(かえるがしゃべりましたわ!)
リヒテンシュタインは、びっくりして言いました。

「あの、じつは、大切にしていたリボンが飛んでいってしまったのです。」

不思議なことがおこっているとは思いましたが、リヒテンシュタインは、藁にもすがる思いでかえるにお願いしました。

「かえるさん、お願いです。あなたのお力をお貸しいただけませんか?」

かえるは言いました。

「あの水色のリボンか。わかった、手を貸そう。」

リボンを指してうなずくかえるに、リヒテンシュタインは心からお礼を言いました。

「ありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたします!」

さっそく、かえるはスイスイと湖の中を泳ぎだし、大きな口でリボンをくわえると、くるりと向きをかえてリヒテンシュタインのもとまで帰ってきてくれました。

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

大切なリボンがもどってきたと、リヒテンシュタインは大喜びで手をのばしましたが、どうしたことか、かえるはぴたりと泳ぐのをやめてしまいました。
ちょうど手の届かない距離で、じっとリヒテンシュタインを見つめて言いました。

「約束どおりリボンはとってきた。しかし、これを渡すには条件がある。」

突然そんなことを言い出したかえるに、リヒテンシュタインはおどろきました。
けれどもすぐに気をとりなおして言いました。

「条件とはなんでしょう?わたくしにできることでしょうか?」
「できる。お前が俺を友達にしてくれるなら、お前のとなりに座らせてくれて、食事を一緒にとり、一緒のベッドで寝て、俺を大切に思い、愛してくれるなら、このリボンを返そう。」

どうだ簡単なことだろう、とかえるが言いました。
リヒテンシュタインは、かえるのだした条件を真剣に検討しました。ウソでもできる、と言えばリボンは手元に戻ってきますが、ウソは絶対につきたくありませんでした。

「わたくしこそ、お友達になっていただけると嬉しいですわ。となりに座ることも、食事や睡眠を一緒にとることも、わたくしに異議はございません。しかし、わたくしは兄と一緒に暮らしております。まずは兄に説明する時間をいただけませんか?いきなりお連れしては、その、お気を悪くしないでくさいまし、兄はびっくりしてしまうと思うのです。」

びっくりするどころか銃をふりまわし、かえるを撃ってしまいそうでした。
まずは最初から最後まで、兄に事前に説明しておく必要がありました。

「あなたを大切にするのは、恩人ですもの当然のことです。ですが、愛というものはすぐに生まれるものではありません。ともに互いを知って育んでいくものでございましょう?すぐの返答はしかねますわ。」

リヒテンシュタインは、かえるの目をしっかりと見つめながら答えました。
かえるが言いました。

「了承した。ではまず、お前の兄に話をしてから、俺を一緒に連れていってくれ。もちろん、反対されたなどの言い訳は認めないから肝に命じておくように。」

かえるは、のそりと岸へとあがり、リヒテンシュタインにリボンを差し出しました。
すっかり濡れてしまったリボンを受け取ると、リヒテンシュタインは胸の前で、ぎゅっと強くにぎりしめました。
そして、かえるに何度も何度もお礼を言って、一度兄の待つ家へと帰っていきました。
リヒテンシュタインは、家につくとすぐに兄に駆け寄り、今日あった出来事をすべて話しました。

「そういうことですので、兄さま。いまから、かえるさんをお連れしてきますわ。」

いまにも飛び出していきそうなリヒテンシュタインの腕をつかむと、スイスは言いました。

「なにを馬鹿げたことをいっておる。」

かえるが口をきくなどありえんことだ、と全くとりあってくれません。
それどころか、疲れているんだろう、と言って、リヒテンシュタインを寝室に押し込めてしまいました。

「お兄さま、本当です!わたくしは本当に、かえるさんと約束をしたのです!」
「わかったわかった。今夜は熱がでてくるかもしれん。ゆっくり寝ていなさい。」
「お願いです、お兄さま。わたくしを森に行かせてください!」

リヒテンシュタインは必死に言いましたが、兄に「・・・あまり心配させるな」、とつらそうに言われてしまい、とうとう大人しくベッドへと横たわりました。
スイスは、いい子だとリヒテンシュタインの頭を優しくなでると、近くにある椅子を引き寄せて、腰をおろしました。

「眠るまで側にいよう。」
「本当ですか?!」
「ああ。安心して眠るがいい。」
「ありがとうございます。・・・うれしいです。」

リヒテンシュタインは、湖のかえるのことを思うと胸が痛みました。
けれども、それにもまして大好きな兄が側にいてくれることが嬉しくて、とうとうそのまま眠ってしまいました。

作品名:かえるの王様 作家名:飛ぶ蛙