かえるの王様
翌朝、リヒテンシュタインとスイスが食卓についていると、扉をノックする音が聞こえました。
こんなに朝早くに誰だろう、と2人は首をかしげました。
リヒテンシュタインが戸をあけると、そこには昨日のかえるがいました。
「言い訳は認めないと言ったはずだ!」
かえるは大きな声で言いました。
よくみれば、かえるの体は泥で汚れていて、湖から遠く離れた道のりが楽ではなかったことを物語っていました。
リヒテンシュタインは、昨夜の自分を恥じました。自分の欲を優先して約束を後回しにしてしまうなんて、親切を仇で返えしたも当然でした。兄がわかってくれるまで、話し合いをすべきだったのです。
「言い訳はいいません。約束を破ってしまって本当にごめんなさい。そのうえに、大変なご苦労をおかけしてしまって申し訳ございません。さぞ遠かったでしょう。」
リヒテンシュタインは、かえるの前に膝をつくと、優しく両手ですくい上げました。
「今からでも遅くなければ、約束を守らせてください。」
かえると目の高さまで持ち上げると、懇願するように言いました。
「・・・何のために、ここにいると思っているんだ。」
かえるは何故かそっぽをむいて言いました。
遠まわしなYESの返事に、リヒテンシュタインは思わず笑ってしまいました。
そのまま食堂にもどると、まだ食事をとっていたスイスに、かえるを差し出しながら言いました。
「お兄さま。昨日お話しした親切なかえるさんです。」
びっくりしているスイスを気にもせず、続けてこう言いました。
「わたくしが戻らないので、心配してわざわざ来てくださったんです。」
「わたくし、約束どおりに今日から、かえるさんと一緒に過ごします。お兄さまがどんなに反対なさろうとも!」
断固たる意思を強調して、リヒテンシュタインは言いました。
あっけにとられたまま何も言えないスイスに、かえるも口を開きました。
「世話になる。」
低い男の声でした。
雄か!と的外れな事に衝撃を受け、スイスはさらに固まってしまいました。
目の前で繰り広げられる食事風景は、スイスにとって、まさに悪夢でした。
「スープも飲みたいんだが。」
「このままでは熱いですわ。少し冷ましますね。」
リヒテンシュタインは、スプーンですくったスープに、ふうふう、と息を吹きかけて熱を冷ましました。
そしてそれを、大きく開いたかえるの口へと、ゆっくりと流しこみました。
「熱くはありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「では、もう一口どうぞ。」
かえるが喋る、ということだけでも信じられないスイスでしたが、それ以上に可愛い妹が醜いかえるに甲斐甲斐しく世話をやいているのが、もっと信じられませんでした。
信じたくない光景でした。
「リヒテン、そやつから離れろ!」
スイスは何度もそう言いましたが、リヒテンシュタインは、「約束は守れと、いつもおっしゃっているではありませんか。」と耳を貸しませんでした。
すっかり食事もすんで、お腹がいっぱいになったかえるは言いました。
「うまかった、もう充分だ。眠くなってきたので、俺をお前の部屋に連れていってくれ。そして、いっしょに眠ろう。」
「では、用意をしなければいけませんね。」
リヒテンシュタインは、あっさりと承諾しました。
スイスは、それを聞いて驚きました。
醜いかえるが可愛い妹と一緒に眠るだなんて、許し難い行為でした。
「正気かリヒテン?!貴様、かえるの分際で調子にのるのもいい加減にしておけ。」
スイスは、とうとう顔を真っ赤にして怒りました。
「彼女は、俺との約束を果たしているだけだ。いくら兄とは言え、貴様が口を挟む権限などないはずだ。」
わかったような口をきくかえるに、スイスの怒りはマグマのように噴出しました。
ならん!許さんぞ!とリヒテンシュタインに言いました。
「そんな気味の悪いかえるなど、放り出してしまえ!」
スイスは、リヒテンシュタインに口を挟む間をあたえず、かえるを乱暴に掴むと、びちゃり、と壁に叩き付けました。
ずるり、と下に落ちたかえるのもとに、リヒテンシュタインは急いで駆け寄りました。
「お兄さまっ!あんまりのなさりようですわっ!!」
リヒテンシュタインは、つぶれてしまったかえるを抱きあげようとしました。
けれども、かえるは死んではいませんでした。
2人の目の前で、つぶれたはずのかえるは、体躯の良い青年へと変貌したのでした。
青年は、ドイツと名乗りました。
ドイツはいまや2人の大切な家族となりました。
スイスは立派な体格の青年となったドイツを気に入り、あれこれと訓練に引っ張りまわしていました。
ドイツもスイスの期待に応えるかのように立派に成長し、よく働きました。
そして約束のとおり、リヒテンシュタインはドイツを大切にしました。喜んで一緒に食事をし、ドイツの隣はリヒテンシュタインの指定席となりました。
そうして三人は、末永く、仲良く暮らしたのでした。