宵闇の誓い
【宵闇の誓い】
ロンダルキアへの洞窟で命の紋章を見つけ、心を象徴とする5つの紋章が全て揃った。
精霊はいざないの唄を唄う。
精霊神の下へ…と。
サマルトリア王国の王子コナンは、生まれながらに精霊の声を聞くことが出来る少年だった。
5つの紋章が揃い、精霊の唄が耳に届く。
コナンは、共に旅をしている仲間、ローレシア王国の王子ラセルとムーンブルク王国の王女アイリンにその事を話すと、3人は精霊が示している精霊神の祠へと船を走らせた。
ラセルとコナンが交代で舵を取り、大海原に出て2日。
コナンは甲板に座り、瞳を閉じて様々な[声]に耳を傾けていた。
こつ、こつ……。
「……」
乾いた甲板に軽い靴音が鳴り、コナンはゆっくりと目を開けた。
靴音と共にコナンに近づいて来たのはアイリンだった。
コナンはアイリンを見上げて微笑む。
そのコナンの微笑みを見て、アイリンもやんわりと微笑んだ。
「御免なさい。邪魔しちゃったかしら」
「そんなこと無いよ。天気のことを聞くついでに他愛無い会話をしてただけだから」
そう言って、コナンはゆっくりと立ち上がる。
潮の香りと共に、甲板を涼風が吹きぬける。
フードを外していた為、ふわりと風を含む自分の髪にアイリンはそっと触れた。
「いい風ね」
「ああ。後5日くらいはこの天気が続くみたいだし、この調子ならさして苦労無く着くんじゃないかな」
そう言って、コナンは光彩陸離の広がる海原を微笑みながら見つめる。
アイリンも視線を海に移し、そっとコナンに語りかける。
「どう? ザオリクの契約、順調にいってる?」
「ああ。こっちも後数日ってくらいかな」
「無理はしないでね」
やさしく包み込むような表情で、アイリンはコナンに視線を向ける。
コナンもアイリンを見、ゆっくりと頷いた。
「分かってる。心配させるような無茶はしないよ」
答えた後で、コナンは再び海に視線を移した。
(やっぱりアイリンには言えないな…)
心の中でそう呟くと、コナンはザオリクを身につける為に聞いた精霊の声を思い出していた。
――死を知る者は献身を抱いて生を知る――
精霊がコナンに語ったこの言葉。
死を知ること…即ちそれは死を知ることへの覚悟であり、そこに隠されていた呪文はザラキだった。
そして…。
――生を知る者は祝福と出会いて命を知る――
この言葉に隠されていた呪文は命への祝福…今や失われた伝説の呪文、ザオリクだった。
そのザオリクを身につける為に、コナンはザラキを身につけた。
実際にザラキを唱え、その呪文の恐ろしさを突き付けられた時、コナンは1つの疑問に躓いた。
死を知らしめるザラキ。
祝福をもたらすザオリク。
では[献身を抱く]とはどういう意味なのか?
だが、その答えを見つけるのに時間はかからなかった。
――献身を抱いて生を知る――
大切な命を呼び戻すことを望む時、己を捧げられる程に命を、生を、生きる意味を、生かす意味を、深く知れという事であり、つまりは…自己犠牲。
そこに隠されていた呪文はメガンテであり、ザオリクを契約した後でメガンテの契約が必要とされた。
メガンテは、ザオリクを操ることへの最後の審判と言っても良かった。
自分の命と引き換えに敵を撃つその呪文を、コナンはアイリンに言うことが出来なかった。
こんなにも自分を心配してくれるアイリンに、メガンテの呪文のことを話せないでいた。
アイリンだけじゃない。自己犠牲となればラセルにだって絶対に止められるだろう。
それに、呪文は呪文書と術者の相性とで契約の可能不可能が決まる。
現に、今までの呪文は全てそうだった。自分がザオリクを覚えて呪文書を作れば、上手くいけばザオリクのみをアイリンに教えることが可能かもしれない。
ならば必要に迫られるその時まで、メガンテのことを言う必要は無い。
コナンは果てしなく広がる大海原を見つめる。
精霊から直に呪文を習うには様々な条件がついてくるが、人が人に教える場合は書物で事が足りてしまう。
コナンは改めて呪文という力の大きさを実感し、苦笑した。
穏やかな天気に相応しい心地良い風が帆を張り、コナンとアイリンの髪と衣服を揺らす。
それを少し離れた場所で舵を握るラセルは微笑みながら見ていた。
ラセルは2人がお互いを想っていることに気付いていた。
ラセルは人の表情の変化に敏感な所があり、アイリンは隠し事が苦手な為、容易に察しはついた。
変な所で鋭い奴だと、以前コナンに言われたこともあった。
コナンが身に纏う橙のマントと深緑の法衣を見ながら、この穏やかな航海に心の底から感謝した。
魔物の襲来は避けられないが、コナンが精霊の声を聞き天気を読んでくれるおかげで嵐にも逢わず、陸でも天候による苦労はさほどに無かった。
ラセルはふと、旅立って間もない頃を思い出した。
ローラの門を通りぬけ、ムーンペタへの道を急いでいた時だった。
「ひと雨来そうだな…」
薄暮時の平原。
どんよりと空を覆う雨雲を見上げながら、ラセルは呟いた。
コナンもつられて空を見上げる。
「あぁ…大丈夫だよ。この雲はすぐに切れるから、雨は降らないよ」
「え、何でそんなことが分かるんだ?」
「さっき精霊に聞いたんだ」
「へぇ…そんなことも出来るんだ」
曇り空を見上げたまま、ラセルは感心して言う。
コナンに精霊の声を聞いたり話をしたりする力があることは、幼い頃から知っていた。
そのせいか、周囲からはよくマイペースとか暢気者とか言われたりもしていた。
だが、天気を読むことが出来るまでとは思わなかった。
「ああ。でも、今日中にムーンペタには着けそうにないね。
今日は天気の心配もないし、もう少し歩いたら野宿した方がいいね」
空を仰ぎ見ていたコナンは、視線を近くの森に移した。
「そうだな」
ラセルも森を見て頷いた。
夜も深まり、森の中に少し踏み入った所で2人は火を起こした。
コナンの言った通り雲はすぐに切れ、森の木々の合間から月明かりが差していた。
焚き火を挟んで向かい合う2人。
「それにしても驚いたな。まさか天気を読むことが出来るなんて」
焚き火で暖めた飲み物を入れたカップを口に運びながら、ラセルはコナンに言った。
コナンはカップを手にしたまま焚き火を見つめ、やがて口を開いた。
「大したことじゃないよ。僕は精霊の声を聞いてるだけだし」
それだけ言うと、コナンは微かに微笑む。
しばしの沈黙。
焚き火の音だけが耳に入る。
カップの中の飲み物を飲み干すと、ラセルは意を決したようにコナンに問うた。
「…なぁコナン。お前が城を出たのって、やっぱりムーンブルク城が陥落したから?」
沈黙を破った親友の声。
呼吸数回の間を置いて、コナンはカップの中の飲み物を見ながら答える。
「ああ。だけど、ハーゴン討伐が第一の目的じゃないけどね」
「え? じゃあ何で…」
「君だよ」
「俺?」
コナンの意外な答えに、ラセルは驚いて聞き返した。
そんなラセルの反応を予想していたのか、コナンはすました顔で飲み物を一口飲むと、落ち着いた口調で答える。
「正義感が強い君のことだから、これ以上の被害を出さないように一刻も早くハーゴンを倒そうと真っ直ぐ突き進もうと考えてるだろう」
「ああ」
ロンダルキアへの洞窟で命の紋章を見つけ、心を象徴とする5つの紋章が全て揃った。
精霊はいざないの唄を唄う。
精霊神の下へ…と。
サマルトリア王国の王子コナンは、生まれながらに精霊の声を聞くことが出来る少年だった。
5つの紋章が揃い、精霊の唄が耳に届く。
コナンは、共に旅をしている仲間、ローレシア王国の王子ラセルとムーンブルク王国の王女アイリンにその事を話すと、3人は精霊が示している精霊神の祠へと船を走らせた。
ラセルとコナンが交代で舵を取り、大海原に出て2日。
コナンは甲板に座り、瞳を閉じて様々な[声]に耳を傾けていた。
こつ、こつ……。
「……」
乾いた甲板に軽い靴音が鳴り、コナンはゆっくりと目を開けた。
靴音と共にコナンに近づいて来たのはアイリンだった。
コナンはアイリンを見上げて微笑む。
そのコナンの微笑みを見て、アイリンもやんわりと微笑んだ。
「御免なさい。邪魔しちゃったかしら」
「そんなこと無いよ。天気のことを聞くついでに他愛無い会話をしてただけだから」
そう言って、コナンはゆっくりと立ち上がる。
潮の香りと共に、甲板を涼風が吹きぬける。
フードを外していた為、ふわりと風を含む自分の髪にアイリンはそっと触れた。
「いい風ね」
「ああ。後5日くらいはこの天気が続くみたいだし、この調子ならさして苦労無く着くんじゃないかな」
そう言って、コナンは光彩陸離の広がる海原を微笑みながら見つめる。
アイリンも視線を海に移し、そっとコナンに語りかける。
「どう? ザオリクの契約、順調にいってる?」
「ああ。こっちも後数日ってくらいかな」
「無理はしないでね」
やさしく包み込むような表情で、アイリンはコナンに視線を向ける。
コナンもアイリンを見、ゆっくりと頷いた。
「分かってる。心配させるような無茶はしないよ」
答えた後で、コナンは再び海に視線を移した。
(やっぱりアイリンには言えないな…)
心の中でそう呟くと、コナンはザオリクを身につける為に聞いた精霊の声を思い出していた。
――死を知る者は献身を抱いて生を知る――
精霊がコナンに語ったこの言葉。
死を知ること…即ちそれは死を知ることへの覚悟であり、そこに隠されていた呪文はザラキだった。
そして…。
――生を知る者は祝福と出会いて命を知る――
この言葉に隠されていた呪文は命への祝福…今や失われた伝説の呪文、ザオリクだった。
そのザオリクを身につける為に、コナンはザラキを身につけた。
実際にザラキを唱え、その呪文の恐ろしさを突き付けられた時、コナンは1つの疑問に躓いた。
死を知らしめるザラキ。
祝福をもたらすザオリク。
では[献身を抱く]とはどういう意味なのか?
だが、その答えを見つけるのに時間はかからなかった。
――献身を抱いて生を知る――
大切な命を呼び戻すことを望む時、己を捧げられる程に命を、生を、生きる意味を、生かす意味を、深く知れという事であり、つまりは…自己犠牲。
そこに隠されていた呪文はメガンテであり、ザオリクを契約した後でメガンテの契約が必要とされた。
メガンテは、ザオリクを操ることへの最後の審判と言っても良かった。
自分の命と引き換えに敵を撃つその呪文を、コナンはアイリンに言うことが出来なかった。
こんなにも自分を心配してくれるアイリンに、メガンテの呪文のことを話せないでいた。
アイリンだけじゃない。自己犠牲となればラセルにだって絶対に止められるだろう。
それに、呪文は呪文書と術者の相性とで契約の可能不可能が決まる。
現に、今までの呪文は全てそうだった。自分がザオリクを覚えて呪文書を作れば、上手くいけばザオリクのみをアイリンに教えることが可能かもしれない。
ならば必要に迫られるその時まで、メガンテのことを言う必要は無い。
コナンは果てしなく広がる大海原を見つめる。
精霊から直に呪文を習うには様々な条件がついてくるが、人が人に教える場合は書物で事が足りてしまう。
コナンは改めて呪文という力の大きさを実感し、苦笑した。
穏やかな天気に相応しい心地良い風が帆を張り、コナンとアイリンの髪と衣服を揺らす。
それを少し離れた場所で舵を握るラセルは微笑みながら見ていた。
ラセルは2人がお互いを想っていることに気付いていた。
ラセルは人の表情の変化に敏感な所があり、アイリンは隠し事が苦手な為、容易に察しはついた。
変な所で鋭い奴だと、以前コナンに言われたこともあった。
コナンが身に纏う橙のマントと深緑の法衣を見ながら、この穏やかな航海に心の底から感謝した。
魔物の襲来は避けられないが、コナンが精霊の声を聞き天気を読んでくれるおかげで嵐にも逢わず、陸でも天候による苦労はさほどに無かった。
ラセルはふと、旅立って間もない頃を思い出した。
ローラの門を通りぬけ、ムーンペタへの道を急いでいた時だった。
「ひと雨来そうだな…」
薄暮時の平原。
どんよりと空を覆う雨雲を見上げながら、ラセルは呟いた。
コナンもつられて空を見上げる。
「あぁ…大丈夫だよ。この雲はすぐに切れるから、雨は降らないよ」
「え、何でそんなことが分かるんだ?」
「さっき精霊に聞いたんだ」
「へぇ…そんなことも出来るんだ」
曇り空を見上げたまま、ラセルは感心して言う。
コナンに精霊の声を聞いたり話をしたりする力があることは、幼い頃から知っていた。
そのせいか、周囲からはよくマイペースとか暢気者とか言われたりもしていた。
だが、天気を読むことが出来るまでとは思わなかった。
「ああ。でも、今日中にムーンペタには着けそうにないね。
今日は天気の心配もないし、もう少し歩いたら野宿した方がいいね」
空を仰ぎ見ていたコナンは、視線を近くの森に移した。
「そうだな」
ラセルも森を見て頷いた。
夜も深まり、森の中に少し踏み入った所で2人は火を起こした。
コナンの言った通り雲はすぐに切れ、森の木々の合間から月明かりが差していた。
焚き火を挟んで向かい合う2人。
「それにしても驚いたな。まさか天気を読むことが出来るなんて」
焚き火で暖めた飲み物を入れたカップを口に運びながら、ラセルはコナンに言った。
コナンはカップを手にしたまま焚き火を見つめ、やがて口を開いた。
「大したことじゃないよ。僕は精霊の声を聞いてるだけだし」
それだけ言うと、コナンは微かに微笑む。
しばしの沈黙。
焚き火の音だけが耳に入る。
カップの中の飲み物を飲み干すと、ラセルは意を決したようにコナンに問うた。
「…なぁコナン。お前が城を出たのって、やっぱりムーンブルク城が陥落したから?」
沈黙を破った親友の声。
呼吸数回の間を置いて、コナンはカップの中の飲み物を見ながら答える。
「ああ。だけど、ハーゴン討伐が第一の目的じゃないけどね」
「え? じゃあ何で…」
「君だよ」
「俺?」
コナンの意外な答えに、ラセルは驚いて聞き返した。
そんなラセルの反応を予想していたのか、コナンはすました顔で飲み物を一口飲むと、落ち着いた口調で答える。
「正義感が強い君のことだから、これ以上の被害を出さないように一刻も早くハーゴンを倒そうと真っ直ぐ突き進もうと考えてるだろう」
「ああ」