宵闇の誓い
「まぁ、気持ちは解るけどね。僕だって出来れば急ぎたい。
ハーゴンは邪教を崇める大神官だって話だし。だとしたら、ハーゴンの後ろに邪神がいる。
最悪の場合、僕達はハーゴンじゃなくてその邪神を倒さないといけなくなるかもしれない。
仮にも神の加護を受ける神官と、神を倒すことになれば、こっちも闇雲に進めば良いってワケにもいかないだろう?」
「……」
的を射たコナンの言葉に、ラセルはただ頷くことしか出来ない。
そんなラセルをしっかりと見ながら、コナンは更に言葉を継いだ。
「僕は剣術もままならないし、呪文も護身程度にしか扱えない。
だけど精霊の声を君に伝えたり、何かしらの助力になるのなら、君を助けることが出来るなら、それが、きっとロトの子孫として僕に与えられた役目なんだと思う。
だから、この法衣も願掛けのつもりだよ。
自分の身1つ満足に守れないのに軽鎧はおろか旅装束すら身に着けてなくてすまないんだけど…」
そう言って、コナンは自分が身に付けている衣服に視線を移す。
遥か昔、勇者ロトの傍らにいたという僧侶が身につけていた法衣が書物に残されていた。
やがてその法衣は形のみ再現され、高位の神官にのみ身に纏うことが許された。
コナンも、精霊の声を聞く力を役立てようとサマルトリア神官長から様々なことを学んだ。
今、コナンが身につけているロトの紋章が染められた深緑の法衣は、いわば神官としての正装であった。
リリザの町で出会ったコナンのその姿に、ラセルが軽い目眩を覚えたのも数日前のことだ。
だが、コナンがあえて法衣を身に着けて国を出た理由を初めて聞いて、ラセルはコナンの心を、今になってやっと解った気がした。
「いや、大助かりだ。コナンの言う通りだよ。
俺たちが倒そうとしている相手は確かに大きい。だからこそ慎重にならないといけないのに、危うく先走るところだった。
まぁ…正直リリザで出会った時、君のその衣服を見て驚いたけど…。
これからも色々助けて欲しい。力を合わせてハーゴンを倒そう!」
そう言って、ラセルは右手胸元まで持ってきて決意を込めてぐっと握りしめる。
「ああ!」
コナンも、ラセルと同じように右手をぐっと握りしめ、大きく頷いた。
が、すぐに真剣な瞳と表情とでコナンはラセルを見る。
「だけど、出来る限りは急がないと。
世界を滅ぼすか征服かが目的なら、ムーンブルクの陥落以後、何も動きが見られないのもおかしい。もし、それが邪神を呼び出す為にロトの一角を崩してこちらの抵抗の意志をそぐのが目的だったとしたら、まだ現れてないであろう邪神の降臨を防ぐことも可能かもしれないし、逆に邪神が降臨してしまったら、もうどうすることも出来なくなってしまうかもしれない。
これはあくまで僕の憶測でしかないけど、ハーゴンに目立った動きが見られない今が残されたチャンスなのかも」
コナンの言葉に、ラセルも真剣な眼差しで頷く。
「そうだな。このチャンス、決して無駄には出来ない」
思い出をそっと胸の奥にしまいながら、ラセルは晴れ渡った空を見上げた。
(ここまで来れたのも、世界を救うチャンスを得ることが出来たのも、コナンのおかげだな…)
所々、点々と大空を泳ぐかのように浮かぶ雲を目で追うと、自然と顔が綻んだ。
「ラセル、ラセル!」
そんなラセルの耳に、突如自分の名を呼ぶ声が届いた。
慌てて声のする方を向くと、そこにはコナンが立っていた。
「え! あ、コナン…」
「舵の交代の時間だっていうのに、上向いて何ボーっとしてるんだよ」
やれやれ…と、いった口調で言うコナン。
ラセルはすまなそうに頭を軽く掻く。
「あぁ、ごめん。ちょっとムーンペタへ向かってた時のことを思い出しててさ」
「ムーンペタ? …もしかしてあの野宿した時のこと?」
「ああ。ここまで来れたのはコナンのおかげだな…って思ってさ」
そう言って、ラセルは微笑みながら穏やかな海を見る。
「……」
そんなラセルに、コナンはしばし閉口した。
が、呼吸数回の時を置いた後、言葉を紡ぎ始めた。
「ラセル、それは違うよ。
ここまで来れたのは剣技に長けたラセルと、魔力の高いアイリン、そこに僕が知識をのせた。3人揃ってたからこそここまで来れたんだ。
決して僕だけの力じゃない、僕ら3人の力だよ。
…っていうかさぁ、まだロンダルキアに踏み入ってもいないのに、ここまで来れたのは…なんて、気が早くないか?」
横に立つコナンの言葉に、ラセルは視線を海からコナンに移す。
真顔のコナンに、ラセルは思わす笑みがこぼれた。
「まぁな。だけどさ、今日まで本当にいろいろあった。それを1つ1つ為し遂げる度にここまで来たんだ、もっと頑張らないとって思う。気が早いとかじゃなくて、終わりの先にある始まりへの決意だと、俺は思ってる。そういうのも有りだろ?」
笑みを浮かべながらそう言うラセル。
ラセルを見ていたコナンの表情にも笑みが差した。
「そうだね。じゃあ僕もそれに乗ろう」
コナンは瞳を閉じてゆっくりと、その一言を大切に紡いだ。
ラセルの、この何事にも前向きに構える所がコナンはとても気に入っている。
前向きなだけではない。ラセルは様々な意見や情報を常に真剣に心に留める。
時には根も葉も無い噂まで信じてしまうこともあるが、そこが彼の長所であり短所でもある。
そして、その正義感と留意心こそが上に立つ者の器だと、コナンは思っている。だからこそ、この討伐の旅で彼を失ってはならない。
コナンは、船で向かっている精霊神の祠の方角を翡翠の瞳でまっすぐ見つめた。
願わうらくば、この旅路を行く友に、大いなる加護があらんことを。