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神様の我儘。

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神様の我儘。



 音も無く、彼は現れた。傷だらけの幼い少女を抱えて涙する青年の前に。
 まとめあげられた髪は陽光を凝縮したかのような眩い金、同じ色の長い睫毛が縁取る瞳は、晴れ空の色をそのまま切り取ったような青。白磁の様な肌に、端正な顔立ち。
 鍛えられたしなやかな体躯を包むのは、金糸で細かな模様が縁取られた純白を基調とした法衣だ。胸元には金のロザリオが輝いている。そして右手には黒い表紙の本を携えている。どんな辞書よりも分厚いその本は何の飾り気も無く、彼の装束と対照的で異質な空気を感じさせた。
 濃茶の髪の青年は瞬時に目を奪われた。驚きのあまりに、涙も止まってしまったようだ。人ならざる者だと、直感で感じ取った。表情の読めない顔、けれど視線が反らせない。神か、御使いか――どちらでも構わない。今重要なのは。
「たすけ、て」
 青年は掠れた声で呟いた。腕の中の少女を抱く手に力が篭もる。少女の居た村は野盗に襲われ、焼き払われた。青年が駆け付けた時には何もかも遅く、瀕死の少女を抱えて逃げ去るのが精一杯だった。戦乱の世ではありふれた話。けれど彼女は、本当に優しい娘だったのだ。こんな年端もいかない少女が、まだ死ぬべきじゃない、だから神様が助けに来てくれたのだ、と。そう思った。
「……助ける? 何故」
 形の良い唇が開かれ、紡がれた声は男性らしい低く美しい音。けれどその言葉は青年の期待を砕くものだった。青年は目を見開いて、声を荒げた。
「何故、って……このままだと、この娘、死んじゃうじゃないか!」
「そうだな。その娘はもうじき死ぬ」
 淡々と告げられ、青年は肩を震わせた。髪と同じ色の濃茶の瞳に、再び涙が浮かびあがる。
「お前、神様じゃないの?」
「神ではない。お前達の言葉で言うなら、天使だ」
 訝しげな表情の青年に、彼はさも仕方ない、という風に溜息を吐いて目を閉じた。刹那、背に浮かび上がった光の翼。ゆっくりと広がる動きに合わせて、羽根が数枚散った。そのうち一枚がふわりと風に乗り、青年の目の前に舞い降りた。
 それは限りなく透明で、陽光を反射し淡い虹色に輝いている。輝きからプリズムのような硬質さを連想させたが、触れてみれば上質な羽毛に似た柔らかさを持っていた。
「……天使って、子供の姿をしてるんだと思ってたよ」
「それも天使には違い無いが、あんな下級と一緒にするな」
 そう言って彼は眉根を寄せた。青年は一度唇を引き結び、それから意を決して言葉を発した。
「神様でも天使様でもなんでも良いよ、力があるんだろ、だったら助けてよ!!」
「さっきから何を勘違いしているのか知らないが。俺の仕事は肉体から魂を引き離し、魂を連れていく事だ」
「なんだよ、それ……」
「告死天使。聞いた事は無いか」
 青年は首を左右に振った。そんな名前は初めて聞いた。
 天使というのは神の御使いで、純粋で穢れなきイメージで、愛や平和を司る存在ではないのか。確かに目の前の彼は美しい、神聖と言えばそうなのだろう、けれど。
 納得が出来なかった。混乱した思考の中で、返す言葉など出て来ない。
 死を告げる? 魂を連れていく? この娘はまだ死んでない、生きてるのに。
「まあいい」
 彼は一歩一歩、ゆっくりと青年――いや、少女の元へ歩み寄る。青年は少女を守るように、回す腕に更に力を込めた。彼との距離が縮まる度に、少しずつ近付いて来る死の足音。
 手を伸ばせば届きそうな距離で、彼は立ち止まると、左手を掲げた。
 同時に、少女の身体から力が抜け落ちた。か細い呼吸も消え、段々と熱を失っていく小さな身体。ぽたぽたと、少女の頬に雫が零れ落ちた。青年の目からは止め処なく涙が溢れ、喉からは嗚咽が零れた。
 それを無表情に一瞥し、彼は本を開くと、紙面の一部を指先でなぞった。何をしているのかは分からなかったが、少女の死と関わっているのは間違いないだろう。
 そのまま踵を返し、彼は立ち去ろうとする。青年は少女の亡骸を抱えたまま、彼の背を睨み付けると、掠れた声で叫んだ。
「天使なんて……嘘だ、お前なんて、ただの――!!」



「死神、か」
 自嘲に口元を歪め、彼は呟いた。少女の魂を連れ、在るべき場所へと導いてきたのだ。後は、『上』の仕事だ。どうなるかは分からないが、心優しい少女だったと言うのならば、おそらくは適切な器が見つかり次第転生するのだろうと思う。尤も、それは彼の知る所ではないのだが。
 後は、『上』に報告をしなければならない。広い大聖堂に似た建物の長い廊下を歩き、奥にある一室へと向かう。執務室の扉を開けると、そこには大きな窓が一つと、大量の書類が積まれた一組の机と椅子が見えた。少し視線を動かせば、古い本がぎっしりと詰まった本棚もある。
 執務机で書類にペンを走らせている青年の元へ、彼は歩み寄った。
「終わりました」
「御苦労さん」
 書き物の手を止め、青年は顔を上げ微笑んだ。濃紺を基調としたローブにゆったりと身を包み、胸元には彼と揃いの金のロザリオを下げている。髪色は、彼が陽光ならばこちらは月光――さらりと流れる白銀の髪と純度の高い紅玉のごとき真紅の瞳。彼とはまた違い、目を奪われる程の整った容姿は、どこか幼さも秘めている。
「どうした、ルートヴィッヒ。何があった?」
 呼ばれ、彼は言葉を失った。青い瞳に戸惑いの色を浮かべていたが、すぐに溜息と共に苦笑を漏らした。
「……貴方には適わないな。いや、いつもの事だ」
 無残な死に向き合うのも、世の不条理を見る事にも、そして遺された者達に死神と罵られるのも、もう幾度となく繰り返された事だ。初めは辛いと思う事もあった。それでも、自分には与えられた役割をこなすしかないのだ。そう割り切っている。
「……おいで」
 ルートヴィッヒは机を回り込み、傍に歩み寄った。
「悪いな、嫌な役を押し付けて」
 腕を掴み、青年――ギルベルトは目を伏せた。そんな事は無い、とルートヴィッヒは否定した。
 神とて、万能ではない。ギルベルトが司るのは魂の流れの管理だ。死の迫った者の元へ赴いてルートヴィッヒが魂を回収する。その魂を、ギルベルトが次に送りだす。行先は決められても、死の運命までは変える事が出来ないのだ。
「辛いか?」
「辛くなどない。貴方がこうして与えてくれた生に、俺は感謝している」
 ルートヴィッヒは元々人間だった。幼くして病に倒れたその魂を拾い上げ、自らの元に置いて育てたのが、ギルベルトだった。人の世とは理の違う世界、その中でルートヴィッヒは成長し、今は青年の姿を取っている。無位だった階級も、随分と高くなった。そして、もう一つ。
「それに、貴方の傍に居られるのなら、俺は」
「……ルッツ」
 言葉を奪うように、ギルベルトが名を呼んだ。愛称で呼ばれた事に、ルートヴィッヒは僅かに視線を泳がせた。腰に腕を回して抱き寄せられ、向かい合ったまま膝を跨ぐようにして座る。羞恥に顔が熱くなっていくのが、分かった。そしてゆっくりと、唇が重ねられた。



 何度か頬に口付けを落とし、首筋に唇を寄せながら法衣を肌蹴させていく。
「ふ……ッ……」
 背中の肩甲骨の辺り――今は仕舞われた羽の付け根を、指先でそっと辿る。
「なんですぐ仕舞っちゃうんだよ、羽」
作品名:神様の我儘。 作家名:片桐.