最高のFINALE
4
身体が鉛の様だ。
べジータは時々、ふらつきながらもカプセル・コーポへと向かって飛んでいた。
足元から崩れる様に抜けていく気。それを押さえつけ、空を飛ぶ事がもう困難になっていた。
平衡感覚を失い、宙に立ち止まっては激しく肩で息をする自分に、べジータは苦笑した。
(カカロット、もしお前が今のこの俺を見たら、何と言うだろうな)
自分が唯一その力を認めた、今ではこの世にたった二人の同種族。ふと、べジータは「孫悟空」を思い出す。
大切な者のために戦う意味。愛する者のために生きる意味。
それを知る切っ掛けをべジータに与えたのは、紛れも無く、「孫悟空」だった。
そして今では、その意味がはっきりと分かる。少し、悔しい程に。
もしこんな事を話したら、お前は笑うだろうな。あのいつもの、腹の立つ、屈託無い笑顔で。
(な?家族っていいもんだろ?)
べジータは再び顔を上げる。自分の大切な者達の居る方へ。
戻らなければ。
最後にもう一度、その「暖かさ」を確かめる為に。
ブルマは一人、広いカプセル・コーポの庭で明け方の空を見ていた。
新しい朝の光が、たくさんのビルの窓に反射して、きらきらと煌いている。
目を覚ました時、彼は隣に居なかった。
何処へ行ったのか、などとブルマは考えもしなかった。
何十年ものこの長い年月を、こんな事は当たり前に過ごして来たのだ。
「まったく、ほんとにいつまでたっても落ち着かないんだから」
ブルマは誰も居ない、空に向かって話しかけた。
やはり、昨晩の会話は自分の思い過ごしだったのだろう。
お互いに歳を重ねて、若かった昔と違うのは当然の事だ。今では自分自身も、二十代、三十代の頃の様なエネルギーはもうないのだ。幾ら若い時代が長い彼等の種族であっても、それは例外ではないのだろう。
彼がいない事が、ブルマにとってはある意味安堵をもたらした。
(またきっと何処かで、訳の分からない訓練でもやってるんでしょ?)
それがやっぱり、あんたらしいわよね。
ブルマはそう思いながら、真っ白な朝の光に目を細めた。その時。
「…珍しく、早起きだな」
聞きなれた悪態がブルマの耳に届く。
声のした方に振り返ると、いつの間にか、ブルマの居る場所から少し離れた大きな木の下に彼が居た。
「あんたこそ、お早い帰りね。いつもに比べたら」
ブルマのその言葉に、べジータはふん、といつもの様にそっぽを向く。
いつもの彼だった。胸を張り、腕を組んだ姿勢も、素直じゃないその横顔も。
大丈夫。ブルマはそう確信した。やはりあれは自分の思い込みだったのだと。
「お腹すいてるでしょ?すぐ朝食準備するから」
「…ああ」
意気揚々とカプセル・コーポ内へと戻るブルマを、べジータは黙って見送った。
そしてその姿が、スライドドアの向こうに消えた瞬間、べジータはその場に崩れ落ちた。
変わらずに、傍に居る事。
その限界が、もうすぐそこまでやって来ていた。
***
まだだ。
まだだ。
今ここで力尽きる訳にはいかない。
ここで倒れては、あいつらに気づかれる。それだけは絶対に駄目だ。
べジータは地に両手をつき、必死に身体を支えた。
腕ががくがくと震える。しかし歯を食い縛り、力づくで身体を引き起こす。
限界だった。
ブルマやブラの前では出来る限り平静を装っていたが、今はもう立ち上がる事すら身体が拒否し始めている。
トランクスをカプセル・コーポに寄せ付けない為、残り少ない「気」を使って飛んだ事も影響しているのだろう。
もうすぐ、自分の「気」は尽きる。
幹を支えに何とか立ち上がり、べジータは空を仰ぎ見た。
陽はしっかりと昇り切り、空は抜けるような青。
あいつらの瞳と同じ色だな、とべジータは思った。
その愛する色に最期に出逢えた。大切な家族の瞳と同じ色の空。
この「青」を、俺は死んでも忘れない。
「あいつ、何やってるのかしら。折角の料理が冷めちゃうじゃないの」
ブルマはテーブルに所狭しと並べられた朝食を前にして言った。
もうすぐ一時間は経つ。シャワーを使っているにしても長すぎる。
いい加減、呼びに行こうか。ブルマがそう考えてリビングを出た、その時だった。
「ママ!」
突然、自室からブラが飛び出して来た。ブルマは少し驚き、
「何よあんた。まだ起きる時間には早いんじゃないの?」
そう言ったが、ブラは顔を伏せたまま顔を横に振るだけだった。
「違うの!ママ!」
「何なの~?ああ、さてはやってない宿題に気づいたとか…」
「そんなんじゃ、ないの!」
そう言って顔を上げたブラを見て、ブルマは動揺した。
ブラの瞳には涙が溢れていた。それは次から次へとその頬を伝っては落ちる。
「ど、どうしたのよブラ?」
ブルマは戸惑いながらも、ブラの涙を指で拭ってやる。
「どうしよう…どうしよう」
「何が?どうしたって言うのよブラ?」
尋常ではない娘の動揺の様に、さっき解決したと思っていたはずの不安が、再びブルマの心に押し寄せる。
ブラが家族の気を強く感じる事が出来る事は、ブルマも承知していた。
ブルマは、ブラの言葉を聞くのが怖かった。
「…パパが」
「え?」
「パパが居なくなっちゃう…!」
ブラのその言葉を聞いた途端、ブルマは弾かれた様に走り出した。
シャワー室、機械室、室内庭園、研究室。ブルマはカプセル・コーポ内のあらゆる部屋を、彼の姿を探して駆けた。
あの姿を。そして、
無愛想だけど優しい、あの顔をもう一度私に見せてよ。
ブルマはその一心で、べジータの姿を探し続けた。