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夏空

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【夏空】

 遠く、麦藁帽子の爺さんが空を仰いでいるのが見えた。サンジの2.0の目には、爺さんの白髪が首のあたりに汗でぴったり張り付いているのが見える。よくやるわ、と心の中で呟いて、サンジは顔をぐしゃぐしゃと歪めた。
 田んぼまみれの360度、広がっているのは夏の空気ばかりである。壁のように聳え立つ山々からだろうか、それとももっと近いところからかもしれないが、蝉がほとんど休みなしに鳴き続けている。どういうわけか、あの虫の鳴き声は首を焼く直射日光やむっと漂う濃い湿気を倍増させるような気がする。スイカに張り付いたカブトムシのつるりと光る背中などは、むしろ爽やかなのに、あの虫だけはどうもいけない。アスファルトでのた打ち回る姿など、想像しただけで脳みその片隅をつねられたような気持ちになる。
「あああ……」
 思わず漏らした自分のうめき声すら、暑苦しくてかなわなかった。そもそもが臨界点を超えたような暑さだ。そこに、サンダルで踏みしめる田んぼ道や、蝉の鳴き声、ゆらゆらと揺れる山の緑などが苦しみを重ねていく。熱気が脳みその中にまで入り込んで、細胞が壊れていくような気がした。
 頭がおかしくなりそうだ。
「いやだ、いやだいやだいやだ!」
「うるせえな」
「いーやーだー」
 背を丸めて低い声で唸るサンジを、隣で歩くゾロが鬱陶しげにたしなめた。
「喚いたってどうにかなるもんでもねえんだ。さっさと歩けよ」
 彼らが歩くほぼ一直線の道は、青々とした一面の田んぼに囲まれている。カントリー・ロードとも言うべきその道は、片側の突き当たりは山、もう片側は、田んぼの中に置き去りにされたかのようなクリーム色の建物に続く。サンジたちがやってきたのはそのクリーム色側からだ。
 リーン、ドーン、ゴーン……と、間抜けなような、のびのびとしているような、少しづつ音ごとにズレたチャイムの音が耳に届いた。あのクリーム色は、一応県立高校というやつで、サンジとゾロが身に着けているポロシャツと、めいめい裾をまくった黒いズボンも、そこの制服だ。
「あづい」
 力こそ無いが憎しみだけは溢れんばかりに篭めた声を、最後っ屁のようなしぶとさで漏らして、サンジは無言のまま自分のポロシャツをみぞおちの辺りまで一気に捲り上げた。
「……全然、涼しくなんねえし」
「当たり前だろ、アホ」
「ああん!?」
 腹を出してもどうにもならないだなんてこと、さすがにサンジだって知っている。それでもこんなことでもしなければいられなかったという、それだけのことだ。
 あまり肉のついていない腹を陽の下で晒しているサンジを呆れたと言わんばかりの視線で一瞥して、ゾロは先に立ってスタスタと歩き始めた。んだよ! と、置いていかれるのが癪で、サンジも腹を仕舞いそれを追いかける。
「だ、だいたい、なんで俺がお前とパシリなんだよ」
「俺とお前が、グー出したからだろ」
「だからってなんでお前なんだよ! その筋肉、見てて暑苦しいんだよ、クソ」
「ああそうかよ」
 俺だっててめえの相手してると無駄に暑ィよ、と言いたいのを堪え、ゾロは額に浮かんだ汗を手の甲拭った。とは言え綺麗に拭い去れる訳でもなく、額に張り付いた前髪が気持ち悪い。

 買出しジャンケンをしよう、と言い出したのはルフィだった。夏休みの生徒会室、公立高校にクーラーという甘えは無く、窓のすぐ外でのびのびと枝を伸ばした大木では蝉が大合唱をしていた。
「アイス食いてえ! スイカのやつ!」
「おれ、ガリガリ君……」
「私白くまね」
 それぞれのオーダーを口に出し、口に入れたときの冷たさを想像してかりそめの涼を得る。しかし夢見心地な顔をしてみても実物は無く、一瞬の夢から覚めれば途端に襲ってくるのは部屋に篭もった熱気だ。おまけに、想像ばかりが先を行ったために余計に暑い。
 一同、無言で口を真一文字に結び、各々片手を突き出した。

「遠いんだよ、遠すぎるんだよ。徒歩20分て、それもうコンビニの意味がねえよ」
「うるせえな。だったらてめえが作ればいいだろ、校門前に」
「できるはずねえだろバーカ! バーカ!」
「……もうお前、喋んな。暑い」
 そんな投げやりな言葉を返されて、サンジは思わず頬の裏をギュッと噛んだ。
 突き落とされたような気分になるのだ、そういうことを言われると。自分は滅茶苦茶を言うくせに、ゾロにないがしろにされるのが悔しくて仕方ないのだ。面倒な性質だ。まるで子供だ。みんなでいるときはそう気にはならないけれど、2人きりになったら途端に駄目なのだ。
 怒りとまた突き放されることへの恐れを半々に、サンジは口をつぐんで一転、黙々とゾロの少し後ろを歩き始めた。
(やっとうるせえのが黙ったって、そう思ってんだろ……)
 気が付けば、履き慣れないビーチサンダルで足の親指の付け根がジンジンと痛み始めていた。当然ながらやはり暑いし、日焼けのせいでなんとなく肌もヒリヒリする。田んぼ道はまだまだ長く続いている。ここからあぜ道に入って、土手を登って、バイパスを上らなければコンビニにはたどり着かない。絶望するくらい目的地を遠く感じる。一歩一歩の頼りなさが嫌になる。
「……なあ、昨日の高校野球、どこが勝ったか知ってるか?」
「知らねえ」
「あのさ、岐阜県の代表に、3組のやつの親戚がいるって」
「……」
「ピッチャーだって」
「……」
「……エース、なんだって」
「……あっ、そう」
 だから? と、口調から言外の声が滲み出ていた。
 ぎゅ、と、握り締めた掌に爪が食い込む。
「……んだよ! ちゃんと俺の話聞いてんのかよ!」
「ハア?」
 何言ってんだお前、と、振り返りため息を吐くゾロの顔はいつもどおりの仏頂面で、永遠に続く生ぬるい糠に手を突っ込んでいるような、そんなもどかしさで気が狂いそうになるのだった。暖簾に手押しだとか、糠に釘だとか、ゾロはいつもサンジに対してこんなふうだ。ある程度言い返してはくるし、手を出せばやり返してくるけれど、それではサンジは満たされない。むしろ泥沼にはまっていく感すらある。どうしようもなく苛々とするし、胸を掻き毟りたいような気持ちになる。今は暑さで余計にそんなことを感じる。言い合いになれば、喧嘩になれば、当然もっと暑くなるに決まっているのだけれど、それでもいいからいっそ殴り合いでもしたいと思ってしまう。いっそ殴られてしまいたいだなんていう、わけのわからない衝動だ。
 コンビニにたどり着いても、アイスクリームを買っても、それを食べても、この気持ちはきっと満たされない。そもそもどうしたら満たされるのかすらわからないのだから。
 かと言って、もっと俺に構えよ! と、そんなことを言い出せるはずもない。
「いったい、なんなんだよ、オマエ」
 呆れたようにそう言うゾロの顔をどうしても見ることができなくて、サンジは俯いたままゴリゴリと足の裏で地面を擦った。自分の腕に爪を立ててみたし、唇も噛んでみた。それでも当たり前のように正体不明の苛立ちは晴れないし、しかもいったいどういうわけなのか、泣き出しそうだ。
「うー……」
作品名:夏空 作家名:ちよ子