地獄へ堕ちろと罵る君に手を引かれて、僕は天国の存在を知る
地獄へ落ちろと罵る君に手を引かれて、僕は天国の存在を知る
火をつけ、口から吸いこんで煙を吐き出す。
執務室に嗅ぎなれた匂いと紫煙が満ちていく。
喫煙による健康被害が大きく取り沙汰されるようになり、喫煙者は喫煙シェルターへと追い込まれるようになったが、イギリスはそれでもこの習慣をやめようとは思わない。
ロンドンの汚染された空気の影響か、長いこと気管支を病んでいるが、それすら問題にならないほどイギリスは紫煙を燻らせるこの一時を愛していた。
「やあ、イギリス! 今日はまた一段と辛気臭い顔をしてるね」
「お前こそ、また一段と肉付きがよくなったようだな」
「なっ・・・! そ、そんなことないんだぞ!」
やかましい来客の訪問に、手元にあった書類を片づける。
どの道こいつがいては仕事になどならない。どうせなら、アメリカに息抜きに付き合ってもらったほうがその後の仕事もはかどるだろう、と勝手な理屈で仕事を終わらせることにした。
これ以上仕事をするつもりがないと判断したのだろう。アメリカはまだ書類の散らばるデスクに半ば腰かけ、イギリスの口に咥えられていた煙草を取り上げた。
「『ラッキーストライク』。天国に一番近い煙草・・・だっけ?」
「あってめえ、何しやがる!」
彼の手元にある吸いかけのそれはまだ赤々と火がついている。
それをひょいと口唇で挟むなり吸いこんだ。一口で思いっきり吸いこんだのだろう。アメリカは大いに噎せた。
イギリスは予測していたがアメリカにとっては予想外の事態だったらしく、目に涙を浮かべながら口汚く悪態を吐いた。
「なんだい、これ・・・こんなクソまっずいのよく吸えるね」
「俺んちの煙草にケチつけんな、バーカ」
イギリスの吸っている銘柄はラッキーストライク。イギリスの会社であるところのブリティッシュアメリカンタバコが販売するそれだ。
最も肺癌発症率が高いとされ、それゆえに『天国に一番近い煙草』と呼ばれているが、それは俗説にすぎない。銘柄問わず喫煙行為が癌の発症率を大きく上げることは事実だが、ラッキーストライクが発症率を最も上げるという統計はとれていない。
吸いかけのそれを真っ白な灰皿に押しつけると、アメリカはピンク色の唇を尖らせてのたまった。
「口寂しいなら煙草よりこっちにしなよ」
ニッコリと笑いながら、ポケットから筒状の何かをとりだした。
唇から覗くアメリカの白い歯は、いつ見ても健康的な色気を醸し出している。エナメル物質に包まれたつるりとした彼の歯を見ているだけで、何かいけないことでもしているような気さえしてくる。
彼の歯に目を奪われている間に、イギリスの手のひらめがけてぽこぽこと丸い球体が飛び出していた。
見れば、赤、青、緑、オレンジ色をしたガムだった。
「食べてみなよ、とってもキュートでフルーティなんだぞ。イギリスも味のしない煙なんかより、こっちにしなよ、ね?」
曲がりなりにも食べ物にキュートという形容詞ははたしてふさわしいのか。こいつには正しい言語というものをしつけ直さねばならないかもしれない。
イギリスが皮肉に考えていると、今日のアメリカは機嫌がいいのか、更に気安く提案してくる。
「気に入ったなら輸出してあげてもいいし」
「ふぅん、まあお前らしいけど」
アメリカがあんまり楽しそうだから、もらったガムを手の中で弄びながらそう言うにとどめた。
いいと思うものを勧めてくれるのは単純に嬉しい。時折有難迷惑なことがないと言えば嘘になるが、それでもせっかく来てくれたアメリカの機嫌を損ねるほど、今のイギリスは情緒不安定でもなかった。
それに、何かを夢中に語るアメリカはなんだかキラキラして、微笑ましい気持ちにさせられるのだった。
「今、ティーンの間で大流行してるんだ! CMがまたポップで有名な女優の・・・」
イギリス相手に御託を並べながら、アメリカ自身も口に入れていたのだろう。喋るごとにくちゃくちゃと下品な音がする。
これにはさすがのイギリスも閉口して、
「おい、だから物食いながら話すなっていっつも言って・・・」
彼を窘めようとして、だがイギリスは唾液で濡れた唇から時折覗く悪戯な舌に視線を奪われてしまった。
肉の色をしたそれが、アメリカの口内をガムを噛むために、イギリスと話すために、忙しなく動き回っている。
アメリカのそれが肉厚で柔らかであることを、イギリスは知っている。
手のひらから転がり落ちた原色の球体が床に散らばる音を聞いた。
「・・・んむっ!」
決して華奢とは言えない両肩を掴み、やわらくあたたかな口内を貪る。唇を合わせ、舌で口蓋をこすってやると、びくりと彼の背筋が震えるのがわかった。舌を絡ませ、唾液を交換する。その行為は、イギリスをひどく満足させた。
記憶の通り、アメリカの舌は甘く蕩けるようだった。
彼の表情がふにゃりと溶けたのを意地悪く確認すると、去り際に彼の口内にあった甘ったるいそれを奪い取り、ようやくアメリカを開放してやった。
どちらのものとも判別できない唾液を舌で舐めとり、アメリカの口から強奪したガムを味わう。
くちゃり、くちゃり。
アメリカの好きなそれ、アメリカの口内で愛されたそれ、アメリカから奪ったそれ。
子供だましな菓子にも合成の味にも興味はないが、アメリカの唾液で愛されたそれは、イギリスがこの世で最も愛するところの味をしていた。
「確かに悪くない味だが、俺にはこっちのほうがいい」
にやりと笑い、舌先に載せたガムを見せつけるようにしてやると、アメリカは案の定困ったような、それでいて発情を隠しきれない顔をしていた。
「ん、どうした」
依然としてデスクに腰かけるアメリカの脇に左手をつき、右手でぬらぬらと光る口の端を拭ってやる。
まるで昔、食べかすをとってやったのと同じ動作だ。
あるいはアメリカもそう感じたのかもしれない。
「・・・俺を子ども扱いするくせに、そのお子様に手を出す君こそどうかと思うよ、変態紳士」
「そりゃお前が可愛いのがいけねえんだろうがよ。英国紳士もオオカミにならぁ」
「馬鹿! ・・・くたばれ、イギリス」
その言葉をイギリスは信用していない。
なぜならば、自分の背に回された彼の両腕と欲情した紅い頬こそが、彼の真実だからだ。
「あーっ、また吸ってる」
「いいじゃねえか、一本だけだ。吸わせろよ」
ぶうっと膨れたその顔を指先でつついてやる。
アメリカはやはりどんな表情をしても可愛い、などと考えていると、まさか考えを読み取られたわけでもあるまいに、ベッドサイドに置いてあった小箱を投げ捨てられた。
ベースボールで練習したのか、やけにきれいなフォームだった。
あまりにもきれいにスコンと部屋のゴミ箱にゴールを決められたものだから、少しばかり反応が遅れてしまった。
アメリカが投げ捨てたそれは、開封したばかりのラッキーストライクだったのだ。
「てめえ! なんてもったいないことを・・・まだ開けたとこだったのに」
さきほど使ったばかりのティッシュや口を縛ったコンドームと一緒くたにされては、さすがにそれを拾う気にはなれない。
「ふーんだ」
火をつけ、口から吸いこんで煙を吐き出す。
執務室に嗅ぎなれた匂いと紫煙が満ちていく。
喫煙による健康被害が大きく取り沙汰されるようになり、喫煙者は喫煙シェルターへと追い込まれるようになったが、イギリスはそれでもこの習慣をやめようとは思わない。
ロンドンの汚染された空気の影響か、長いこと気管支を病んでいるが、それすら問題にならないほどイギリスは紫煙を燻らせるこの一時を愛していた。
「やあ、イギリス! 今日はまた一段と辛気臭い顔をしてるね」
「お前こそ、また一段と肉付きがよくなったようだな」
「なっ・・・! そ、そんなことないんだぞ!」
やかましい来客の訪問に、手元にあった書類を片づける。
どの道こいつがいては仕事になどならない。どうせなら、アメリカに息抜きに付き合ってもらったほうがその後の仕事もはかどるだろう、と勝手な理屈で仕事を終わらせることにした。
これ以上仕事をするつもりがないと判断したのだろう。アメリカはまだ書類の散らばるデスクに半ば腰かけ、イギリスの口に咥えられていた煙草を取り上げた。
「『ラッキーストライク』。天国に一番近い煙草・・・だっけ?」
「あってめえ、何しやがる!」
彼の手元にある吸いかけのそれはまだ赤々と火がついている。
それをひょいと口唇で挟むなり吸いこんだ。一口で思いっきり吸いこんだのだろう。アメリカは大いに噎せた。
イギリスは予測していたがアメリカにとっては予想外の事態だったらしく、目に涙を浮かべながら口汚く悪態を吐いた。
「なんだい、これ・・・こんなクソまっずいのよく吸えるね」
「俺んちの煙草にケチつけんな、バーカ」
イギリスの吸っている銘柄はラッキーストライク。イギリスの会社であるところのブリティッシュアメリカンタバコが販売するそれだ。
最も肺癌発症率が高いとされ、それゆえに『天国に一番近い煙草』と呼ばれているが、それは俗説にすぎない。銘柄問わず喫煙行為が癌の発症率を大きく上げることは事実だが、ラッキーストライクが発症率を最も上げるという統計はとれていない。
吸いかけのそれを真っ白な灰皿に押しつけると、アメリカはピンク色の唇を尖らせてのたまった。
「口寂しいなら煙草よりこっちにしなよ」
ニッコリと笑いながら、ポケットから筒状の何かをとりだした。
唇から覗くアメリカの白い歯は、いつ見ても健康的な色気を醸し出している。エナメル物質に包まれたつるりとした彼の歯を見ているだけで、何かいけないことでもしているような気さえしてくる。
彼の歯に目を奪われている間に、イギリスの手のひらめがけてぽこぽこと丸い球体が飛び出していた。
見れば、赤、青、緑、オレンジ色をしたガムだった。
「食べてみなよ、とってもキュートでフルーティなんだぞ。イギリスも味のしない煙なんかより、こっちにしなよ、ね?」
曲がりなりにも食べ物にキュートという形容詞ははたしてふさわしいのか。こいつには正しい言語というものをしつけ直さねばならないかもしれない。
イギリスが皮肉に考えていると、今日のアメリカは機嫌がいいのか、更に気安く提案してくる。
「気に入ったなら輸出してあげてもいいし」
「ふぅん、まあお前らしいけど」
アメリカがあんまり楽しそうだから、もらったガムを手の中で弄びながらそう言うにとどめた。
いいと思うものを勧めてくれるのは単純に嬉しい。時折有難迷惑なことがないと言えば嘘になるが、それでもせっかく来てくれたアメリカの機嫌を損ねるほど、今のイギリスは情緒不安定でもなかった。
それに、何かを夢中に語るアメリカはなんだかキラキラして、微笑ましい気持ちにさせられるのだった。
「今、ティーンの間で大流行してるんだ! CMがまたポップで有名な女優の・・・」
イギリス相手に御託を並べながら、アメリカ自身も口に入れていたのだろう。喋るごとにくちゃくちゃと下品な音がする。
これにはさすがのイギリスも閉口して、
「おい、だから物食いながら話すなっていっつも言って・・・」
彼を窘めようとして、だがイギリスは唾液で濡れた唇から時折覗く悪戯な舌に視線を奪われてしまった。
肉の色をしたそれが、アメリカの口内をガムを噛むために、イギリスと話すために、忙しなく動き回っている。
アメリカのそれが肉厚で柔らかであることを、イギリスは知っている。
手のひらから転がり落ちた原色の球体が床に散らばる音を聞いた。
「・・・んむっ!」
決して華奢とは言えない両肩を掴み、やわらくあたたかな口内を貪る。唇を合わせ、舌で口蓋をこすってやると、びくりと彼の背筋が震えるのがわかった。舌を絡ませ、唾液を交換する。その行為は、イギリスをひどく満足させた。
記憶の通り、アメリカの舌は甘く蕩けるようだった。
彼の表情がふにゃりと溶けたのを意地悪く確認すると、去り際に彼の口内にあった甘ったるいそれを奪い取り、ようやくアメリカを開放してやった。
どちらのものとも判別できない唾液を舌で舐めとり、アメリカの口から強奪したガムを味わう。
くちゃり、くちゃり。
アメリカの好きなそれ、アメリカの口内で愛されたそれ、アメリカから奪ったそれ。
子供だましな菓子にも合成の味にも興味はないが、アメリカの唾液で愛されたそれは、イギリスがこの世で最も愛するところの味をしていた。
「確かに悪くない味だが、俺にはこっちのほうがいい」
にやりと笑い、舌先に載せたガムを見せつけるようにしてやると、アメリカは案の定困ったような、それでいて発情を隠しきれない顔をしていた。
「ん、どうした」
依然としてデスクに腰かけるアメリカの脇に左手をつき、右手でぬらぬらと光る口の端を拭ってやる。
まるで昔、食べかすをとってやったのと同じ動作だ。
あるいはアメリカもそう感じたのかもしれない。
「・・・俺を子ども扱いするくせに、そのお子様に手を出す君こそどうかと思うよ、変態紳士」
「そりゃお前が可愛いのがいけねえんだろうがよ。英国紳士もオオカミにならぁ」
「馬鹿! ・・・くたばれ、イギリス」
その言葉をイギリスは信用していない。
なぜならば、自分の背に回された彼の両腕と欲情した紅い頬こそが、彼の真実だからだ。
「あーっ、また吸ってる」
「いいじゃねえか、一本だけだ。吸わせろよ」
ぶうっと膨れたその顔を指先でつついてやる。
アメリカはやはりどんな表情をしても可愛い、などと考えていると、まさか考えを読み取られたわけでもあるまいに、ベッドサイドに置いてあった小箱を投げ捨てられた。
ベースボールで練習したのか、やけにきれいなフォームだった。
あまりにもきれいにスコンと部屋のゴミ箱にゴールを決められたものだから、少しばかり反応が遅れてしまった。
アメリカが投げ捨てたそれは、開封したばかりのラッキーストライクだったのだ。
「てめえ! なんてもったいないことを・・・まだ開けたとこだったのに」
さきほど使ったばかりのティッシュや口を縛ったコンドームと一緒くたにされては、さすがにそれを拾う気にはなれない。
「ふーんだ」
作品名:地獄へ堕ちろと罵る君に手を引かれて、僕は天国の存在を知る 作家名:あさめしのり