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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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女神の姿をした自由が僕を育んだ

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 自分の選択は間違っていなかったはずだ。イギリスを泣かせても、血が流れても、あれは必要なことだった。アメリカはそう自分に言い聞かせ、自らを奮い立たせた。これは、アメリカ合衆国の輝かしい歴史の幕開けである。古い非人道的な政治からアメリカ国民を救う民主的な政治システムの構築を図るのだと。
「イギリスの支配から脱したって? 随分と誇らしげだな」
「フランス」
 駐仏大使の働きかけにより動いた男は、頬にかかる髪を払いのけながらけだるげに笑った。相変わらず派手な格好をしている。それが嫌みなく似合ってしまうのが、フランスと言う男だった。
欧州では戦争が絶えない。だが、小国がつぶされないよう、ある程度周辺諸国が手を回していた。たとえばもっとも弱い国がある国につぶされたとしたら、そこに強国が手を伸ばしてきかねない。強い敵を招き入れないために、弱者を生かしておく。生かさず殺さず、というのも国として生きる者の選択だった。フランスは、それと同様の理屈(つまりこれ以上イギリスを強大化させないため)から、アメリカ側についた。フレンチ・インディアン戦争時にはアメリカの敵だったが、敵の敵は味方というわけだ。
「自由の味はどうだ、アメリカ」
「そりゃ嬉しいに決まってるさ!」
 アメリカは笑った。まだ十三州がきちんと機能するかどうかもあやしい。これから先、どうなるかもわからない。だが、アメリカの前途は輝いていた。何しろ自然発生ではなく、理念によりうまれた世界初の国家なのだ。誰も経験したことのない、いくつもの問題にぶつかるだろう。不安がないと言えば嘘になるが、それ以上にアメリカは初めて得た自由を享受することに手いっぱいだった。
 フランスはアメリカの近況をぽつぽつ聞いて、それから立ち去り際に一言つぶやいた。
「お前はイギリスから独り立ちしたと思っているだろうが、今度は『自由』に依存してるんだ」
 フランスの青い目は、アメリカの向こうにいる女を見ていた。
「君にも、見えているのかい」
「見える」
 フランスはきっぱりと言った。
「その女はばけものだ。一体どこで拾って来た」
 ばけもの。振り返ると、そう呼ばれた彼女はやはりいつも通りに微笑んでいた。ばけものと呼ばれたにもかかわらず、まるで気にとめていないように、それどころか聞こえていないかのように、いつもの通りの微笑みだった。
 彼女の微笑みに、アメリカは何度勇気づけられたか知れない。だが今は、彼女の笑みがおそろしくてならなかった。
「君は一体誰なんだい・・・?」
 彼女は、微笑んだ。かつて女神のように神々しく思えた彼女の微笑みは、得体のしれない妖しさを湛えていた。
 ああ、そうか。
 彼女は妖精でもなければ精霊でもない。もっと腥い、アメリカを捉えて離さない、おそろしいいきものだったのだ。
「フランス、俺は・・・・・俺は、この先どうすればいい」
「どうもしないさ。人の人生にリセットがきかないように、俺たち国も後戻りなんてできやしないのさ」
 ただ、進むほかないというのか。彼女とともに生きる道を、アメリカはすでに選んでしまったのだから。
 イギリスは彼に背いたアメリカをきっと赦しはしない。今彼の元へ戻れば、彼はアメリカを幽閉し、外部との一切の接触を断たせるだろう。二度とアメリカを惑わせるものを近づけさせないように。あるいは本国へ連れ帰ろうとすらするかもしれない。自分の手元において、二度と裏切ろうなどと思わないように。彼のもとへ再び戻るということは、今まで以上に彼の支配を受け入れると言うことにほかならないのだ。
 もう、引き返すことなどできはしない。
 イギリスの元へは戻れない。
「これからの時間を君とともに歩もう。俺がアメリカである限り」
 彼女はこれからもアメリカの傍らに存在し続けるだろう。
 アメリカがアメリカである限り、無言で自らの存在をアメリカに訴えかけ続けるだろう。
 アメリカが、そう決めたのだ。
 これからの長い生を、彼女を伴侶として生きることを。
 自由と平等を冠した女は、薄く笑い、アメリカの腕に自らの細腕をからめた。



女神の姿をした自由が僕を育んだ