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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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女神の姿をした自由が僕を育んだ

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知らないのは、イギリスだけだ。否、知らないふりをしている。彼は、愛する者に去られる瞬間に際して、それに抗う術も受け入れる手段も知らない。お前など愛していないと口にしなければ、彼の弱い心は耐えられないのだ。凶暴で露悪的にならなければ、彼は彼自身の脆弱な心を守ることができない。それが悲しかった。
「だから俺は、お前の独立を許すわけにはいかない」
 ごめんね。アメリカは一言心の中で詫びると、突き付けられた銃を踵で蹴り落とした。
「てめえ・・・・!」
 衝動で痛む右手を抑えるイギリスを裏切るかのように、銃は地面に落ちた。それを部屋の隅まで蹴り飛ばして、アメリカは彼に向き合った。
 腰のホルスターに装着した、自身のそれがまるで熱を帯びたかのように感じる。鉄の塊でしかないこの兵器は、さあ撃てと言わんばかりにアメリカに主張する。
 だが、それは錯覚だ。武力に頼ろうとする、弱い自分の心が生み出した錯覚にすぎない。
 いざとなったら兵を動かすことも辞さない覚悟だが、今はまだその時ではない。
「言ったはずだよ。俺は自立したひとつの国になる。君だって気づいているんだろう? 俺が個としての人格を持っていることが何よりの証拠だ」
「黙れ! 人格も意志も必要ねえ! 俺が欲しいのは従順な植民地だ!」
 イギリスはがなり立てた。
「俺に従え! 跪け! ものを考える必要なんざねえ、お前は黙って俺に従ってりゃいいんだ!」
 ああ、長きに渡っての孤独が、彼を狷介に至らしめたのだ。
 彼が信じるものは力、金、そして自分だけなのだろう。そうすることが悪いとは思わない。そうしなければ、生き残れなかったのだから。
 けれどそれは、ひどく悲しいことだ。
「君と話し合いをしても無駄のようだね・・・・お引き取り願おうか」
 祖国を守る兵士たちが異変に気付き、すでに屋敷を包囲していた。
 開け放たれたドアから無数の兵士たちがイギリスに銃口を向けている。むろん彼らに本気で発砲するつもりなどない。そんなことをすれば彼らの祖国であるアメリカも蜂の巣になってしまうからだ。
 そうと知りつつ、イギリスは舌うちひとつ残して出て行った。
色めき立つ兵士たちに、彼を追う必要はないと伝え、拳で固まりかけた血を拭う。
「・・・早晩、決着がつくだろう」
 決別の時は近い。
 イギリスが勝ち、アメリカは捩じ伏せられるのかもしれない。アメリカが勝利を収め、本国から自立することができるようになるかもしれない。天秤がいずれに傾くにせよ、事態はもう動きだしてしまった。
 彼は、自らを裏切ったものを決して赦さないだろう。欧州の小国にすぎなかった彼が、ここまで生き残り、そして世界の覇者にのしあがったのはその苛烈な性格によるものだ。彼はきっとアメリカの罪を赦さない。独立国としてのアメリカの存在を許さない。
 この戦いに中庸などありえないのだ。



「待っていたよ」
 アメリカのテントに彼女は現れた。
 きっと彼女は来てくれると信じていた。彼女が来てくれれば、この戦いに勝利することができるだろうという予感めいた確信があった。
 決戦直前、夜の帳が下りてもアメリカは寝つくことができなかった。眠ったほうがいいということはわかっていた。彼女もベッドに入るよう促したけれど、眠気はアメリカを嫌うかのように一向にやってきてはくれない。
熱を発するその明りをじっと見つめていると、ランプの光の向こうにイギリスの顔が見える気がした。やさしい顔をしていた。アメリカを見る時、彼はいつも目元を綻ばせた。可愛くてたまらないとでもいうように、こちらに手を差し伸べ笑ってくれた。
 まだ、彼のまるい手のぬくもりをこの手が覚えている。薄い掌で幼いアメリカの手を握ってくれたあの日のあたたかさを、まだ覚えている。
 彼に会いたい。
 このまままっすぐ行けば、イギリスの陣営に突き当たるだろう。
彼女は、まるでアメリカの思考を読み取ったかのようにアメリカの袖を掴んだ。行ってはだめ、そう訴えるような目にアメリカは微かに苦笑した。
「・・・行かないよ」
 行けるものか。
 彼は今、アメリカの独立を妨げようとする敵だ。神から与えられた自由と平等を奪う者に屈してはならない。古い王政に屈してはならない。被治者は、統治者を選ぶ権利がある。自らが選んだ代表によって政治は行われるべきである。彼が古きものを代表する存在である以上、戦いを回避する道はない。
 だが、戦争に慣れないアメリカが戦うには、彼はあまりにも老獪で狡猾、戦慣れしすぎていた。戦争と領土争いの絶えない欧州で生き残ってきた男だ。隙を見せれば、喉を食い破られることは必定だった。味方にフランスやスペインを引きこんでいなければ、勝算などないに等しかったくらいだ。決して油断してはならない。相手はあのイギリスだ。現在世界最強の海軍を誇る、あのイギリスだ。
 ただ、気を引き締めると同時にアメリカはひどく悲しかった。彼に抱き抱えられるくらいの子どもだった時も、彼に反旗を翻すようになった今もそう。自分はいつだって自由に彼に会いに行くことなどできやしないのだ。子どもの頃は聞き分けなさいと言われ、今は自分で自分を律するようになった。
イギリスに会いたい気持ちは、今も昔も変わっていない。彼に会いたい、抱きしめてほしい。笑って、やさしくキスをしてほしい。そう思うことはそんなにも大それた願いなのだろうか。そう願う自由すら、許されないのだろうか。
 それでも、自由が欲しい。
「必ず勝ってみせる。君は俺の女神だよ」
 どうか俺に微笑んでくれ。
 アメリカは手をとった。薄い掌をした彼のそれではなく、白くたおやかな彼女の手を。
 いつだって傍にいてくれた彼女は、もの言わぬ唇をそっと笑みの形にしならせた。



 独立戦争は、講和会議を経て終結した。
 やはりイギリスはアメリカを赦さなかった。
 だが、予想とただ一つ違っていたのは、彼がアメリカを撃てなかったことだ。一度懐に入れたものには愛情深い半面、自分に敵対するものに対しては非情すぎるほどに非情な人だった。なのに、彼はアメリカを撃たなかった。撃てなかった。
 あれほど怒り狂い、弾劾の指を突き付けたあの人が、最後には銃を構える力すら失って地面に膝をついたのだ。
 彼にとって自分は数ある植民地の一つでしかなかったはずだ。世界各地にいる愛人の一人だったはずだ。
 だが、そうではなかった。少なくとも彼にとって、アメリカはそんな言葉でくくれるような存在ではなかったのだ。アメリカはそのことを痛いくらいに思い知らされた。
 泣き虫の彼の泣き顔など何度も見ているのに、雨に濡れた頬を伝う涙が脳裏に焼き付いて離れない。雨の音にまじった彼の嗚咽が耳から離れない。ああ、喜ばしく晴れがましい独立は、母親の腹を食い破るかのようにして行われたのだ。
 イギリスの涙は、アメリカの心を挫くのに十分だった。駆け寄って、ごめんねと抱きしめてあげたかった。だが、それはできない相談だ。ここで彼を抱きしめたら、全てが元の木阿弥に帰してしまう。