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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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雨の日には蒼天を連れて

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雨の日には蒼天を連れて



 脳内を、ひとつの景色がループする。
 篠つく雨の中、イギリスはマスケットを自身に向けた彼の前に膝を突く。撃てるわけがない。弟であり、我が子であり、そして自分自身の半身ですらあった彼を撃つことなど、できるはずもない。
 あんなにも健やかに育ってほしいと願っていたはずなのに、イギリスは彼が失敗することを願っている。政治経済どちらでもいい、躓いてしまえばいい。国として立ちゆかなくなればいいのだ。生まれたばかりの国だ。ささいなミスが彼の国としての生命を奪うだろう。
 そうなれば、きっと自分のもとに泣きついてくる。困った、どうしようイギリス。そう言って助けを求めてくるに決まっている。えらそうな口をきいていたところで、あれはまだ子どもだ。体ばかり大きくなって、苦労も知らずに育ってしまった子どもだ。何一つ苦労させずに育てたのはイギリスであるから、それで彼が自分を頼ることになっても絶対に文句など言えないし、言うつもりもない。
 どうしようもなく不幸になって、自分を求めてくれればいいのに。
 これから先、アメリカは様々な人と出会い、様々な幸せを手にするだろう。大きく口を開けて朗らかに笑う、おおらかで素直なアメリカは、きっといろいろな人から可愛がられる。
 アメリカには幸せになってほしい。今も昔もそう思っている。心の底から、彼には幸せになってほしいと、自分自身のそれよりも強く願っている。
 だが、それと同時に彼の幸せを祈ることができない自分がいる。彼の傍に、自分がいないからだ。今も昔も、アメリカに幸せになってほしいという気持ちは変わらないのに、アメリカの傍に自分はもういない。だってアメリカは、自分のいない幸せを選んだのだから。アメリカの幸せな世界のなかに自分の存在はない。
 抱えた膝の間に埋めた顔から、滴が落ちて床に染みを作る。
 ひどく、みじめな気分だ。だが、アメリカに選ばれなかった、アメリカの幸せを構成する要素になれなかった自分には、薄暗い部屋の隅で黴のにおいを嗅いでいるのがふさわしい。

 六月半ばをすぎると、イギリスの体調は下り坂を転がり落ちるボールのように落下の一途をたどる。不調なのが体調だけであればいい。より重症なのは、精神の方だった。
 わかっている。これはかつて経験した過去を脳が再生しているに過ぎない。今現在起こっていることではない。古いビデオテープと同じだ。昔の記憶が脳を巡り、まるで今起こっているかのように錯覚していたに過ぎない。
 半ば覚醒したイギリスは、ひとつ鈍痛のする頭を振って、ますます痛む頭を抱えた。
 もうあれは過ぎたことだし、過ぎ去ったことをあれこれ案じたところでどうしようもないのだから、くよくよ心を腐らせるなどばかげている。いつものイギリスであれば、何か失敗があってもそう考え割り切るよう努めるだろう。性格的に切り替えは早い方ではないが、だがひとしきり落ち込んだあとは、いつまでもずるずる引きずることなく適当に浮上してくるのが常だ。
 だが、こればかりは無理だ。そのように考えようとする気力さえ起こらない。理詰めで考え、損得勘定で自分がとるべきスタンスを決めることなどできない。やろうという気力が沸いてこないのだ。今自分が何をすべきなのかぼんやりとわかってはいても、それを実行に移すにはイギリスのなかの何か大事なものが枯渇していた。
 それはイギリスを支える、プライドだったかもしれない。自分は歴史と伝統あるイギリスであり、一時ほどの勢いではないものの今もG8の一員として世界の先進的地位にいる。数多くの旧植民地たちを抱え、今もコモンウェルスの集まりだって開いている。かわいい弟たちは、今でもイギリスを慕ってくれるし、自分の手を離れてしまったとはいえ、家族であることに変わりはないと思っている。自分の立場に百パーセントとまではいかないが、概ね満足していると言っていいだろう。立派に育った弟たちがいて、自身も未だ壮健だ。これ以上、いったい何を望むというのか。
 だが、イギリスの心に一点の染みを作り、氷に落ちた水滴がやがて氷を溶かしてしまうように、アメリカの存在がこの時期イギリスの心をぐずぐずに溶かしてまるでだめにしてしまう。

「イギリスーっ!」
 厚い寝室のカーテンを開けると、窓の外でアメリカが手を振っていた。小雨の降る中、傘をさしてまでご苦労なことだ。ロンドンは雨が多くて嫌いだと言っていたのに、そうまでしてこの時期にイギリスに会いたいか。
 どうせ無鉄砲で無計画なアメリカのことだ。折りたたみの傘など持ってきておらず、駅か途中のどこかで買ったのだろう。階下で彼の動きに合わせて揺れているのは、年若いアメリカが持つにはいかにも地味で野暮ったい灰色の傘だ。どうせロンドンを出たら捨てられるのだろう。用済みとばかりにポイ、だ。
 使い捨てされる傘の気分まで推し量っていやな気持ちになってしまい、イギリスは窓を閉め、カーテンを引こうとしたが、
「ドアを壊されたくなかったら、開けてくれよ。さすがの君も、家の中に風雨が入り込むのはいやだろう?」
 決して大きくはないが、イギリスの耳にまできちんと聞こえてくる声に、イギリスはのろのろと起きあがった。雨が入り込まないよう一度窓を閉め、玄関の扉を開錠する。
 アメリカは玄関に足を踏み入れるなり、目をまるくした。
「君の家には暗雲がたちこめてるね。まあ、より正確に言えば、埃と黴と湿気のにおいだけど。いつから掃除してないんだい?」
「・・・・うるせえ」
 アメリカが驚いたのも無理はない。ゴミはかれこれ一ヶ月は出していないし、空になった酒瓶は床と言わずテーブルと言わず散乱している。白かったはずの灰皿は、吸い殻がこんもりたまっており、今や白い面積のほうがちいさいくらいだ。掃除機はいつからかけていないだろう。床の端にはふよふよと白い埃がたまっているくらいだ。棚やテーブルも、指でなぞれば白い塊がこんもりついてくるかもしれない。
 道理で妖精たちを見かけないはずだ。いつもはイギリスの家や庭に住み、イギリスの周りを飛び回っている妖精たちも、さすがにこの不浄の空間には耐えられなかったのだろう。かわいそうなことをした。
 だが、そう考えるのとはまるで正反対に、毛布をかぶってベッドに戻る。
 自分のにおいのする毛布にくるまれると、ぬるい安堵があった。ここはほかの誰もいない。自分以外の誰もいない。自分を傷つけるもの、いやな気分にさせるもの、胸をつらくさせるもの。何もない。
 少し埃っぽくて、干していないせいで湿っぽい。だが、どこよりも安心できる、ここはイギリスだけの巣穴のようなものだった。
 毛布に丸まって、壁にぴったりくっついていると、ベッドがかすかな震動とともにきしんだ。アメリカが、ベッドに腰掛けたのだ。
「君の心には、まだ雨が降っているのかい」
 あの日と変わらず、しとしとと。
「ねえ、イギリス。外に出て、前を見てよ」
「・・・・・・・・」
「ねえってば」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ね、外に出るのがいやなら顔だけでいいから、顔を見せてくれよ」