意地っ張りアーサーのはなし
意地っ張りアーサーのはなし
アーサーは村のはずれに住んでいました。
みんなの家からはすこし離れた、村はずれにアーサーの家はありました。みんなが固まって住んでいるところではなかったので、アーサーはとても広い庭を持っていてそこでたくさんのばらを育てていました。
家に飾りきれないほどのばら、ジャムにしても食べきれないほどのばら、おふろに浮かべても使いきれないほどのばらが、アーサーの庭で採れました。赤いばら、黄色いばら、ピンクのばら、白いばら、全部アーサーのものでした。
といってももとから村のはずれに住んでいたわけではありません。
たくさんのばらを育てるために土地のあるはずれに移り住んだのでもありません。
「フン、誰が俺を嫌いでも構うもんか!」
アーサーはとても気難しかったのです。
アーサーはむしゃくしゃすると相手構わず皮肉を言いました。
アーサーは気に入らない相手がいれば、ぽかすか殴りました。
それでみんな乱暴者のアーサーを敬遠するようになったのです。
ある日、アーサーは村が騒がしいことに気づきました。
「べ、別に気になるわけじゃないけど、なにかトラブルでもあったんなら大変だからな!」
誰が聞いているわけでもないのに、アーサーはお決まりの文句をぶつぶつ呟きながら村の広場に向かいました。
井戸のある村の広場は、村のみんなの集会所のようなものでした。井戸はみんなが毎日使うもので、誰が決めたわけでもなくそのうち井戸端会議が始まるようになったのでした。
皮肉屋のアーサーは、そのことも馬鹿馬鹿しいと思っていました。
集会所はもっときちんとした場所であるべきだし、村の集会に自分が呼ばれないのもおかしいと思っていました。だから、井戸端会議に参加したことなどなかったのです。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
ざわざわがやがや。
でも、今日はあまりにうるさかったので、怒鳴りつけてやろうと思ったのでした。
「おい、一体何があったんだ」
アーサーは、できるだけ偉そうに見えるよう、ちいさな体で腕を組みふんぞりかえって言いました。
「なんや、アーサーかいな」
アントーニョが振り返り、いやな顔をしました。アントーニョとアーサーは一度こっぴどく殴り合いの喧嘩をしてから犬猿の仲なのです。
アントーニョはぷいとアーサーに背を向け、村の輪に戻りました。その態度があまりにかわいくなかったので、いっそ石でも投げつけてやろうかと思いましたが、手ごろな石をみつけ、投げつける前にフランシスが声をかけてきました。
「おい、アーサー。お前もこっち来いよ」
「お、おう」
アーサーは右手のてのひらに握りこんだつぶてを、さっと隠しました。
「ああ、アーサーさん。どこから来たのかわかりませんが、教会前に赤ちゃんが捨てられていたんです」
尋ねる前に状況を説明したのはキクでした。
なんでもキクが朝の散歩をしているとき、教会前にぼろ布が落ちているのを見つけ、拾い上げるとうぶ着にくるまれた赤ちゃんだったそうです。
キクは、抱き抱えた赤ん坊をアーサーにもよく見えるよう、村のみんなの輪から一歩出て見せてくれました。
「・・・・・・真っ赤だ」
アーサーは一言、そう言いました。
村には白いのと黒いのと黄色いのがいますが、この赤ちゃんはそのどれでもないようでした。もしかすると、もっとどこか遠くから来た赤いのなのかもしれません。
「生まれたての赤ちゃんはみんなこんなふうなんですよ」
アーサーは知りませんでした。
アーサーが人さし指をおそるおそる差し出すと、赤ん坊はぱくりとアーサーの指を咥えました。思わず指を引っ込めようとして、想像した痛みがないことに気づきました。
「それに、歯がない」
「赤ちゃんですからね」
キクはまた言いました。
「アーサーさんは赤ちゃんを見るのははじめてですか?」
アーサーはこくこくと頷きました。
「抱いてみますか?」
「・・・・・・いいのか?」
「そっと、まだ首が座ってませんからね。やさしく、そっと抱いてあげてくださいね」
キクがうぶ着にくるまれた赤ん坊を差し出します。
視界の端に、あんなんアーサーにさわらしたら泣いてまうでと漏らしたアントーニョと、それにぷすっと笑うフランシスが入りましたが、アーサーは見なかったことにしてキクから赤ん坊を受け取りました。
ぼろぼろのうぶ着から顔をのぞかせた赤ん坊は、きゃっきゃと笑いました。
ふたつの目がアーサーをじっとみつめます。
アーサーも赤ん坊をじっとみつめ返します。
村のみんなが固唾を飲んで見守っていました。アーサーは皮肉屋で乱暴者の嫌われ者だったからです。赤ん坊相手に何か癇癪でも起こしはしないかと、アーサーに赤ん坊を渡したキクですら案じていたのでした。
ですが、その赤ん坊はアーサーを見て笑いました。
アーサーも赤ん坊を見て笑いました。
アーサーは、今まで感じたことのない、なにかあたたかい気持ちになりました。
ちいさな、それでも確かに人間の指をした手を握ると、とてもあたたかったのです。
「お前、どこから来たんだろうな」
アーサーはなおも自分の腕のなかで楽しそうに笑い続ける赤ん坊のことを思いました。
こんなにかわいい赤ん坊を捨てるなんて、到底信じられません。
ブルーグレーの瞳はやわらかく、太陽の光を浴びてきらきらと輝いていましたし、まるい頬は熟れたりんごのようなかわいらしさで、アーサーをたちまち虜にしたのでした。
「もういいでしょう」
赤ん坊とひとしきり笑いあった後、キクが両腕を差し出しアーサーから赤ん坊を受け取ろうとしました。
アーサーは片手でキクの肩をどん、と突きました。
いきなり乱暴されるとは思っていなかったのでしょう。やせっぽちのキクは、地面に尻もちをついてしまいました。
「なんすんねや、自分!!」
アントーニョがいきり立ちました。
アントーニョとキクはそう言えば仲良しなのです。
ギルベルトが、立ちはだかったアントーニョの後ろでキクを助け起こします。
「フン、どんくせー奴が悪いんだろ!」
「なんやて、もういっぺん言うてみ!?」
私は大丈夫ですから、とキクが尻もちをついて汚れた服をはたきながら立ち上がりました。
アーサーはすこしだけキクのことが苦手でした。
フランシスやアントーニョに何を言われても平気なのに、黒曜石の瞳にじっとみつめられるとどうしていいかわからなくなるからです。キクはアーサーを責めるわけでもなければ騒ぎ立てるわけでもなく、ましてや泣きだすこともなく、ただ一言言いました。
「赤ちゃんを返して下さい」
アーサーのそれよりちいさな白い手が、まっすぐ伸ばされました。
「・・・・・・・・・・・・いやだ」
ざわっとその場に集まっていた村中の人間が沸き立ちました。
血の気の多いアントーニョを筆頭に、アーサーに罵声が浴びせられます。
「どうしてですか」
キクはまたアーサーの苦手なあの目で問いかけました。
「・・・・・・・・返したくない」
やわらかい手足、まるい頬、きらきらした瞳。全部初めて見るものでした。
アーサーは、どうにもこの子を手放しがたくなってしまったのです。
アーサーは村のはずれに住んでいました。
みんなの家からはすこし離れた、村はずれにアーサーの家はありました。みんなが固まって住んでいるところではなかったので、アーサーはとても広い庭を持っていてそこでたくさんのばらを育てていました。
家に飾りきれないほどのばら、ジャムにしても食べきれないほどのばら、おふろに浮かべても使いきれないほどのばらが、アーサーの庭で採れました。赤いばら、黄色いばら、ピンクのばら、白いばら、全部アーサーのものでした。
といってももとから村のはずれに住んでいたわけではありません。
たくさんのばらを育てるために土地のあるはずれに移り住んだのでもありません。
「フン、誰が俺を嫌いでも構うもんか!」
アーサーはとても気難しかったのです。
アーサーはむしゃくしゃすると相手構わず皮肉を言いました。
アーサーは気に入らない相手がいれば、ぽかすか殴りました。
それでみんな乱暴者のアーサーを敬遠するようになったのです。
ある日、アーサーは村が騒がしいことに気づきました。
「べ、別に気になるわけじゃないけど、なにかトラブルでもあったんなら大変だからな!」
誰が聞いているわけでもないのに、アーサーはお決まりの文句をぶつぶつ呟きながら村の広場に向かいました。
井戸のある村の広場は、村のみんなの集会所のようなものでした。井戸はみんなが毎日使うもので、誰が決めたわけでもなくそのうち井戸端会議が始まるようになったのでした。
皮肉屋のアーサーは、そのことも馬鹿馬鹿しいと思っていました。
集会所はもっときちんとした場所であるべきだし、村の集会に自分が呼ばれないのもおかしいと思っていました。だから、井戸端会議に参加したことなどなかったのです。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
ざわざわがやがや。
でも、今日はあまりにうるさかったので、怒鳴りつけてやろうと思ったのでした。
「おい、一体何があったんだ」
アーサーは、できるだけ偉そうに見えるよう、ちいさな体で腕を組みふんぞりかえって言いました。
「なんや、アーサーかいな」
アントーニョが振り返り、いやな顔をしました。アントーニョとアーサーは一度こっぴどく殴り合いの喧嘩をしてから犬猿の仲なのです。
アントーニョはぷいとアーサーに背を向け、村の輪に戻りました。その態度があまりにかわいくなかったので、いっそ石でも投げつけてやろうかと思いましたが、手ごろな石をみつけ、投げつける前にフランシスが声をかけてきました。
「おい、アーサー。お前もこっち来いよ」
「お、おう」
アーサーは右手のてのひらに握りこんだつぶてを、さっと隠しました。
「ああ、アーサーさん。どこから来たのかわかりませんが、教会前に赤ちゃんが捨てられていたんです」
尋ねる前に状況を説明したのはキクでした。
なんでもキクが朝の散歩をしているとき、教会前にぼろ布が落ちているのを見つけ、拾い上げるとうぶ着にくるまれた赤ちゃんだったそうです。
キクは、抱き抱えた赤ん坊をアーサーにもよく見えるよう、村のみんなの輪から一歩出て見せてくれました。
「・・・・・・真っ赤だ」
アーサーは一言、そう言いました。
村には白いのと黒いのと黄色いのがいますが、この赤ちゃんはそのどれでもないようでした。もしかすると、もっとどこか遠くから来た赤いのなのかもしれません。
「生まれたての赤ちゃんはみんなこんなふうなんですよ」
アーサーは知りませんでした。
アーサーが人さし指をおそるおそる差し出すと、赤ん坊はぱくりとアーサーの指を咥えました。思わず指を引っ込めようとして、想像した痛みがないことに気づきました。
「それに、歯がない」
「赤ちゃんですからね」
キクはまた言いました。
「アーサーさんは赤ちゃんを見るのははじめてですか?」
アーサーはこくこくと頷きました。
「抱いてみますか?」
「・・・・・・いいのか?」
「そっと、まだ首が座ってませんからね。やさしく、そっと抱いてあげてくださいね」
キクがうぶ着にくるまれた赤ん坊を差し出します。
視界の端に、あんなんアーサーにさわらしたら泣いてまうでと漏らしたアントーニョと、それにぷすっと笑うフランシスが入りましたが、アーサーは見なかったことにしてキクから赤ん坊を受け取りました。
ぼろぼろのうぶ着から顔をのぞかせた赤ん坊は、きゃっきゃと笑いました。
ふたつの目がアーサーをじっとみつめます。
アーサーも赤ん坊をじっとみつめ返します。
村のみんなが固唾を飲んで見守っていました。アーサーは皮肉屋で乱暴者の嫌われ者だったからです。赤ん坊相手に何か癇癪でも起こしはしないかと、アーサーに赤ん坊を渡したキクですら案じていたのでした。
ですが、その赤ん坊はアーサーを見て笑いました。
アーサーも赤ん坊を見て笑いました。
アーサーは、今まで感じたことのない、なにかあたたかい気持ちになりました。
ちいさな、それでも確かに人間の指をした手を握ると、とてもあたたかったのです。
「お前、どこから来たんだろうな」
アーサーはなおも自分の腕のなかで楽しそうに笑い続ける赤ん坊のことを思いました。
こんなにかわいい赤ん坊を捨てるなんて、到底信じられません。
ブルーグレーの瞳はやわらかく、太陽の光を浴びてきらきらと輝いていましたし、まるい頬は熟れたりんごのようなかわいらしさで、アーサーをたちまち虜にしたのでした。
「もういいでしょう」
赤ん坊とひとしきり笑いあった後、キクが両腕を差し出しアーサーから赤ん坊を受け取ろうとしました。
アーサーは片手でキクの肩をどん、と突きました。
いきなり乱暴されるとは思っていなかったのでしょう。やせっぽちのキクは、地面に尻もちをついてしまいました。
「なんすんねや、自分!!」
アントーニョがいきり立ちました。
アントーニョとキクはそう言えば仲良しなのです。
ギルベルトが、立ちはだかったアントーニョの後ろでキクを助け起こします。
「フン、どんくせー奴が悪いんだろ!」
「なんやて、もういっぺん言うてみ!?」
私は大丈夫ですから、とキクが尻もちをついて汚れた服をはたきながら立ち上がりました。
アーサーはすこしだけキクのことが苦手でした。
フランシスやアントーニョに何を言われても平気なのに、黒曜石の瞳にじっとみつめられるとどうしていいかわからなくなるからです。キクはアーサーを責めるわけでもなければ騒ぎ立てるわけでもなく、ましてや泣きだすこともなく、ただ一言言いました。
「赤ちゃんを返して下さい」
アーサーのそれよりちいさな白い手が、まっすぐ伸ばされました。
「・・・・・・・・・・・・いやだ」
ざわっとその場に集まっていた村中の人間が沸き立ちました。
血の気の多いアントーニョを筆頭に、アーサーに罵声が浴びせられます。
「どうしてですか」
キクはまたアーサーの苦手なあの目で問いかけました。
「・・・・・・・・返したくない」
やわらかい手足、まるい頬、きらきらした瞳。全部初めて見るものでした。
アーサーは、どうにもこの子を手放しがたくなってしまったのです。
作品名:意地っ張りアーサーのはなし 作家名:あさめしのり