意地っ張りアーサーのはなし
「でも、この子の親を探してあげなければいけません」
「探してどうする。どうせ親はこいつを捨てたんだ。そんな親、探してどうなる」
赤ん坊が自分の足で歩けるわけがありません。教会の前にいたということは、つまりはそういうことでした。
「だとしても、あなたの一存で勝手なことをされては困るんです」
キクは、今度はきっぱりと言いました。
「そうアルよ。村の教会に捨てられていた以上、この子は村で処遇を考えるべきアル」
成り行きを見守っていた長老の王耀も続けて言いました。
「よく考えてもみなさい。赤ん坊を見るのも触れるのも初めてのあなたに、子育てができるわけがないでしょう、このお馬鹿さんが」
最後に聡明な青年ローデリヒが言いました。
アーサーはぐうの音も出ません。みんな、正論だったからです。
「でも、俺はこいつと一緒にいたい! 俺が、ちゃんと責任もって育てる!」
それでもアーサーは食い下がりました。どうしても手放したくなかったのです。
「頼む、俺に任せてくれ」
アーサーは赤ん坊を抱いたまま、きっかり四十五度頭を下げました。
村のみんなはとても驚きました。アーサーが他人に頭を下げるところなど、村の誰ひとりとして見たことがなかったからです。
他人に頭を下げるなど、みっともないことだと思っていました。
でも、このときアーサーはそんな自分の矜持などどうでもよかったのです。
「坊ちゃん、この子が何食べるか知ってる?」
「何って・・・・」
水とパンだろ、とはさすがに言いませんでした。
口ごもったアーサーに、フランシスは母乳だよとひとつため息を落としました。
「赤ん坊には母親のお乳が必要なんだ」
「じゃあ俺が母親になればいいのか」
フランシスはどこから教えればいいのかわかりませんでしたし、教えるのも面倒だったので簡単に言いました。
「町に行って粉ミルクを買って来い。それが、お前がこの子のためにできるすべてだ」
「フランシス!」
何人かがフランスを咎めましたが、村で力がありしかもアーサーと唯一渡り合って来たフランシスの決定には逆らいませんでした。
アーサーとフランシスはもともとお隣だったのです。アーサーは根っからの乱暴者でしたし、それにプライドの高いフランシスがいちいち突っかかるので、いつもふたりは喧嘩していました。でも、腕っ節はアーサーのほうが強かったので、フランシスはきれいな顔や手足に傷をいっぱいつくることになりました。
アーサーが喧嘩をしかけたのはフランシスだけではありませんでした。アントーニョ、王耀、キク、ローデリヒといった村の面々と、喧嘩したことがない人がいないくらい喧嘩をしました。
やがて、アーサーは村八分にされるようになり、アーサーはみずから進んで村はずれに引っ越したのでした。
アーサーは気づいていませんでしたし村の誰も知りませんでしたが、フランシスはそのことをとても気に病んでいました。フランシスは、アーサーがあんな村はずれに住む羽目になった原因のひとつは自分にあるのではないかと思っていたのです。
アーサーが広い庭のある家に引っ越してからと言うもの、フランシスの態度は以前より軟化しました。もしかすると、ずっと隣で喧嘩しつづけてきた相手がいなくなったことが寂しかったのかもしれません。
ですが、フランシスを長い間目の敵にしてきたアーサーにそんなことがわかるはずもありません。
「赤ん坊に怪我ひとつさしてみぃ。フランシスが何言おうと取り上げたるさかい覚悟しとけよ」
「させるかよ、バーカ」
憎々しげに吐き捨てたアントーニョを無視して、アーサーはそそくさと家に戻りました。
フランシスがアーサーを案じるようなまなざしを向けていることにももちろん気づきませんでした。
手頃な紐を使って赤ん坊を背負うと、たんすのなかにあったありったけの金をもって街へ出かけました。
アーサーは街で粉ミルクだけでなく、色んなものを買いました。
赤ん坊を育てるには、うぶ着や、哺乳瓶、それにおむつといったものも必要なのでした。
アーサーの貯金はたちまち減ってしまいましたが、それでもアーサーは赤ん坊のために何かしてあげられることが嬉しくてなりません。
アーサーはミルクを飲んで、すこやかな眠りについた赤ん坊の頬を撫でながら思いました。
「そうだ、こいつには名前がないじゃないか」
この子は、かみさまがひとりぼっちのアーサーを憐れんで寄こして下さったのではないかとアーサーは思っていました。
だってこんなにもきらきらでやわらかくてかわいらしいのですから!
とびきり可愛い名前をつけてやらねばなりません。
アーサーはそれから三日三晩考えました。
考えて、考えて、考えました。
フランシスやアントーニョがちょっかいをかけにきても気づかないほど、真剣に考えました。
「なんやあいつ。気色悪い」
「さあ?」
そうしてアーサーは、赤ん坊に「アルフレッド」という名前をつけることにしました。
妖精の加護があるように、この子が幸福に育つようにと願いをこめて名付けました。
アーサーはかみさまにそのことを報告に行きました。
村の教会にましますかみさまは、村の者の願いを聞き届けてくれるかみさまなのです。
アーサーが教会と呼ぶ場所を人によってはオヤシロと呼んでいるようでしたが、とにかく、その場所は村のみんなにとって特別な場所だったのです。
アーサーは、アルフレッドを自分の元に遣わしてくださったことを感謝すると同時に、この子がみんなから愛されるこどもになるように、かみさまに祈りました。
かみさまは、アーサーの願いを聞き届けてくれました。
それからアーサーは、アルフレッドと一緒に暮らしました。
お金はありませんでしたが、アルフレッドとの生活は何物にも代えがたい幸福を与えてくれたのです。
アルフレッドはすくすく育ちました。
赤ん坊だったアルフレッドは、五歳になりました。
アーサーは、アルフレッドが可愛くてなりませんでした。
「アルはかみさまが遣わしてくださった天使なんだ」
アーサーはアルフレッドの無邪気な微笑みを見るたび、そう思うのでした。
しかし、アルフレッドには困った点がありました。
「にんじんきらい!」
「マシューはあっち行ってよ!」
「これ俺のおもちゃだよ!」
アルフレッドは天使のように愛らしかったのですが、とてもわがままだったのです。
「どうしてマシューやほかのみんなと仲良くできないんだ」
玩具の取り合いで喧嘩をしたアルフレッドに、アーサーは言いました。
膝を折って、アルフレッドと目の高さを同じにして、アーサーは叱りました。
ですが、アルフレッドはぷうと頬をふくらませると、アーサーのお説教を聞かずに駈け出してしまいました。
「俺悪くないもん! アーサーのばか!」
「あっこら・・・!」
アーサーはため息をつきました。
「どうしてあんなわがままになっちまったんだ?」
あんなに大事に育てたのに。
あんなに愛してやったのに。
アーサーは思いました。
アルフレッドは愛らしく、みんなから愛されるこどもでした。
作品名:意地っ張りアーサーのはなし 作家名:あさめしのり