不平等恋愛
外見だけで言えば立派な成人男性ふたりが、必要以上にべたべたいちゃついているのだ。気持ち悪くないわけがない。きっとふたりのなかでアメリカは今もちいさかった頃のまま、ふたりはそのまま時間を進めてしまったのだろう。イギリスにとってアメリカは今もちいさなかわいいアメリカで、アメリカにとってイギリスはやさしい偉大な父であるのだろう。
血は水よりも濃い。親子のつながりは一生切っても切れないが、恋人との絆は断ち切ろうと思いさえすれば今すぐにでも断ち切ることができる。そのおそろしさに、フランスは身がすくむような思いさえした。
すぐ隣でソファが人ひとり分の重みで沈むのを感じた。アメリカだ。広いソファで、いつもは離れて座るのに、アメリカはぴったりと寄り添うようにフランスのすぐ傍に座った。どことなく不機嫌を漂わせているフランスの機嫌をあからさまにとることこそしないが、フランスを気遣うような気配はあった。
ばかなことをしている。こんなふうに、アメリカに気を遣わせるなんて。
「似合わないことはするもんじゃないよ」
頬を撫でると、アメリカはほっとしたようにフランスの顔を窺った。
「怒ってるんじゃないのかい」
「怒ってねえよ」
少なくともお前には。
キスを落とすと、アメリカはくすぐったそうに身をすくめた。それからフランスの頬を撫でて、青あざになってる、またイギリスと喧嘩したの? と聞いた。痛い? と聞きながら青タンになったところをわざわざさわるんじゃない。
「今度はなにが原因?」
アメリカはフランスに抱きついたまま問いかける。非難するというより、呆れたみたいな顔だ。
親と恋人がつかみあいの喧嘩をするというのは、きっとアメリカにとってよろこばしいことではない。わかっている。できればあの忌々しいクソ眉毛であってもアメリカの育て親で、今もアメリカが慕っている相手なのだから、仲良くするに越したことはない。ああ、もしアメリカの育て親がイギリス以外なら、たとえば日本みたいに穏やかな国だったらどんなによかっただろう。たまには手みやげにケーキでも焼いて、アメリカと挨拶に行くのも悪くない。おやおやいらしたんですかなんて迎えてくれるだろう。日本みたいに温厚ならそうそう喧嘩などしない。さらに言うなら、日本を世界中のどの国に置き換えたところでたぶん結果は同じだ。唯一の例外はイギリス。フランスが仲良くできないのは、相手があのイギリスだからだ。
フランスは、恋人に事情を話した。イギリスにつきあっていることがばれて、殴られたのだと。
だが、アメリカの反応はフランスの予想と違っていた。フランスは、またイギリスが幻覚でもみてるのかい、なんてイギリスを笑うものだと思っていたのに彼は一言、
「それは君が悪い」
「なんでだよ!? ありえねーだろ!」
「俺はてっきり君がイギリスに一言言ってるものだとばかり思ってたよ。道理でゆうべ機嫌が悪かったわけだ」
一言ってなんだとか、ゆうべ会ってたってことは昨日俺たちふたりが喧嘩したあとアメリカはイギリスの家にいたってことかよとか、言いたいことは山ほどあってどれを先に追求するべきか迷い、結局フランスは「俺が悪いって、なんでだよ」と眉間にしわを寄せるにとどめた。
「イギリスからしたら、メンツをつぶされたと思ったんじゃないかな。そりゃ俺とつきあうなら、イギリスに一言あってしかるべきだろう?」
だって彼は俺のダディだもの。
アメリカは心底不思議そうな顔をした。アメリカの目が、どうしてイギリスに言っておかなかったんだいと語っている。親が親なら子も子か。
「仮に報告したとして、あいつが認めるわけねえだろ!?」
「それはあくまで結果じゃないか。この場合大事なのは過程だよ。イギリスは、君が報告しなかったことでないがしろにされたと感じたんだろ。そのことが問題なんだ。俺だって別に彼の許しをとれなんて言わない。そんなことしてたら俺はいつまで経っても誰ともつきあえないからね!」
親が親馬鹿な自覚はあったのか。
あいつのことだけは「義父さん」と呼びたくない。ほかの誰をそう呼んでも構わない。だが、イギリスだけは、あの小生意気な田舎者のことだけはそう呼びたくない。
彼は黙って立ち上がった。それからフランスには一瞥もくれずに手荷物をまとめて出ていった。こんな時間にどこに行く、なんてばかみたいな質問はしなかった。心情的にはそうしたかったが、アメリカの行き先など知れている。どうせイギリスのところにでも泊まるのだろう。あの親馬鹿親は、きっとアメリカを駅まで迎えに行って、ベッドを整えてやって、寝かしつけてやるのだろう。ああ、昨日も泊まったのなら、ベッドはゆうべアメリカが使ったそのままになっているかもしれない。
イギリスはなんだかんだ言ってアメリカに甘いし、アメリカもそれをよく知っている。イギリスが、実はまだアメリカを手放したくない、できれば傍においておきたいと願っていることを知っている。アメリカは無条件で与えられるイギリスの愛だけを、ほんとうに信じることができるのだろう。
このまま放っておいていいのか。現実問題としては一向にかまわない。別にアメリカは子どもではないし、もしイギリスが不在だったとしてもあいつはイギリスの家の鍵を持っている。勝手に上がり込むだろう。飢えることも凍えることもまずない。
だが、非常にまずい。このまま彼を行かせるという事は、とりもなおさず恋人である自分より親であるイギリスのほうがアメリカにとって心地いい存在だということになってしまうからだ。非常にまずい。
「アメリカ!」
窓をあける。アメリカはコート一枚を羽織っただけの姿で、ミルク色の息を吐きだしている。夜は冷える。特に、肉付きの薄いアメリカには寒さがこたえるだろう。
アメリカはフランスのいる窓を見やった。
フランスはちょっと待ってろと言い置いて、窓を閉め部屋のなかに戻った。クロークからカシミヤのマフラーを引っ張り出して、自身は部屋着のまま、足元はつっかけのまま、外へ飛び出した。
アメリカは律儀にさきほどフランシスが顔を出した窓のすぐ下で待っていた。ドアのあく音に振りかえり、フランスに駆け寄った。アメリカの唇が、ふらんすの形に動いたのをフランスは確かに見た。声にならないくらいの、囁くような唇の震えを、フランスは見逃さなかった。
だから、彼を捨てられないのだ。
フランスは、アメリカにマフラーを巻きつけると、寒さで赤くなりはじめた頬にキスを落とした。