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かわいいひと

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理想だと思った。
全てが完璧に見えた。
黒くて艶やかな長い髪、黒真珠のような綺麗な目。きめ細やな柔らかそうな肌に潤んだ唇。全体的にすらりとしている彼女は自分より頭一つ分は小さいだろう。それがまた可愛らしくもある。はためくスカートが彼女のスタイルの良さを表していた。

「っていうナレーションはどう? お兄さんがんばっちゃった!」
「ギルの心情って考えたらキモすぎるわー」
「お前らうるせぇー! おい、そこのお前!」

横でニヨニヨ笑う奴らを無視して店の中に入る。ざわっと周りが煩くなった気がしたが無視無視。
目当ての奴を指さして呼べば、そいつは、え、私? みたいな顔で振り向いた。

「俺はギルベルト・バイルシュミット! お前に惚れた! 付き合え!」

一気に周りがしぃんとなる。フランシスやアントーニョのあちゃーって声がした。
……間違えたか?

「あ、あの、えっと」
「は、はっきり言え!」
「は、はいっ! あ、あの私、こんな格好してますが男なんですけど、それでも宜しければ」

そう言って頭を下げるのを見て、固まる。
お、と、こ?
ぐるりと後ろを見れば、フランシスとアントーニョが気まずそうに、けど笑いを抑えて看板を見せてきた。

『女装喫茶』

「え、マジで?」








文化祭の日、俺は一目惚れをした。
その日、誰も彼もが自分のクラスに手一杯で休憩をもらったってのに一人寂しすぎる俺は周りをからかいながら歩いていた。
アントーニョに会いに行けば、忙しいから相手してやれん、邪魔やからどっか行けや。と蹴られて、フランシスに会いに行けば女の子を口説き中だからあっちいけと手でしっしっ、てされる。
なんなんだよちくしょー!
そんなこと思いながら買った、というかアントーニョに買わされたたこ焼き食いながら歩いてたらエリザベータに出会う。
目があった瞬間に思い切り火花が散った感覚を味わいながら一人で暇そうじゃねぇの。なんて声かけようとした瞬間、鼻で笑われた。
あんた本当に一人なのね、可哀想。と。
その勝ち誇った顔で分かる、コイツあの坊ちゃんと約束こじつけたな、と。
コノヤロウ、と思って反論しようとしたら俺無視してローデリヒさん! ってエリザベータは走って行きやがる。
もう俺のことは忘れてんだろう。
それはそれで腹が立つ、なんて思いながら歩き出す。
そしたらいきなりフェリちゃんに出会った。
可愛い顔でギルだー! って走ってきてくれて、もう俺幸せすぎるぜー! なんて思いながら捕まれた腕を幸せいっぱいの気持ちで振りほどくはずもなくついていけばそこは……お化け屋敷で、カップルが大丈夫かなぁ、大丈夫だってほら怖いなら俺の腕に捕まりな。なんて胸くそ悪い会話をしているのを俺と同じように胸くそ悪い顔をして金券もらってるロヴィーノが俺を見てこれまた嫌そうな顔をしながら見てきた。
本当双子なのにロヴィーノはなんでこんなに可愛くねぇんだ!

「なんだお前か、ほら早く金出せよこのやろー」
「お前、客にその態度なんなんだよ」
「まぁまぁほらギル行ってらっしゃーい!」

金券渡したらいきなりフェリちゃんに後ろから押されて中に入らされた。
え、ちょ、フェリちゃん一緒に入ってくれるんじゃなくて!? なんて思って振り返った途端扉を閉じられる。
はは、一人楽しすぎるぜー……



結局そのまま一人で行かされて、なかなか本格的だったお化け屋敷にうっかり絶叫してしまったら出てきたときにロヴィーノに馬鹿にされたような笑いでお疲れ、とおざなりに言われてムカつく。
だからすぐにフェリちゃんを、と思って周りを探すけど見あたらない。

「あれ、フェリちゃんは」
「あいつならとっくに休憩に行ったぞ。菊に会いに行ったんじゃねーの」

ほら、早くどっか行けよ。そんな目つきの悪い柄の悪い奴がいたら商売の邪魔だコノヤローとか言われた。
菊って誰だ?
そう思いながら他に誰かいないかな、と思い出す。
あとルーイだけど、アイツは確か役員で忙しいとか言ってたなぁ。休み時間くらいゆっくりしたいだろうし、って休みの時間なんてしらねぇけど。
んで他……と思った瞬間頭にアーサーの顔がちらついたから一気に頭を振る。
アイツはいらねぇ、絶対いやだ。
はぁ、と自分に似合わない溜息を吐けば肩にいつも乗ってくるヒヨコが飛んできた。
そいやいなかったな、コイツ。

「俺にはお前しかいないな」

肩に止まったヒヨコを軽く撫でたらヒヨコはピッ、と軽く鳴いて俺の頭の上に飛んだ。
本当、慣らしたこともないのに懐きすぎだろ、お前。
お前も一人なんだな。いや、一匹か。……あれ、一羽か?
そんなことを思っていたときに黒い長い髪が視界の端を過ぎった。
思わず流れるように見たら、その長い髪の女も俺を見ていた。


ドキン


いきなり胸が鳴る。
え、な、なんだ、これ。

「……ヒヨコ」
「え!」
「頭のヒヨコ、触っていいですか?」
「え、べ、べつにいいけ、ど」
「ありがとうございます」

ふわりと笑った女が可愛すぎてなんだか頬に熱が集まった気がする。
だからなんなんだよこれ!
訳が分からなくなりながらも撫でやすいようにとゆっくり頭を下げれば、女はおそるおそるって感じで俺の頭の上のヒヨコに触れている。
だから自然と顔も近い。
む、むちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!
至近距離が耐えられなくて横を見て誤魔化す。
こんな可愛いのいたか? いたらフランシスがはしゃいでると思うんだけどな。

「ありがとうございました」

女は離れてわざわざ俺に頭を下げる。
その律儀なところがいいと思った。
やべ、いいとかなんだよいいとか!

「あ、そうだ。あの、今お暇ですか?」
「え!?」

こ、これってまさか、えぇ!? 展開早すぎだろ!
俺は慌てながら、暇! 暇してる! なんて反応してしまって恥ずかしくなる。が、がっつきすぎだろ俺!
俺を見て女は笑いながら

「じゃあ是非私の喫茶店に行らしてください」

て言ってきた。
……え?
喫茶店?
デートの誘いじゃなくて?
思わず、え? と声に出したら、え? と返される。
ははははは、俺の勘違いかよ、恥ずかしい!
それに気付いてない女はなんだかほっとした顔で話し始める。

「実は客引きに行かされたんですけど、中々恥ずかしくて回れていないんです」

言われてよく見ればメイド服を着ている。
普通にこの服で歩いてるのはないな。
行く気がなくなった俺だけど、女の喜んでる顔を見たらやっぱやめたなんて言い出しにくくなって、分かった。と返したらまた笑顔で俺を見てきた。
……まぁ、その笑顔がやっぱり可愛いから許してやるよ!



「ここです」

と言われて行った場所は確かに喫茶店、なのにおかしい。どう見ても男だろってのがメイド服着てるんだけど、まさかここは誰でもウエイトレスするのか? パンフレット見てないからわからねぇ。

「やっと菊帰ってきた!」
「わっ!」

俺の方を見ていた女がいきなり俺にぶつかってきたから慌てて抱き止めてやる。
気のせいかもしれないけどなんだかいい匂いがした気がする……って俺は変態か!
作品名:かわいいひと 作家名:秋海