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代用煙草と白昼夢。

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「久しぶりに何か作りたくなりました。うちで夕食でもいかがですか。今日は少しなら鶏肉と野菜をいただけるみたいですからちょっと待っててくださいね。今、うちには何も無いので」
 日本はそういうと文机から紙束を取り出して何枚か手に取ると、門扉に立った。
「俺が行こうか?」
「駄目です。その姿で往来に出たら袋叩きにあいますよ」
 先ほどの日本の剣幕を思えば納得だった。
 門扉の戸口に立った日本はもう一度振り返ってギリシャに話しかける。
「ははっ……ねえ、信じられますか?」
「……何を」
「随分昔の事になりますが……、私ずっと引きこもりだったんですよ。他国とは最低限の貿易していたぐらいで。でも、表に出たらそれなりに──楽しいこともあって、皆にここで食事を振る舞ったこともありました。あのときは楽しかった。皆、私の友人だと思ってました。そういう時だってあったんです」
「……また、みんな戻ってくるよ。これだけは本当に本当。予言者の言葉を信じてくれる?」
「……ええ」
 その日本の顔は、ギリシャの知るいつもの彼だった。口の端を軽く上げただけの笑み。最初はそれが笑顔だと気がつくのにしばらく時間がかかったのを覚えている。
「じゃあ、すぐ戻ってきますから」
 ギリシャはそれから縁側に寝転がって日本を待つことにした。主を失い、静まり返ってしまった屋内は相変わらず書類や本が乱雑に散らばっている。一眠りしたら掃除を手伝おう、そう思ったときの事だ。
 米軍の戦闘機、B29が伝説的な爆音と共に美しい弧を書いて空を走る。どこかから破裂音と爆風。ああ、懐かしいなあと間抜けな事を思っている内に気を失った。


──目を覚ますとギリシャは縁側どころか下の石段を枕にして寝ていた。頭の後方が酷く痛む。酷く、打ち付けたようだ。
「大丈夫ですか!」
 スーパーの買い物袋を振り落としかねない勢いで駆け寄ってきた日本は軍服ではなく割烹着姿だった。いつの間に着替えたのだろう、と考える内に夢を見ていたのだと気がつく。
 寝ている内に縁側から落っこちて頭を打ったらしい。やけに長く、そしてリアルな夢の終わりは空襲ではなく現実での墜落事故だったようだ。
 そんなところで寝るからですよ、とぶつぶつ言う日本から買い物袋を受けとり、台所に向かう。
 そして、何気なく見た書斎の柱には、覚えのある銃痕が残っていた。ギリシャがためしにそこを指でなぞってみても、それは消えてなくなりはしない。
 ま、偶然だよな、と軽くギリシャは受け流した。床の間に飾ってある古い軍刀の姿には覚えがあったが、銃はどこにいったのだろうか?
 ああ、そういえば自分が捨てたんだった、と思い返したところで玄関から入り直してきた日本に「今日は鮭のホイル焼きと豆腐とえのきのお味噌汁と小松菜のお浸しと冷やしトマトですよー、早く買い物袋持ってきてくださあい」と声をかけられてギリシャは一瞬で全てがどうでもよくなった。銃と刀よ永遠にさようなら。そんなことよりメシだ。

 夕食後、煙草を吸いにまた縁側に腰掛けたギリシャの側に、日本も寄ってきた。
「私にもいただけますか?」と尋ねられて火のついてないのを一本出すと、日本は唇でそれを受け取る。そして、火の着いていない先端をギリシャの煙草に触れ合わせた。
「……今でも吸うんだな」
「そういう気分の時には。……今でも?」
 日本はギリシャの言葉に一瞬怪訝な顔をしたが、立ち上る煙を見ている内にそれも忘れてしまったようだった。代用煙草もついでにさようなら。やがて、日本がおずおずと口を開く。
「おなかが落ち着いた所で、久しぶりに私の運転で遠乗りでもいかがですか。絶対に私の運転、ですけど」
 いいよ、とギリシャが何気なく返事すると日本は携帯電話のキーを素早く叩いた。
 しゅうう、と気の抜けた蒸気と共にギリシャの頭上を何かの影が横切る。

 タイヤのない空飛ぶ車──としか言い様のないものが蒸気とともにぷしゅっと音をたてて上からやってきた。リュック・ベッソンの変なSF映画で似たようなものをブルース・ウィリスが運転していたのを覚えている。
 車らしきものはタイヤがないのと宙に浮かんでいること以外はそれなりに車らしく見えた。しかし車らしからぬ事に、制服姿の女の子の絵がボンネット全面にペイントしてある。いったいこれは何だ。
 確か日本がたくさん集めている薄い本の表紙に同じようなキャラクターが載っていた気もする。──ああ、「モエ」か。
 昔、フランスに日本が至高の概念としている「モエ」とは何か、とギリシャが質問したところ 「かわいい猫や赤ちゃんを見た時の気持ちにほんの数滴だけリビドーのエッセンスを混ぜてみろ。それが一番近い」と解説された。
 たしかにそんな絵だ。モエ。今がいつの時代かは知らねど、日本には恐ろしいほどブレがない。どんな時代でも本当に彼は彼なのだ。
「ブーツは脱いでくださいね。土足禁止なんで」
 日本に腕を引かれて車らしき何かに連れ込まれる所で、ギリシャの意識はまた途絶えた。もう面倒くさくなってきたのでこれで終わり。
作品名:代用煙草と白昼夢。 作家名:火多塔子